17-駅前(2)1

「基! よかったぁ。また来てくれたね」

 可愛らしく微笑む女の顔が、やけにワシを苛立たせた。また、何も言わない星野にも同じこと。

「また付き合ってくれるってことで、いいんだよね?」

 ワシは、その返事を聞きとうなかった。

「……ほんま、お前もワシもついとらんのう。なぁ、星野」

 別に好きで追い掛けたわけじゃない。

「お、大羽君」

 ただ、さっき言いかけたことがあったけぇ、伝えようと思っただけだ。

「基。その人だぁれ?」

 簡単に可愛らしくなれる計算高い女は、昔から苦手じゃった。

「何しとんじゃ」

「これは……」

 口ごもる星野に誠実さなんて見つけられず、またアイツの泣き顔が頭に浮かんでプツンと切れる音がした。

「お前、何しとんじゃ!!」

「ッ!」

「きゃあぁっ! 基っ、大丈夫!?」

 甲高く響く女の悲鳴がうざったい。いっそ蹴ってしまえたら少しは気が紛れるのに。思いながら、地面に倒れた星野を見下ろす。

 仲間の頬を殴り付けた右手が、思ったよりも痛む。

 こいつは、こんな男じゃったろうか? いつかまだ小さかった自分らをまとめていたのは、この男のはずだった。

「もうお前にジョニーは任せられん」

 ざわつく胸はおさまらず、思ってもみなかった言葉を吐いて踵を返した。

「……くそっ」

 また何も言わない星野に苛立ちは増し、それを吹っ切るように思い切り走り出した。

「待ってくれ!」

 遠い後ろからワシに向けられたじゃろう言葉が聞こえたが、止まらずに走り抜けた。本当に言いたいことがあるなら力ずくでも止めるはずだ。それが男ってもんじゃろう?

 まあいいかと諦められるなら、ジョニーのことだって簡単に諦められる。そんな奴には絶対にジョニーを任せることなんかできん。もう協力なんかするもんか。

 そして星野がそんな男だと解ったら、このままジョニーの元へ向かって言ってしまおう。

 もう、別に我慢する必要なんかない。友達という位置が心地好かった自分にも、これでいいと言い聞かせて納得しようとする自分にもサヨナラじゃ。

 良心なんか痛んだりしない。いつまでも仲間を思っているワシじゃない。そうじゃろう?

 これでええんじゃと納得しようとした瞬間、泣き止まないアイツの顔。

「ぐっ!」

 途端に後ろから追い掛けて来ていた星野に追いつかれてシャツを掴まれ、バランスを崩したワシらは派手に転んだ。

「はぁ、っ……ハァ、ハァッ! ゲホッ」

「ゼェッ、はッ……! はあっ、ハァ!」

 激しく息は切れて、起き上がる気力はない。

 こちとら仕事で毎日体を鍛えとるというのに、これでは軍曹に怒鳴られてしまう。星野と二人並んで説教されとるところを想像すると、なんだか懐かしくなって吹き出してしまった。

「ははっ」

「ハァ、ハァ……何、笑ってんのっ……?」

「はぁー。いや、懐かしいと思ってのぉー」

「うん、ヒヨコの頃にも、こんなことしてたね」

 ムクリと起き上がる星野に習って起き上がると、そこにはさっきワシが思い切り殴り付けた頬を腫らした星野がいた。でも表情は思ったより悪くはない。

 手には、さっきの女が手に掛けとった紙袋。

「大羽君、俺はもうあの子と関係ないし、ジョニーを手放すつもりはないから」

 いきなりの本題に、最初に言い出した自分の方がハッとしてしまう。同時に、見たこともない星野の挑戦的な、芯の強い目を見てしまったから。

 あぁ、さっきのアイツの泣き顔は、ワシの決断が間違っとったことを思い出させてくれたんじゃ。

 ジョニーにとっては誰でもない、星野といることが幸せで、ワシがジョニーを奪うってことは正義でもなんでもなく、結局は自己満足でアイツを泣かせることになるんじゃな。

 諦めたと思いながら、いつか、ワシがアイツを守ってやれる日が来るとも思っとった。でもそれは勝手な思い上がりなんだと、泣きじゃくるアイツの顔を思い出したワシは解ってしまった。

「分かった。でも、これだけは言わせてくれ」

「うん」

「もう、見てられんのじゃ。あんな顔ばっかのアイツも、泣いてばっかおるアイツも」

「……」

「星野」

「うん」

「ワシらはヒヨコの頃からの仲間じゃ。ワシはお前が好きじゃし、中学の頃から一緒じゃったジョニーも好きじゃ。だから……」

 どうか、ワシができない分を、ワシ以上に幸せにしてやってくれ。

「あんまりアイツを泣かせてくれるな」

 涙が出たのは、あまりにもアイツが不憫だと思ったから、ということにしておこう。

 涙の理由を理解してしまえば、ジョニーとは前と同じように接することができなくなってしまうような気がした。

 星野は強くワシの手を握ると、「約束する」と強い眼差しを見せた。ワシは、きっとこんな星野を望んでいたんじゃ。

「でも、大羽君を恨まずに済んで良かった」

「え?」

「昨日大羽君の部屋に行ったとき、ジョニーに見られたくないって言われて、大羽君に何かされたかと思ったんだ。万が一そんなことがあったら、大羽君でも許せないと思った」

「はは、ないない。大丈夫じゃ」

 万の内の一、一度もそういう感情がなかったと言ったら嘘になる。男だから日常の中でムラムラだってするし、湿気や熱さのせいか変な方にばっか考えるときだってある。だけど、できるわけがない。

 泣くじゃろ。アイツが。

 自分の感情と一時の快楽だけで、そんなことをできるわけがなかった。

 ワシだって同じ男として自分の女が他人に何かされたらと思うと、物騒な話だが殺してやろうと思うだろう。だから分かる。

 おそらくワシやジョニーが思うよりも深く、星野はジョニーを想っているんじゃろう。

 結局ジョニーの早とちりというか心配しすぎというか。この調子なら、もう心配する必要もないじゃろう。

 勘違いをさせる環境におった星野も星野じゃが、星野なりに事情もあったのかもしれん。

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