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「でさ、なーんでさっきの魔族はわざわざこんなところへ来たのかな、って話なんだけど」
スキピオを年かさの侍女に預けたあと、ヒッピアスは俺を連れて自室に赴いていた。無駄のない簡素な室内は、見た目のわりにクールな兄貴にピッタリだと思う。
「何にもなくても、無駄にちょっかい出して来るけどな。サリンガーじいさん、日に2回は昼寝して結界途切らせるから。ま、今回はタイチのことを確認しに来ただけじゃねーの?」
ウィーは茶をすすりながら興味なさそうに言う。サリンガー老魔術師は、城全体を覆う結界を常に形成して侵入者を拒んでいるが、昼寝している間は監視の目が緩む為にわりと頻繁に魔族は城に侵入していた。といっても、たいしたことをするわけでもなく、ひとしきり冷やかしたら直ぐに退却してしまうだけなので、ウィーをはじめとする魔族馴れした軍人達は、そのことに対して強い警戒心は持っていなかった。
「いや、道化殿かもしれぬぞ。久しぶりの異邦人だからな」
少し声音を低くしたヒッピアスの言葉に、俺はゾワッと産毛が逆立ったのがわかった。手に持ったティーカップに入った淡い緑のお茶に波紋が走る。
「何で?双黒のことがばれたの?」
「いや、単に“異邦人”というのに反応したんだろう」
「まさか、異邦人が好みなの?!」
人を好んで食べる魔族もいると聞いていたので、俺は眉をひそめて聞いた。ところが、二人はふっと噴き出すように笑った。
「ハハ、違ぇよ」
「ふふん。タイチよ、魔族はもともと異邦人なのだよ。道化殿やお前のいた世界とは違うだろうがな」
異邦人?魔族が?
「聞いてないな、それ。どういうこと?」
俺の問い掛けに、ヒッピアスは少し肩を竦めた。
「そのうちに教えてやる。焦るな、弟よ」
「ふうん。ま、いいけど。安吾を取引に使おうとしてみろ、その目玉を串刺しにしてやるからね、兄貴」
「ふん」
はぐらかす兄貴はやはり信用できないね、俺的に。国のことを恋人かなにかのように愛しちゃってる変態だから、余計に疑わしい。目玉串刺しは、半分以上本気だ。俺ってわりかし残酷な奴なんで。や、もちろん安吾にはデレデレな奴だけどね。
「串刺しとはまぁ、恐ろしいことを言うな、タイチよ。しかし、私にも護りの騎士くらいいる。そうそう物騒なことを口に出すものじゃない」
「そういうこった」
ウィーが、ニヤリと笑って俺を見た。
「あれ、ウィーは兄貴のお手付きなの?」
「いろいろあってな。まぁ、気にするな」
長い朱毛に覆われた背中に、鮮やかな翠が垣間見えた。そういや、コイツまだズボンしか穿いてないな。まあ、どうでもいーけど。
「ふーん。ゼノとウィーが兄貴の駒の筆頭かぁ。ま、俺もおいおい駒を揃えるかなー」
「それもいいがな、お前は一国の王子だということを忘れるなよ」
「何言ってるの。よぉく分かってるって」
笑っちゃうよ、兄貴。そりゃ、愚問もいいとこだ。
「俺って、愛が超大きい人だから」
ただし、兄貴みたいな愛国心ではないけどね。
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