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「おい、起きろ」
言われなくても起きている。薄暗い物置部屋の片隅で、俺は嘆息した。
「なんだ」
「道化が王子より寝ていていい道理がないだろうが。先に起きて朝のご挨拶の用意をしろ」
「ちっ」
だるい。ジンの言葉が頭蓋の中で反響して聞こえた。頭を動かしたら目が回りそうだ。動かない俺の様子に感づいたジンが、少し声音を和らげた。
「おい、また体調崩したのか」
「触んな」
伸ばされた手を払う動作すらも辛い。低く呻いて俺は沈黙した。ジンはじっと俺の顔色を観察していたが、何も言わずに部屋を出ていったようだった。人の気配が消えたことに安心した俺は、泥のように重い瞼を閉じた。
――しゃん、しゃん。
異形の道化が鈴を鳴らす。逃げる者への警告と、追いかける鬼への目印に。
***
「ん」
次に目が覚めた時、視界はやけに明るくて、天蓋に描かれた真白い牡牛の緑の双眸がこちらを見つめていた。神に祝福された深緑の瞳。ぼんやりとその目を見つめる。瞬きしないので瞳の表面が乾き、薄く張った水の膜が視界をゆるゆるとぼやかした。
きっと、この世界の自意識過剰なカミサマは、あらゆる緑色がお気に入りなんだろう。俺はあまり好きではない。あんなに生命力に満ちた色は。
「安吾、起きたか?」
「タイチ?」
視線だけずらすと、椅子背もたれに顎を乗せてこちらを見ているタイチと目があった。光を受けて輝く翡翠。苦手だが嫌いではない。ぎりぎり許容範囲の緑色だ。だって、この瞳には陰がある。明るいようで、光を吸い込むほの暗い闇を持つ。
「ここ、お前の部屋か?」
「いや、俺の部屋の隣だ。んで、今日からお前の部屋」
目だけを動かして俺は頷いた。
「ジンに無理言って変えてもらったんだ。あの部屋狭いし不潔。水飲むか?」
「飲む」
タイチはヤカンを縦長に伸ばしたような赤銅色の水差しから、なみなみと水をコップに注ぎ俺のほうに持って来た。
「安吾、悪いなホント」
「まったくだ。俺は精神が繊細だからな」
片手で俺の上半身を器用に起こし、タイチは俺の口元にコップを近付けた。
「ん」
思ったより喉が渇いていて、ガラスの端に噛みつくように口をつけ、冷たい水を飲んだ。清んだかおりのするそれはかすかに甘く、日本で好んで飲んでいたミネラルウォーターに似ていた。
「うっ、げほ」
「慌てるからだよ」
むせた俺の背を、とんとん叩くタイチ。少し意識がはっきりした。外の様子が気になる。タイチは俺の様子で悟ったのか窓を少し開けた。赤暗い光。夕日?
「ちなみにもう夕方だよ」
「一日寝てたのか」
「睡眠というより昏睡してたけどね」
ジンが薬持って来たから、とタイチは薄い紙の上に置いた白い粉を見せた。
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