ある亀の見た夢 | ナノ


▼ 13

「――」
「どうした安吾。気持ち悪いか?」
「前より盛大に回転した気がする」
「ああ、ここ、王国の端らしいから。ええと」
「キサノシハです、タイチ様。キサノシハ草原地帯」
「ああ、それそれ。地名って覚えにくくて」

けろっとしたタイチが憎い。アイツのイケメンな笑顔を見てると、無性に殴りたくなる。
もちろん、忌ま忌ましい翠の契約のせいで、デコピンすら叶わないんだがな。俺の苦手な遠心分離器、もとい移動用魔術に酔うこと約15分。移動用魔術は距離が長いほど回転がひどいことを初めて知った。別に、身をもって知りたくなんかなかったが。
タイチについてきたのは、俺とゼノとジン。ウィーはもともと豚王子ヒッピアス直属の軍人らしくついて来なかった。ゼノもヒッピアス付きの魔術師らしいが、今回みたいにちょくちょくタイチに付き纏っている。金髪のくせに純情らしい。そのうちタイチに喰われても俺は知らない。

「はあ。よっと」

何度か深呼吸をして立ち上がると、辺りの風景は草原で、かなり遠くに山が見えた。

「で、なんたらウオってのは、このだだっ広い草原のどっかの川か湖にでもいるのか?」
「ハァ?」

ジンが怪訝な表情で振り向いた。ゼノは無視だ。タイチの外套を脱がせたりとかして、視線も向けてこない。まあ、俺もテメー気に食わないから全然いいんだけどな。ジンは少し考えた後で口を開いた。無意識に土をエグッている黒い軍人用ブーツには、泥がついている。

「お前、木に縁りて魚を求むって知らないのか?」
「ハ?それなりに考えておいて馬鹿か?意味が違うだろ、それ」

俺の言葉に、ジンはその辺の小石を拾うと、無造作に投げ上げた。

「?」
「うわ、スゲー」

タイチにつられて見上げた空に、ひゅん、と銀色の影が過ぎった。

「あ?」

見間違いかと思った俺は、視界の悪い仮面の中からぐっと首を反らした。

「鳥?」
「いえ、魚です。トッケロウオ」

タイチの疑問にゼノが答える間、もう一度ジンが小石を投げ上げる。

ばしんっ。

今度は吸い込まれるように命中し、微かな衝撃音と共に魚が落ちてくる。ジンは野球の野手さながら、落下点を先読みして地面に叩きつけられる前に魚をキャッチした。

「デカイな」
「トッケロウオは、別命を飛行魚(ひこううお)と言います。この時期、産卵の為に広い草原を抜けて海から湖へ長い飛行旅行をします。この発達した胸びれで、初夏の季節特有の強い気流に乗るのですよ」

普段は塩分濃度の高い湖に住んでいるというトッケロウオは、30センチ程の体長で、蛇に似た細い胴体と、白く透き通る胸びれを光らせた。何と無く、懐かしい見た目だな。
ジンが手渡してくれたトッケロウオを触る。長い胴体はひやりとして、魚独特の皿のように丸い目には感情がない。

「もうすぐ群が通過します。タイチ様もどうぞ」

ジンはそう言って、腰ベルトに挟んでいたボウガンを取り出した。

「お得意だと、隊長からお聞きました」
「言うほどじゃねーけど。でも、面白そうだな」

この世界ボウガンなんてあったんだな、と感心している俺を尻目に、タイチはひゅんひゅんと数を増やし始めたトッケロウオを見上げて狙いを定めはじめた。

「あ、あいつデカイ」
「ああ、あれは駄目ですよ、タイチ様。あれはおそらくこの群の長です」

雲の一群のようなトッケロウオの集団のなか、一匹だけ異様にデカイ魚をみとめて、タイチは口を尖らせた。

「えー、ケチ」
「あれは祝福の緑瞳を持った長です。長は、海までの先導役をするのです」
「へえ」

俺はタイチがボウガンを降ろしたのを目の端で見ながら、空を切るトッケロウオを見た。一瞬、長らしいデカイ魚の目が光に反射してエメラルドのようにきらめき、その存在を主張した。

「緑瞳の長、か」

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