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「安吾、安吾安吾」
「ん゙ーっ、朝からうるせ…」
――ガキィンッ。
あれ?なんだ今の音?俺はじんわりと痛くなってきた手を振りながら、目を開けた。
相変わらず無遠慮にこちらを見下ろしてくる天蓋の牡牛を無視し、痛みと音の原因を探ると、丸い卵ほどの緑色の球が床に転がっていた。寝ぼけて叩き落としたらしい。
「また妙な異世界グッズか」
拾い上げた球には秒針がついている。これは、時計だ。
「なんつー悪趣味な」
タイチの声の目覚まし時計か。
「起きたか」
「うぉッ、気配なく部屋に入るな」
ぼんやりと時計に握力を込めていたら、ジンが突然声をかけてきた。振り向くと、扉付近に立ってエラソーに腕を組んでいる。くそっ、少しビクついちまったじゃねーか。
俺の内心の動揺に気づいているのかいないのか、ジンはさっさと本題に入った。
「今日はトッケロウオの飛行日だから外に行くぞ」
「は?トッケロウオ?」
「いいからさっさと準備しろ」
訳も分からず急かされて服を着替えれば、次はと化粧台の前に座らせられる。強引だなこんにゃろう。
「まだ色は抜けてないな」
ジンは俺の髪を調べて染め直す必要がないのを確認すると、小さな小瓶を取り出した。
「お前は髪質悪いからな」
「傷んでんだよ、染めすぎでな。で、何それ」
「整髪用の香油」
ピッピッ、と油を数滴手に振って、傷んでぱさぱさの茶髪になじませる。油を含んでややしなやかさを取り戻した髪を、ジンは器用に纏めた。
「仮面被れ。行くぞ」
「……」
「何睨んでるんだ。安吾、早く来い」
俺の不遜な態度にいらつくこともなく、いなすようにジンは手招きする。最近わりかしおとなしくしていたのが失敗だったのか、成功だったのか。少なくとも、待遇は前よりいいかもしれない。
ジンとゼノは黒い目に慣れてきたのか、仮面なしでも睨んでこないし、特にジンには気に入られているような気がする。いや、なんでもいいけど、さっさと出て行きたい。
ここは、俺には居心地が悪い。
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