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サイド:キスケ
「おい、大丈夫か?」
ぺしぺしと頬を叩くも、完全に弛緩した安吾の身体は反応しない。ちょっーと強く蹴り過ぎたか、ね?いやでも骨とか折れないように手加減はしたはずなンだけど。俺は自分の頭を撫でた。つるりとした感触に触れるのは、もう癖になって久しい。人間の縄バリなんていう、普段なら絶対行かねーような面倒くさいところに行って、ぶっ飛ばして帰って来たのはもちろん、自分の身の安全の為。ここは“カリメア”の縄バリにしてる旧都市街だ。
広さは、西の王都の半分ほど。何百年か前はナントカっていうでかい王国があったらしいが、盛者必衰のコトワリってやつか。
今は頑丈な白い神殿の他は、朽ちたり崩れたりして完全なカタチのものはない。ちなみに、俺達が住家にしてるのは神殿っぽい白い建物だ。
「ボスー、連れて来ましたよーっと」
やや緊張しながら天井が高い大部屋に入る。もともと信仰されていたらしいリドミ神の肖像は取っ払ったから、殺風景なもんだ。騒がしかった部屋は、俺の一言で静まりかえった。
「ハア。やれやれ、と」
意を決して一歩ずつ踏み込む。人間どもの王宮とは比べものにならないくらいに部屋の中は汚く、いかにも賊の住家って感じだ。いや、もとは綺麗だったかもしれないが、俺らはキレイ好きじゃねーしなァ。俺の視線は白髪の魔族どもを通り過ぎて、一番奥に向かう。
俺の視線と、一番奥の席で胡座をかいていた男の視線がかちあう。
「ドーモ」
「ふん」
我らがボスだ。奴がゆっくりとタバコの煙を吐き出すと、ご自慢のたっぷりとした艶やかな黒い髪が白い煙にユラリと広がった。
「ふうう」
黒々としたそれは、この世界じゃ何よりのハクだ。
「キスケ」
「ん。鈴の反応は一応あったが、覚えちゃいねーよコイツ」
我等がボスは黒々した目をじっと俺の担いでいる人間に向けた。その口元が緩み、鋭い犬歯が覗く。
「おい、狸寝入りとは相変わらずいい度胸だな」
「だとよ」
安吾の体にかすかに力が入ったので、俺は遠慮なく肩から奴をずり落とした。ぶざまに地面に平伏すかと思ったら、奴は器用に手足をついて着地した。ボスと同じ、黒々とした目がこちらを睨みつける。
「何しやがるこのハゲ!」
「ハゲじゃねーっての」
いい加減訂正するのが面倒くさい。というか、ボスがこええ、ちょーこええ。自分が無視されンのとか、ないがしろにされンのとか、チョー気に入らねえらしいからな。
「お前」
「あ?」
低い声に、ようやく安吾は前を向き、ひどく不機嫌な表情をした。覚えてなくても、生理的にボスの顔は癪に触ったらしい。
「久しぶりだな」
「……」
「何か言えよ」
「ハゲ」
「アーっ?!も、無理だろコイツ」
やっと口開いたと思ったら、俺へのいわれのない言葉のボウリョク?!ふざけんな、俺は頭がイテーよ。喧嘩売ってンじゃねーっての。面倒なんだから!ボスは遂に立ち上がり、大股で俺達に近づいてきた。
「思い出したくねーのか?残念だったな」
さりげなく俺は身を引く。
「従え、アモルファス」
ひそりと耳元で囁く呪い。安吾の細まった目が点になる。この世界の人間なら、自分と親しか知らないような正式な本名を、支配することは、相手を魂ごと縛り上げちまうってコト。まったく、悪趣味窮まりねえ世界の法則だ。
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