また、この言い方も可愛くない。私の言葉が私を苦しめている。そんなこと解ってるけど口も涙も止まらなかった。
「あー、うぜぇ……。自分のこと過小評価しすぎ。やっぱいいや」
「……ッ」
「じゃあね」と言うと、私に背を向けて元来た道を歩いていく。
うぜぇって何よ。やっぱいいやって何よ。勝手に構ってきたのはあなたじゃない。
なんで早く帰りたかったのに、無駄な時間を過ごさなきゃいけないの?
大っ嫌い。
本当は追いかけてくれたって、少し嬉しかったのに。
大嫌い。
こんな自分が。
「……ねぇ、俺が言ってる意味、解ってる?」
数メートル先。人が行き交う道の真ん中で、大口さんは振り返った。
突然、赤い顔の大きな目で私を貫いた。
「ジョニーちゃん、自分が思ってるより可愛いから」
「可愛くない!!」
可愛くなりたいのに、分からない。できない。
「そんな顔で見んな! マジ可愛いから!」
「嘘つき!!」
「嘘じゃないし。“行かないで”って顔してるの、自分で分かってない?」
「そんな顔、してないッ」
ゆっくりと、一歩一歩向かってくる。
すぐに目の前に来た彼は手を伸ばし、触れられた頭からピリピリと痺れるようだった。胸がざわざわと騒ぎ出し、苦しくなる。
耐えきれなくて、下を向いた。
「どっちが嘘つきだっての。そんな目ぇうるうるして顔真っ赤でさぁ、俺までうつるからやめてくんない?」
ちらりと見上げると、大口さんは言葉通りに顔を真っ赤にしていた。
大きな手で優しく、私の乱れた髪をすいていく。サラサラと、指先で遊んでいるようでもあった。
「あ、さっきの言い訳、一つだけ忘れてた」
「なによ……」
「AV無理ってやつ。俺、AVで他の男とヤってるジョニーちゃんでヌきたくなんかないから。そっちの無理。他の野郎に見せんな。そんなのより俺の彼女になんなよ。なるよね?」
「はぁ!?」
「決定、決定! ぜってー後悔しないって、大丈夫」
私の気持ちは無視!?
「俺がジョニーちゃんの卑屈な性格直すの手伝うよ」
「卑屈って……」
「つまらなそうな顔だって、もうさせないし」
「……」
「もっと自分らしく、自信持って生きていけるようになるよ」
自信満々に笑う大口さんに、何も言えなくなってしまう。だって、そんな風に笑われたら信じてしまいそうになるから。
「からかわないで」と思い、口を開く。
「そんじゃ、あいつらに公言してくっかー。悪い虫が付かないようにね」
が、大口さんの方が一瞬早く言葉を発し、私は言葉を飲み込んでしまった。
握られ、引かれる手は思ったより温かく、振りほどけないでいた。
何なのよ。こんな軽い人彼氏にしたくない。時間の無駄なのよ。
やめて。離してよ。
「俺さ、一番最初にジョニーちゃんに決めてたんだ。なんとなくだけどね」
「き、嫌い……だってば」
「そんな言葉より俺はジョニーちゃんの表情を信じるよ」
「嫌い。だってさっきっから意地悪ばっかり言うじゃない」
大口さんといると本当に可愛くなくなる。でも、言いたいことを言えちゃうのは、思ったより悪くない。
「ごめんってば。なんでだろうね? なんか意地悪したくなった。でも嫌いだからじゃないよ」
「私は嫌い、だってば」
大口さんはさっきより強く私の指を握り、突然お姫様抱っこをした。
「きゃあッ!?」
「俺耳悪いのか、さっきから“大好き”って聞こえる! っていうか逃がさないし」
「や、やめ……」
軽くて意地悪で、勘違い甚だしい。私の意見なんか無視してくれちゃって、勝手に物事を進めていく。
こんな勝手な人……嫌いなはずなのに、分からなくなっていく。
でも、気付いたこと一つ。
いつもいつも人に合わせて生きていた私が、こんなに自分の意見を言うなんて初めてだった。
可愛くはないけど、多少素直になれたことには感謝。
私の言うことと大口さんが汲み取る私の意思は正反対だけど、なんだか大口さんの言うことの方が正しい気がしてきた。
だって……ほら、胸がアツクなってる。
「これからも俺はジョニーちゃんを泣かせたりするかもしれないけど、多分間違ってないよ」
「意味が解らない……」
「喧嘩したときにでも解るよ」
「……」
「さっき死ねって言ったことを後悔するよ。ジョニーちゃんは絶対俺のこと大好きになるから」
私が卑屈だったら、この人は自意識過剰なんじゃないだろうか。
それでも私は心のどこかで、さっきから大口さんの言葉が本当になることを望んでるようだった。
なんだか顔が凄く熱い。周りの視線が私達に集まっていることに気づき、顔を伏せた。
「ねえ、下ろして……」
「やだよ」
「恥ずかしいの!」
「関係ないね」
もがいても下ろすつもりはないらしく、私はしょうがなくされるがままになる。
「あと女の子達、みんな心配してたよ。寄ってたかってジョニーちゃんに酷いこと言わないでよ!って怒られた」
「え?」
「最初あんま仲良くないのかと思ったら、そうでもなかったんだね。ジョニーちゃんが普段は言いたいこと言えない子だって教えてくれたし」
「そう、なの? 私てっきり、みんなに嫌われたかと……」
「やっぱり自分が思ったより、世界は生きやすいのかもよ」
思ってもみなかった。
みんなの元へ帰ると本当にみんな心配してくれて、「あんなこと言うなんて、やればできるじゃん」と笑っていた。
いつも言いたいことを言えてない私を見てヤキモキしていたらしい。だから、さっきは少し驚いたが良かったと。
それから私は髪を黒くして短く切った。
夏にはTシャツとジーンズで出勤し、みんなには「前より生き生きしている」と言われ、みんなとはプライベートで遊びに行くほど仲良くなった。
大口さんはそんな私を見て「前より可愛くなった」と言ってくれる。
私は大口さんの言う通りに、生まれ変われた気がした。
Be born again.
私は生まれ変われるの。