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サイド:タイチ
「どういうことだ、クソッ」
「タイチ様、先程の男はキスケという名の魔族です。魔族の一氏族の首領の側近にあたる男で、こちらの領地に侵入してきたのは今回が初めてです」
ゼノが表情を硬くして言った。その白い頬には、先程のキスケの攻撃が掠ったせいで赤い切れ込みが走り、簾状にダラダラと血が流れている。美しく中性的な顔立ちの分、その傷は痛々しかったが、俺はそんなことよりも安吾のことばかりに注意を向けていた。
「正直に答えろよ、ゼノルドワード」
「は」
「これは兄貴が噛んでるのか?」
「それは…」
「白黒、どっちだ?」
ゼノは少し逡巡した。目を逸らさずにその様子を窺う。しばらくして、目を伏せつつゼノは答えた。
「恐れながらタイチ様、今回のことについては、私は一切耳に留めておりません。おそらく、ヒッピアス様は関与されてはいないと思います」
「そう」
このカンジ、嘘はついていない。怒鳴るのもアホらしいので、かわりに溜め息をついていると、魔族の進行方向を見に行っていたジンが戻ってくるのが見えた。
「タイチ様」
「ご苦労、どうだった」
「やられました」
ジンは、両手に掴んでいたモノを差し出した。
「群は散り散りになっています。トッケロウオは、長がいないと若い一年魚は海へ辿り着けないので」
「祝福の緑瞳のモノを殺すとは、なんという酷いことを」
ゼノが呻くように言った。2メートル弱はある見事な体躯のトッケロウオの長は、無惨にもその両目をくり抜かれ、脇腹を噛みちぎられていた。キスケという魔族の仕業だろうか。あのすっとぼけた面で魚の脇腹を食いちぎるとは考えにくいが、魔族というのは残忍な性格のようだ。
「いったん城に戻る」
俺は呟くように言い、トッケロウオの長細い胴体を小刀で縦に切り裂いた。
「許さねぇからな、俺は」
トッケロウオの胴体には赤黒い血で乱雑に綴られていた言葉に、脳の血管がぶち切れそうだった。魔族の嘲笑を含んだような、一文。
『預かり人はたしかに貰い受けた』
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