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「この薬、滋養強壮にいいんだって」
「何の薬?」
「知らなーい」
ぱか、と口を開かされてサラサラと粉っぽい薬を注がれた。苦くも甘くもないそれは、微かに磯のかおりがする。
「水飲んでー、飲み込んでー」
咳込む前にあてがわれた水で、無理矢理薬を嚥下した。
「で、何の薬だったんだ」
「だから知らないって」
「チャラ男、自分が嘘ついてる時の癖に気づいてないのか?」
「えっ?」
「ほら、アホめ」
奴は俺に嘘をつく時に限り、やけに笑顔を振り撒く癖がある。焦って口を覆ったタイチに、デコピンしようとして諦める。空気抵抗が強すぎるっての。
「どうせ怪しげな薬なんだろ?吐けチャラ男」
「あー、骨だって」
「何の生き物だ」
「人魚」
うげぇ、と俺はだるさも忘れて喉に指を突っ込んだ。
「あーっ、安吾、待て待てっ!ダメだって、せっかく飲んだんだから」
「お前なら飲みたいのかよ、絶対飲まないだろ!」
「あ、毒味済み!俺飲んだし」
「は?それ本気で?」
思わずタイチの碧の目を見た。
「や、一応な。異邦人に毒だったらヤベーなーと思って」
「マジかよ」
ちょっとビビった。なぜって、コイツは絶対自分では危ない橋を渡らないタイプだからだ。むしろ、うまく言いくるめて他人に危険な橋を渡らせ、他人にやらせてしまう。ある意味、俺より性格悪い野郎なんだ。まあ、それを気取らせない賢いおつむがあるし、普段は単にフレンドリーなお調子者なんだが。
「お前、頭打ったのか?キャラ変わった?魂が清らかでキモいぞ」
「デレがないよね安吾って。ホントツンツンだよね」
にへら、とごまかすようにタイチは笑うだけ。本音の見えねー奴は嫌いなんだがな。しかし、魂が清らか俺は、嫌々ながらもお礼を言おうとした。
「タィ…、うげッ」
「ん?どした」
がちゃりとドアが開き、俺は悶絶した。
「やあ。突然倒れたと聞いたよ、道化殿。気分はどうかね?」
でーんと見事な腹に三毛の頭。まごうことなきヒッピアス王子が入って来た。わざわざ見舞いに来たのか、両手には律儀に花束と果物を持っている。咄嗟に、俺は枕に顔を押し付けた。
「あ、安吾?!」
「どうした、大丈夫か」
「よ、寄るなァ!」
悶える俺に、タイチがオロオロしている気配がした。
「安吾、どうしたの一体!顔見せて」
「や、やめ」
抵抗するにも力が入らず、俺は二人の王子に情けない顔を向けた。
「どこか痛いのかね?」
「ちょっとヤバイね」
「的外れなこと言ってんじゃねぇよチャラ男。萌え所がキモいし王子ルックスな所がなおキモい。クサイ滲みる寄るな変態!」
ぼろぼろと涙が流れるに任せて俺は言い放ったが、潤んだ目で睨んでも威力は半減だ。泣きたい気分とかには関係なく溢れ出す涙に、頬には幾筋もの水脈ができた。滲みる、滲みる、なんなんだこのにおい!?俺は、霞む視界に諸悪の根源を映して叫んだ。
「頼むからその花束どうにかしてくれ!!」
「コレ?」
俺の一生に一度あるかないかの懇願に、二人は淡い桃色で朝顔に似たかたちの花を見た。小さめの束にまとめられた花は、無害そうな顔ですましている。
「ギネマタの花は、見舞いの定番の花なんだが」
「普通にいいにおいじゃん」
「ばッ、近付けるな!」
鼻をヒクヒクさせながら叫ぶと、さすがに気の毒に思ったのか、ヒッピアスは花束を窓から外へ投げ捨てた。
「いやー、俺、安吾の泣き顔なんて初めて見たよ」
「泣きたくて泣いたんじゃねぇし」
ツーンとする鼻を押さえ、俺は目頭の涙を拭った。
「で、兄貴は何の用?」
兄が出来たこと自体は素直に嬉しいのか、タイチはニヤニヤした。
「ジンに聞いたら、ここにいると聞いたんでな。タイチよ、我らの弟に会わせてやるぞ」
「あ、えーと、三男?」
「そうだ。スキピオと言う」
7歳年下の奴らの弟王子は、大の魔族嫌いで有名なそうで、タイチはウハウハしながらヒッピアスの後について行った。あ?俺?もちろん留守番だ。決まってんだろ、ガキは嫌いだからな。
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