ずるいよ。
「真田さん」
「なんだ?」
ずるい。人の気持ちに火をつけるのが上手いよ。
どんなつもりで言ってるのか分からないけど、そんな風に言われたら抑えられない。
「好きです。伝えても困らせちゃうと思って、言わずにおこうと思ったいたけれど、やっぱり伝えずにはいられません」
「……」
真田さんはしばらく固まったようにこちらを見続けた後、ぎゅっと手を握り直した。
本当に、言わないつもりだった。自分でも驚いている。だけど、衝動で飛び出してしまうほど、想いが強くなってしまったんだ。
「そうだな。伝えずには、いられないな。俺も同じ事を考えていた」
「へ?」
「ごちゃごちゃと頭で考えるのは良くないな。こういうのはきっと、心のままに動いた方が伝わるんだろう」
足が止まったかと思うと、強く抱きしめられた。
「好きだ」
息が、止まりそう。
頭が真っ白になってるのに、涙は勝手に流れ出る。
今、私真田さんに好きって言われた?
抱きしめられている事も、言われた言葉も頭に入ってこない。ドキドキと、真田さんの心音だけがある。
「やっぱり、波乗りにはストレートに言わないとダメだな」
頭の少し上で、真田さんの声がする。
「……それって私が何も察せてない、ってことですか?」
「そうだな。人の事には敏感なのに自分の事には驚くほど鈍感だ。でも、そういう素直で不器用なところも含めてお前だからな」
「真田さーん!!」
泣きながら好きだと叫び、それ以上なんてできないのに埋もれるほど強く抱きしめた。
止まらない涙で、真田さんの胸はびちゃびちゃに濡れてしまう。泣きすぎて、鼻声になるのが少しかっこ悪い。
「さっき手を離し難くなると言ったが」
「はい……」
「帰したくなくなったな」
困ったように笑うそんな初めて見る表情に、顔が赤くなるのを感じる。
「私も、帰りたくないですよ」
せっかく想いを伝えられたのに。もうサヨナラなんて。次はいつ会えるかも分からない。
この手を離さなきゃいけない時、きっともっと泣いてしまう。
「わぁ! 真田さん?」
「……」
私の手を引いてズンズンと歩く。無言で。
タクシーを見つけて乗り込んで、されるがままにそれに乗る。
「すみません、横浜まで」
「え!?」
「向こうでの勤務は3日後からだろう。一日こっちに泊まっても問題ない」
「問題……」
ないかどうかは私次第なのでは。
「すまない。お前の事となると抑えが利かなくなる。歩いて帰るのもいいが、早く家に着きたい」
「えっ!?」
「そうすれば、少しでも長く二人でいられるだろう?」
……ごめんなさい。真田さんってせっかちさんなんだと思っちゃった。私、こんなに下心丸出しな考えで恥ずかしい。
「そんな顔のまま帰せないしな」
タクシーのルームミラーを見ると、泣きすぎて目が真っ赤になって腫れている。お恥ずかしい。
「でも、もう泣きません。大丈夫です。嬉しい事がいくつもあったから」
気付かせてもらった事も、みんなに思われていた事も、真田さんの想いを知れた事も嬉しすぎて。
こんな風に考えが変わるほどの出来事が、私の人生で起こりうるなんて考えもしなかった。だからこそ、この人達の思いに応えられるように生きていきたいと思った。
「そうだな。想いが通じた事も嬉しいが、お前がこれからの道に希望を見出せた事が、俺は何より嬉しい」
真田さんの言葉一つひとつが、私に希望を与えてくれる。
きっと、これからも壁にぶちあたることばかりだと思う。新しい事をするという事は、そういうものだから。
でも終わりだけじゃなく、それが始まりにもできると分かったから。私は私で良いのだと教えてもらったから、きっともう大丈夫。
真田さんという大好きな、尊敬できる人に与えられた希望を、私はもう離す事はないだろう。
私の胸には強く、熱く、激しい理想の火が着いてしまったから。それが燃え尽きることなく、進んでいきたい。私の憧れの人の隣に、並んでいられるように。
僕をだましてもいいけど
自分はもうだまさないで