ある亀の見た夢 | ナノ


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サイド:坂口安吾



「何なんだ」

俺は困惑していた。目の前には硬直したちび。王族特有の翠の瞳を見るかぎり、タイチの弟のスキピオだろうとは思うが。しきたり上、道化から身分が上の者に話し掛けてはいけないことになっているらしいので、俺はとりあえず黙っていた。
麗らかな春の日。
タイチは、ここ2週間ばかりずーっと王子様としてある程度の識字率を身につける為にスパルタな教育を受けている。タイチの付き人に任命されたジンは、ひまを見つけては剣の訓練やら慣れない小間使いのレッスンやらを受けているので、俺は一人でのんびり出来ているわけだ。で、飲み続けさせられた人魚の薬が効いたのかどうか知らないが、ちょっと気分が良くなった俺は、タイチの部屋付近の廊下で日光浴をしていただけなんだが。

「お、おおおお、おま、お前ぇぇ」
「何ですか」

不本意だが慇懃な仕種で頭を垂れた。ヒッピアスに殺されたくないし。誰が見てるか分かんねエし。白い仮面が視界を隠す。音が出ないように舌打ちするのは面倒くさい。

「た、タイチ兄上っ、の、道化か?」

多少どもりの治ったらしいガキは、やや高飛車な態度で言った。

「そうですが、何かご用ですか殿下」

俺の懇切丁寧な口調に、ガキ(多分スキピオ)は及び腰になりながらも睨みつけてきた。

「お前、魔族じゃないだろうな!?」
「お可哀相に、殿下は目が悪くていらっしゃいましたか」
「な、なんだとお!」

今の厭味がわかるほどには、スキピオは分別があるようだった。しかし、泣き虫という噂は真実らしく、大きな瞳はすでに潤んできている。

「殿下、殿下はおいくつになられましたか?まさか2歳や3歳ではありませんよね」
「うぅ、そ、そうだ」

ずずいと近寄ってきた白い頭蓋骨に、完全に怯えた様子のスキピオ。

「では、仮にも王子として国民の代表という立派な地位におられるあなたが、そうやすやすと人前で涙を見せるというのは褒められた行為でないことはお分かりですね」

ゼノのねちっこさを参考にしてみた。ぷるぷるしながら頷くスキピオに、俺は少し嗤ってよろしいと呟いた。

「で、泣きますか?」
「な、泣いてないもの」

うるうるした目で言われても説得力ねえよ、ちび。

「それはよかった。泣かれたら困るのはこちらなんでね」

ずず、と鼻をすするスキピオの頭を叩くように何度か撫でてやると、きっと強い目で睨まれた。

「お前、道化のくせに優しくないぞ」
「は?優しくない?」

ビク、とスキピオの体が揺れる。それは、ワントーン下がった俺の声のせいかもしれない。

「わざわざ人が下手に出てやってたってのに、いい度胸だなぁ、あ゙?」
「あ、うっ、うええぇぇ」

結局泣かせてしまった。つーか、声がデケエよこのちび。

「おい、泣き止めちび」
「わああああ」

殴りたいと切実に思った。が、殴ったところで余計泣かせることは分かっていた。

「ほら、よーしよし」

あやすように頭を撫で、軽い体を抱き上げて高く持ち上げてやる。子供というのは単純な生き物で、少し機嫌がよくなれば何を怒っていたかなどすぐに忘れてしまうものだ。
多分。

「ひ、何する」

案の定、というか予想外に、びーびー泣いていたスキピオは泣き止んで怒り出した。

「何って、あやしてあげてるんだよ、俺が、わざわざ」
「お前、ホントに道化か?」
「俺はタイチの友人だから、あいつの弟なんかに敬意を払う気はねぇんだよ」

落ち着いた様子のちびを下ろし、改めてしゃがみこんだ。

「どうもはじめまして、道化の安吾と申します。ちびの王子様」
「アルセーヌの子、スキピオです」
「握手するか?」

仮面というのは顔が隠れるからいい。本当はクソ餓鬼は全般専門外な俺の、顔が引き攣るのを隠してくれるからな。

「よろしく」
「どーも」

スキピオは小さくてぽてぽてした手を恐る恐るだが俺の手に重ねた。思ったよりは素直なようだ。俺はとりあえずのご機嫌とりを終えたので、廊下の端に敷いた浅黄色の毛布の上に寝転がった。

「じゃ、俺寝るから」

仮面の裏には布を挟み込んであるから、寝転がっても頭は痛くない。スキピオが近寄ってくる気配がするが、面倒なので無視した。

「何だ。お前が立ってると日光浴が出来ないんだよ」
「安吾は、タイチ兄上の友達なのか」
「そうだ。何か文句あるのか」

がりがりと腹をかいて、俺は逆光に黒く見えるスキピオを見上げた。

「わ、私は友達がいないのだ」
「だから、何。俺はもうこれ以上友達はいらねーんだよ」

何たって、タイチ一人でこれだけ面倒なんだからな。

「ま、そうだな。友達はいらねーけど、弟分ならいてもいいかもな」

泣きそうに歪んだ顔を見て、タイミングを計ってさりげなく掬い上げてやる。子分とかパシリとか言わなかったのは、まあ、ちびっこ相手ゆえの優しさだ。

「おとーとぶん?なんだそれは」
「友人一歩手前の関係」
「一歩手前。もうちょっとで友達?」
「まあ、そうだ」

嘘は言ってない、嘘は。だって、パシリも立派な友達だからなァ。

「じゃ、じゃあ、私をお前のおとーとぶんにしてくれ」
「えー、うーん。いいけど?」

思ったより懐かれたような気がする。別にいいけどそろそろ眠い。

「じゃ、今日からお前は俺の弟分で、俺はお前の兄貴分な。よし、兄貴分は寝るからどっか行け」

体を丸めて言うと、ガバッと小さな体が足の辺りに抱き着いて来た。最近治ったばかりの足が、鈍く痛んだ。

「け、まァいいけどよ」

小動物のようなスキピオの気配に観念して、俺はそのまま目を閉じた。

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