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サイド×××
「ハア、で、何。アイツ居たの?」
暗がりの中、吹きすさぶ風にさらわれる囁き声。溜め息をついた男は、やれやれと自分の頭を撫でる。男の頭には髪の毛が一本もなく、つるりとしている。もう一つの気配が、頷く。
「はい、確かに」
「面倒くせぇなぁ」
「しかし、命令ですから」
「ウーン。お前行かない?」
「え、嫌ですよ。あんな敵地のただ中に生身で入る無謀さはありません」
「だよなア、俺も至って常識ある奴だからそー思う。特にウィーだ。あの海馬!怖えーよマジありえねぇーよ」
「ああ。あれは相当いかれてますよね、特に戦闘本能が」
「そーなの!しかも俺、アイツに目ぇつけられてンの。喰われそうだ。今から胃が痛む わア…」
「お気の毒様です。しかし、ボスの命令ですから」
「わかってらい」
「では、頑張ってください」
「おぅ。ふけたいし、面倒いし、やりたくねーけど行ってくる」
ち、と舌打ちの音がした。それから声は途絶え、風の声だけがずっと噂を流し続けていた。
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