ある亀の見た夢 | ナノ


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「うわー、マジですか」
「あ?」

ひょい、と片手の筋力だけで体を浮かせて部屋に滑り込んできたのは、朱い髪が目立つウィーだった。なんかショック。俺の中の海馬のイメージが壊れた。

「兄弟3人も揃って何か用か?」
「あー、ホントの本気であんたが海馬なの?」
「そうだ。最高ランクの魔獣だぜ」

ふふん、と得意顔のウィーに、何となく溜息をつきたくなった。

「俺の脳内のイメージが崩れた」
「ハア?こんなにカッコイイだろうが」
「せめて、せめて服着てこいよ」

何かツッコミにくかったんだけどさ。前を隠すことなくウィーは突っ立ていたんだな。
いや、確かに羨ましいくらいの肉体美だけども。あ、下の毛は藍色じゃん。俺がどうでもよいことに注目していると、ウィーは目をすがめた。

「ンン?なんだそれだけかよ。呼び出した理由がくだらねぇな、ヒッピアス。その笛は緊急用だぞ」
「一度も使ったことがなかったのでな。しかし、たかだか河からこの部屋まで37秒もかかっては、私は4回は心臓を刺されているな」
「けっ、厭味野郎」

ウィーが頭を振ると、細かい水滴が辺りに散った。

「まさかその姿で水浴びしてたとか言わないよな、ウィー」
「なんだ、そんな露出趣味があったのかね?」
「獣形に決まってンだろ。お前ら俺をなんだと思ってるんだ?」
「「「馬鹿」」」

いやなハモり、とウィーは眉を寄せた。

…とんとん。

スキピオが、微かなノック音に気づいて首を傾げた。

「ん、誰だ?」
「道化でございます」

ぎぎ、と扉が開いて聞き慣れた安吾の声がした。安吾が来たのかと嬉しくなる。でも、それ以上の違和感に俺は頬を歪めた。

「こちらに我が主がいると伺ったのですが」
「安吾!どしたの、入ってくればいいじゃん」
「許可がなければ入ることは、私はいやしい道化にございますから」
「許す。入っこい」

す、と今度は音もなく扉が全開した。白い装束に身を包んだ道化が、平伏した姿を表す。

「どうした、早く入って来ないか」
「酷いお方ですねぇ、ヒッピアス殿下。この部屋には強い結界が張られているというのに」

道化が細い指を伸ばすとバチッと音がして、その指先は焦げて黒ずんだ。ヒッピアスは眼鏡の中で目を細めた。

「どうやってここまで入ってきたのか教えて頂きたいな、魔族殿」
「魔族?」

小さなスキピオは、ヒッピアスの背中にくっついてがたがた震えている。仮面のした、ひびが入るように笑った口許には鋭い犬歯が光る。

「ふ、さすがはヒッピアス殿下。いかにも、私は魔族でございます」
「へええ、初めて見たな。どんな顔してんの?」

俺のあっけらかんとした言葉に、仮面の男は微かに笑った。

「お初にお目にかかります、第二王子様。大変申し分ないことですが、私は影にございますれば、実体はなく、紙の上に描いた絵のようなもの。顔をさらすことはかないません」
「ふーん残念だなぁ。せっかく安吾の影使ってんだから、珍しい笑顔を見たかったのにねえ」

俺の周りが、一瞬ざわめいた。人間じゃない、精霊達だ。俺の感情に怯えて逃げる。キラキラごちゃごちゃの正体の精霊が隠れたことで、一気に部屋の密度が薄くなる。ビクリ、と一際大きくスキピオの体が揺れて、魔族の者も警戒するように一歩身を引いた。

「まァまァ、恐い王子様であられること。ふふ、無事のご帰還おめでとうございます。では、気の利いた化け物は引っ込む時分とも申しますし、私はそろそろおいとまいたします」

ヒッピアスは強いウィーの目線に首を振る。

「ち」

ウィーの舌打ち。見せつけるように深々とお辞儀をした魔族の姿は、残像のように掻き消える。

「侍女を呼んでスキピオを宥めさせろ。あと、清めの塩を撒いておけ。まったくサリンガーの老いぼれめ」
「いやーおっかないね、魔族って。まさか王宮に普通に侵入しちゃうとかマジありえない」

ぶつぶつと、王室お抱え魔術師の長であるサリンガー老師への悪態をついていたヒッピアスは、丸みのある四角い顔をしかめた。

「魔族を怯えさせたお前に、それを言う資格はないな。見ろ、スキピオがこんなに恐がっているではないか」

一人で寝られないと駄々をこねられる長男は、諸悪の根源である次男を睨んだ。

「あー、ゴメンよスキピオ。怖かった?」
「ぎゃっ、ごわ゙い゙ぃぃっ」
「完全に怖がられてるな、お前」

呆れたような嘲るようなウィーの失笑。触れようとしただけで大泣きされた俺は、さすがにちょっとショックだった。

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