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「っ」
予想通りにがっちりと硬直した身体に、ニヤリとボス――蝉丸(せみまる)は笑う。
「アーア、言わんこっちゃない」
やれやれ馬鹿な野郎だ、オメーさんはよ。オメーは十何年も前に蝉丸の奴におっ捕まってるンだぞ。自覚しとけっての!
「髪の色、戻せよ」
「クソが」
蝉丸は実に機嫌よく笑って、睨みつける視線に対峙した。
「今は安吾だったか?汚らしい色にしやがって」
「好きで染めたんじゃねーよ…」
「フン。だけど、お前ならすぐに直せるだろーが。ナァ、安吾?」
「っ」
蝉丸が言葉に圧力をかけたのか、痛みに歪んだ安吾の顔から表情が抜け落ちた。ゆっくりと俯いた頬に、ほどけた髪がかかる。
「はっ、あ゙ぁぅっ」
ぐぐ、とうずくまった安吾の身体が強張り、震えるたびに髪の色が萎びるように深く染まっていく。
「もっと深く」
ふわりと、風もないのに真っ黒に染み出した髪が揺れる。
「フウン」
セミの野郎に負けず劣らずの漆黒は健在、か。
「ハァ、ヒュー、ハァ」
ちょいと息の荒い安吾を見下ろし、俺は隣の蝉丸を見た。すぐに薄く笑った凶悪顔が目に映り、思わず俺は顔をしかめた。うっわー、ちょーゴキゲンかよ。なんつーか、ホント可哀相だなコイツ。
「クソ野郎が」
ぜいぜいと息をしながら安吾が悪態をつく。その身の内に渦巻く奴独特の気配に、セミの野郎だけでなく、思わず俺すらも頬を歪ませた。
「なんだ、やっとお目覚めかよ?思い出したのかア?」
「みんみんうるせーんだよ、虫けら。訳わかんねえこと言ってんじゃねえ」
「おーおー、相変わらず。その虫けらに魂の髄まで支配されてんのはどこのアホか知っているか?」
「は、そりゃ滑稽だな。その虫けらは、猫のヒゲにしがみついて支配した気になってんだよ」
皮肉げな微笑みを吐き捨てる安吾。本当、相変わらずいい度胸してるぜ。イカレたミンミン蝉相手によォ。俺なんかすぐ殺されちゃうね、あんな口きいたら。
「鼻でも削ぎ落としたら自覚すんのか?お前のご主人様の尊さを、さ」
蝉丸は見た目、怜悧な刃物を思わせる整った顔立ちをしている。目尻から伸びる紅い入れ墨と、鼻に光る銀のピアス。頭のキレる男だが、性格のほうも相当キレた野郎だ。
これは俺のお墨付き。てゆーか、テメーも見て分かってンだろ、安吾!
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