「手元にパソコンもあったし、気になったので席に着いてすぐパソコンを開きました」
真田さんの目を見据え、頭を下げた。
「……本当に、すみませんでした。皆さんがどれだけ気にかけてくれていたのか知ることができて、自分の思いの至らなさに気付きました。感謝を伝えるべきは私の方だったのに、逃げるように去ってしまったこと、反省しています」
「みんなの思いが伝わったのなら、良かった」
そっと頭を上げて表情をうかがうと、真田さんはまた、穏やかに笑っていた。
恥ずかしくなる。自分勝手に思い込んでいたことが。そして、その愚かさにも気付けなかった子どもじみた自分が。
そうやって穏やかに微笑まれると、恥ずかしくて、頭を下げたままいれば良かったとさえ思う。
いっそメグルのように、バッサリと言われた方が、居た堪れないなんてことはなかったのだろう。
「言っただろう。どれだけ波乗りの働きが貢献になっていたかと。初めての試みで厳しくなったところもあると思うが、お前が誠実にレスキューと向き合っていたからこそ、みんなお前を認めていた」
「だけど波乗りはそれを自覚していなかったな」と笑われて、やっと色んなことに納得がいったような気がした。
どうして女じゃダメなのかとか、私じゃダメなのかとか、どうしてトッキューを去らなきゃいけないんだろうとか。今まで悶々と、ただ自分の中で引っかかっていた部分が、「認められていた」という、他でもない真田さんの言葉でストンと胸に落ちた。
「……私は“私”で、良かったんですね」
そうだ。きっと今までそれが自分を苦しめていたんだ。
認められたくて、できるようになりたくて、必死にカッコ付けていた。例えそれが私らしくない事だとしても、周りからどう評価されるかを気にして必死だった。
だけど本当は、そんな必要は全くなかったのだ。
「気付くのがすごく遅かったけど、これからは私らしく、素直に誠実にレスキューに携わって行きます」
「あぁ。それでいい」
その言葉に、救われる。
トッキューでいたことも、その中で必死でやってきたことも、無駄じゃなかったと。
「トッキューでいさせてもらえて、私、幸せでした」
できることならば、またいつかあの場所に戻りたい。そうじゃなくても、トッキューで女性が活躍できるよう貢献していきたい。
私のやりたい、やるべき事が心の中で定まって、霧が晴れたように頭がスッキリした。
「ところで、良かったのか? 新幹線は」
「えっ、まあ……もう一度戻って切符取り直します」
ちょっともったいなかったけど、人生にはタイミングというものがあると思うからしょうがない。
きっとあの時ああしていなければ、二度とこんな風に思いを伝えることはできなかっただろう。
「一度は乗ったんだろう?」
「はい。座席に座ってパソコンを開いて……。でも、気が付いたら走ってました。胸の奥に火がついたように熱くなって……こんなことを言うなんて恥ずかしいですけど、なんだか、抑えきれなくなってしまって」
「その気持ちは分かるな。熱い思いが、止まらなくなることはある。さっき腕を掴まれたのには、ドキドキしたな」
それは、どういう意味なんだろう。
「波乗り。あの日、俺を見ると劣等感ばかり感じると、だから側にはいられないと言われた時、少しショックを受けた。……今でも、それは変わらないか?」
「……いいえ。私は私らしくいてもいいと、分かったから」
すごい人を目の前にして、こうなりたい。こうあるべきだという思いからきた勝手な劣等感。今はもう、そんなこと感じない。
「確かに真田さんは雲の上の人みたいだけど、そんな風にはなれないなんて諦めじゃなく、届くものだと。感じなきゃいけないことは劣等感なんかじゃなく、希望だと思いました。レスキューマンとして、こんな風になれるんだって」
歩いていた足を止めて、真田さんがこちらに向き直る。
「そんな風には思うな」
真田さんは私の右手を取り、しっかりと握った。
「雲の上の人みたいだなんて言わせない。俺は、ただレスキューが好きな男だ」
握られた手は大きくて、想像したよりもゴツゴツしていた。
真剣な眼差しに顔が、体が熱くなる。
「普通の男だから、お前に距離を置かれるのは心が苦しくなる」
「あの、すみませんでした。あの日、真田さんの気持ちも考えずに感情のまま思いをぶつけてしまって」
真田さんにこんなことを言わせるなんて、もう、あの時の私を引っ叩きたい……。
真田さんはしばらく私の顔を見つめた後、遠くを見て、「案外伝わらないものだな」と呟いた。
また、何か察せなかったんだ、と焦る。
「謝らせたいわけではなかったんだ。そんな顔をするな」
また真田さんに困った顔をさせてしまい、自己嫌悪に陥りそうになる。
案外伝わらないって、何のことだろう。あの日のこと? それとも今日のこと? 真田さんとの会話を必死に思い返すけど、何のことだか私には分からなかった。
再び駅に向かって歩き出すけど、いろんな意味で足取りは重い。
「……」
やっと素直に話せた。こうして、手も繋いでいるのに。
もうすぐ離れなければいけない。うまく思いも察せないまま。
「真田さん」
だけど後悔したくなくて、本当に自己中心的だけど、せめて、最後だけ。最後だけわがままを言ってみる。
「駅に着くまで、このままでいてもいいですか?」
握ったままの手を、少しだけ握り返した。
「ああ。……でも」
一息吸うと、さらにぎゅっと、手を握られる。
「離し難くなるな」