ある亀の見た夢 | ナノ


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「と、いうことだよ兄貴」
「キスケ?」

ヒッピアスは珍しく驚いた顔をした。上質の革を張った立派な椅子に腰かけて、膨れたお腹をさするようにしている。俺は今、兄王子であるヒッピアスの執務室に来ていた。
ヒッピアスの執務室は、床と天井を除く四方には本棚があって、ぎっしりと隙間なく専門書と思しき本が詰められている。膨れた兄王子の腹を見て、ふと、腹が邪魔で机に体が寄せられないのではないかと思う。だが驚くというか呆れたことに、兄王子の書斎机は彼仕様に大きな凹みが作ってあった。あの凹みに腹が嵌るのか、とげんなりする。

「キスケと言ったら、カリメアのNo.3じゃないか。なぜ奴が」
「それは俺が聞きたいね。魔族は一つの国家じゃないって聞いたけど?」

ヒッピアスは目を左に流すと、眼鏡を外してみけんをほぐした。日はとっくに傾いている。責務をバリバリこなしていた兄貴を捕まえるのに、かなりの時間を費やした為だ。

「奴らは、いわば盗賊とか山賊の集団と同じだ。4つほどの氏族に分かれて各々縄張りを張っている」
「不良かよ」

吐き捨てると茶を啜ってヒッピアスは渋い顔をした。

「タチが悪過ぎて不良とは呼ばない。カリメアは、その中でも比較的話の通用する連中だ」
「ふうん」
「理性的なやり取りが出来るというか、何度かしてやられたからな」
「兄貴が。ははあ、そりゃーやり手だね」

不機嫌そうな視線が寄越される。負けず嫌いってのは兄弟共通らしい。

「で、例のハゲ頭は」
「キスケはカリメアの頭の一番の側近だよ。あれで中々頭のキレる男だ」
「目的は」
「道化殿だろう。伝言の通りにな」
「何で安吾を」
「さぁな。だが、鈴を鳴らして現れたと言ったな?」
「ああ。銀色の小さい奴。ちりん、ちりん、て」

ヒッピアスは小さな鈴を二つ、机の引き出しから取り出した。赤銅色の鈴を俺に持たせて、自分は銀の鈴を振る。

ちりん、ちりん。

ぎゅっと握りこんだ手の平の中で、しゃん、しゃん、と鈴が鳴る。

「うわ」
「おそらくそれは首輪用の鈴だろう。こんな風に銀が飼い主用、赤銅がペット用だ。普通は、飼い猫なんかの迷子防止につけるものだよ」
「鈴で追跡できるの?」
「そうだ。異世界は無理だがな、この世界ならば、最高性能の鈴ならどこまでも追跡可能だろう。もっとも、よほどの執着心と労力がいるがな」

鈴を俺から回収し、兄貴はでっぷりした腹を撫でた。

「鈴は、所有を示すものでもあるから、道化殿は昔カリメアの誰かの所有物だったのかもしれんな」
「安吾は普通の人間だったんだぜ?しかも異世界の」
「だが、双黒だ。言っていなかったが、異邦人の中にはもとは髪が黒かったが、こちらにきてから色が変わったという者もいたらしいぞ。つまり、異邦人だとしても道化殿は明らかに異端だ。何らかの秘密があっても不思議ではない」
「でも」

ヒッピアスは焦った俺の感情に気づいたのか、ふん、と鼻を鳴らした。

「とりあえず、お前はゲド魔術学園へ入れ」
「……」
「カリメアについては、私のほうでも調べておく。今行っても返り討ちにあうことくらい、その沸騰した頭でもわかるだろう。道化殿はおそらく、すぐに殺されることはないだろうしな」
「わかってるさ、そんなこと」

けど、許せないね。前の主人だかなんだか知らないが、今の安吾は俺のものなんだから。

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