ある亀の見た夢 | ナノ


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サイド:なし



そのまま、彼らは会議等を行う専用の小部屋へ移動した。完全防音を施した部屋のトビラをきっちり閉じ、ゼノは踏ん反り返るヒッピアスに向き合った。ウィーはさっさと席に着いて軍服の留め金を外し、窮屈そうな首元をくつろげている。険しい眼差しで魔術師は口を開いた。

「ヒッピアス殿下」
「何かね」
「なぜあの異邦人を生かしておかれるのですか。私は殺すべきだと申し上げました」

ふ、とヒッピアスは鼻先で息をついた。

「そうだったな。お父上様も殺せとおっしゃっていたよ」
「では」
「だがね、双黒というだけで殺すというのは短絡的思考だ。ゼノよ、君は“奇貨置くべし”という言葉を知らないのかね」

話すたびにヒッピアスの猫毛は笑うようにふわふわと跳ねる。対照的にゼノは金髪を苛々と掻き上げた。

「利用すれば意外の利を得る可能性があるから取っておくべきだ、との意かと。しかし、あれは恐らくそのようなレベルのものでは」

ヒッピアスは指でゼノの言葉を止めた。

「私は魔術師ではないから、君の感じた異常性はわからないがね。服従契約をしたし、髪を染めるのにもさしたる抵抗は見せなかったよ、あの道化殿は」
「ですが」
「彼は魔族ではないし、仮にそうだとしても例外的な存在のはずだ。私は、あの蛮族との外交を一手に引き受けているんだよ?奴らの性格くらいは把握している。さて、ではウィーはどう思うかね?」
「俺はヒッピアスに賛成だな」

ウィーはボソッと言った。きっと眦を吊り上げたゼノは、行儀悪く脚を机の上に乗せたウィーを睨んだ。

「なぜです。あなたも彼を警戒していたではないですか!」

ウィーは目を細めた。

「そりゃ、まぁそれなりにな。確かに安吾はただの糞ガキじゃぁないだろうが、あいつはタイチとくっついてるからな。あれは、無理に離さない方がいい」
「それが問題なんじゃないですか」

会議室の磨き込まれた机上に、ゼノは曇らせた美貌を写して言った。

「ゼノルドワードよ、君は勘違いをしているな」
「なんですか」

正式の字(あざな)を呼ばれて声を落とした魔術師に、ふふんと皮肉っぽく笑う太った王子。

「タイチだよ、異世界帰りの我が弟。アイツについて、君は色々と思い違いをしているな。君の誤解は愚かしく危険なものだ」

無言で、ゼノの紺碧の瞳とヒッピアスのレンズ越しの目とかち合う。先に負けたのはゼノだった。ふいと目を逸らし、ばつが悪そうにこめかみを指で引っ掻く。
それを見てヒッピアスも表情を緩める。

「あれにこれ以上心酔してみろ、私は君を切って棄ててしまうからな」
「何故です」

目力の応酬に負けても諦めきれない様子のゼノは、珍しくしつこく言い募っている。ヒッピアスはどこまでも、突き放すような冷たい声音で返した。

「フン。君は、あれを王座につけたいと考えているのかもしれないが、タイチは王には向いてはいない。あれは国を滅ぼす性質だよ」
「どうして」

まだまだ若いな、とヒッピアスは息をついた。

「あの、曇りのない目を見ただろう?ああいう目は無欲に見える。どうだね?」
「そのようかと」
「大欲は無欲に似たり」
「は?」
「あの弟は、その気になればたった一人の異邦人の為に国を滅ぼしかねない、と言うことだ」

ゼノは視線をウィーに移した。

「ま、そこまでは行かないが、俺も敵にしたくはないな、タイチは。あの手のタイプはやりにくい」
「では、殿下はどうなさるおつもりですか」

ヒッピアスは、少し色眼鏡をずらして裸眼でゼノに答えた。

「せいぜい利用させてもらうよ。あの異邦人殿の身体がもつかぎりは、タイチを動かすいい駒になるからね。そういえば、安吾の本名は知っているかね?」
「いえ、タイチ様が口止めしたようで」
「小憎たらしい弟だ。まァいい」

安吾の本名を知れば、それを基にタイチの結んだものよりも強力な主従契約を結んでやろうと思ったのにな、とヒッピアスは心中で呟いた。

「異邦人が双黒だったという情報は流すな。特に、スキピオの耳には入らないようにな。そうだな、いっそのこと、もう送り返したことにしてしまえ」
「は」
「双黒なんて、噂が入っただけでアイツ等が来そうだなァ」

ウィーは好戦的な笑顔で言った。

「黙りたまえこの戦闘狂。もしお前が“祝福の緑瞳”の持ち主でなければ、今すぐに退軍させてやるのに」
「こんな有能な部下がいなくなったら、将軍は大変だろうぜ」

軽口をたたき始めた二人を見て、情報操作は自分一人でやるのかとゼノはうんざりしながら思った。

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