ある亀の見た夢 | ナノ


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サイド:坂口安吾



「タイチ、よくやったな」
「え、何が?」

俺は、道化の伝統的服装であるらしい麻と綿の混じったくすんだ白い貫頭衣に着替えていた。裸足に、木製の腕輪もつけてますます異風だ。
ふかふかの寝椅子に腰掛けた俺は、隣のアホ面に仮面の下で少し笑った。あ、足の爪伸びてんな。

「チャラ男もたまには役に立つな、って言ってんだよ。お前のおかげで死なずにすんだ」

爪の具合を見ながら言う。

「あ、さっきのか。あっれは冗談の目じゃなかったよなあ」
「巻き込んだのはテメエなんだから、これからも何とかしろよ」
「出来るかぎりは、ハイ」

ウヒヒ、とタイチはばつが悪そうな顔で笑った。そのタイチの背景に、彫像のように起立したジンが立っているのが見える。タイチが用がない時以外は、ああやって固まっているんだそうだ。あほらしいけど、タイチは王子様で、それだけやるくらいには偉いらしい。
俺、そんな偉い王子様を足蹴にしたりパシリにしたり――まあイロイロやってきたんだけどな。多分、変態だからそのほうが喜ぶと思うんだが。まあ属性ノーマルっぽいジンには無理な話か。タイチは頭に花の咲いたアブノーマルだからな。

「あ、そうだ」
「え?」

唐突に拳を構えた俺に、タイチは目を見張った。

「止めるなよ」

俺がさりげなく声をかけたジンは、目を動かしただけで入り口近くの壁に張り付いたように動かない。それを確認して、俺はそのまま勢いよく拳を突き出した。しかし滑らかな頬にめり込む前に拳はピタリと止まった。ぎりぎりと力を入れても、不可視の壁があるように拳は動かない。諦めて拳をほどく。今度は難なく触れた。おい、ちょっと嬉しそうな顔するなキモい。

「やっぱ駄目か」
「ビビったァ」
「ビビったんならせめて目をつむれよ。お前って演技下手」

冷静な目で俺の行動を見ていたタイチに言うと、先程と同じようにへらりと笑った。

「あ、それよりさ、もう夕方じゃないか?」
「だから?」
「夕方といえば晩御飯だろ」

腹減ったし、と言うタイチの鶴の一声で、慌ててジンが食事の手配をすることになった。



***



「お、おお」
「申し訳ありません。遅くなりました」

フレンチのデリバリーのように、ジンはわざわざ料理を手ずから部屋まで持って来た。
白身魚の香草焼き、カボチャのポタージュ、豚肉とミズナのサラダ、ジャガイモのマッシュポテト等々。ただ、すべて見た感じそれっぽいというだけで味は不明なのがスリルなところだ。

「タイチ様、本当は道化が殿下と同じ席につくことは身分上許されません。このことはご内密に」

タイチの向かいに座らされた俺は、異形の面を脇においた。

「わかった。無理言って悪いな」

タイチの爽やかな微笑みにジンの表情も緩む。

「毒味はすんでいますから、ゆっくりとお楽しみ下さい」

一礼して身を引いたジンは、カツカツとブーツを鳴らして部屋の外に出ていった。

「はあ、やっと監視が消えたな」
「テメエの汚い字に、それだけ威力があるってことだな。俺も大人しくしてたし」
「ああ、主従契約か。しかし、ヒッピアスってのはくえない兄貴だったねぇ」
「お前も十分そうだと思うが」

タイチはマッシュポテトを薄く切られたパンに載せてかじりつく。

「おー、普通に食える味じゃん。安吾、お前も少しは食えよ」
「吐いてもいいなら」
「ストレス?」
「いや」

冷めてしまっているスープを一口二口含み、俺は視線を脇の面に移した。カボチャかと思ったスープは、甘いトマトの味がした。

「虫の知らせってやつか、嫌な予感がする」
「リーンてか?」
「いや、しゃん、だな」

タイチはサンタクロースかよ、と笑った。

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