15-官舎(3)1

「昔は一人暮らしって憧れたけど、実際家に帰って一人ってつまんないよね。特にやることもないし」

「まぁ、慣れたけど、寂しいっちゃ寂しいのう。ワシはお前と違うてやることはあるけどな」

「ほう。何をするのか言ってごらん、全国区のインタビューに載せてやるから」

「魔女宅観たり、耳をすませば観たり。三鷹のジブリ美術館も行くし」

「あー、結局それ。アンタほんとそればっかね」

 ネタ帳に会話の端々を書き取りながら、大羽の部屋を目指す。

 階段を上ろうとすると、ちょうど、と言うべきなのだろうか。部屋から出てきた基くんがいた。

「ジョニーっ」

「!」

 ヤバい、と思ってしまった。「仕事で忙しくなるから会えそうにない」と言った手前か、大羽と一緒だったからか、はたまた別の何かかは分からないけど。

「……」

 沈黙。数秒が、数十分にも感じた。

 頭の中には焦りや不安。どうしたら良いか分からなくて、高速で回転する頭の中に目眩を起こしそうになる。

 二人の止まった時間を切り裂いたのは、やっぱり大羽だった。

「よう、星野。どっか行くんか?」

「あ、うん。……どうしてジョニーは、大羽君と一緒なの?」

 簡単なことだった。「以前話した自分の企画の取材だ」と言ってしまえば済むこと。だけどアタシは固まってしまい、それさえも言えなかった。

 基くんの顔は、このシチュエーションを快く思っていないことを表していて。変な誤解をされてしまう、と気持ちだけが焦る。

 しかし同時に怒りに似たものが顔を出した。アタシが誰といようが、今の基くんにどんな関係があるんだろう。あの日のアタシの気持ちも解らない人だったのだろうか。

 別れたわけではない。嫌いなわけでもない。だけどなぜあんなことがあった後でも、当然のようにアタシを自分の物みたいに言うのだろうか。

 事の発端は、君だと言うのに。

 ムッとする口が、さらに言葉を詰まらせた。

「雑誌の取材じゃと」

「……そっか」

「じゃあの」

「うん、じゃあ」

 結局アタシは一言も喋ることはできず、大羽の影に隠れるようにして足早に階段を掛け上った。

 直視さえできず、逃げてしまったのだ。

 さっき大羽に言われた通りだ。アタシはやっぱり逃げている。昔の意地を引っ張り出して張れるほど、昔のままではなかった。

 ……さっきの一瞬で焼き付いた基くんの顔。暗がりで分かりづらかったけど、目元にクマができていた。目も赤くて、あまり寝ていないのか、疲れているようにも感じた。

 彼も、眠れない夜を過ごしたのだろうか。

「……さっきの態度は、少し星野が可哀想じゃったなぁ」

 扉の鍵を開けながら、大羽が言った。部屋に入る大羽に続き、玄関の中まで進む。

 大羽の言葉に、アタシは小さく「うるさいなぁ」と呟いた。

 さっきのことは突然すぎたし、何より言ったはずだ。心の準備が必要だと。可哀想だと言うなら、どんな態度を取るべきだったのか教えてほしいものだ。

「うるさいって……。まぁ、お前らの問題じゃし、勝手にすればええけど」

 電気を点け、スタスタと部屋の奥に消えていく大羽の背を見ながら、バツが悪くなったアタシは玄関でじっと立ち尽くしていた。

「部屋、見るんじゃろう? 突っ立ってないで上がればええじゃろ」

「うん、お邪魔します」

「見せるほどの何かがあるわけじゃないけどのぉ」

 実際に、大羽の部屋に特別な何かがあるわけではなかった。六畳間に勉強机とテレビ、テーブル。押し入れに小さなタンスと本棚がある程度だ。

 特筆すべきは、テレビ台の下にある収納スペースに、ずらりと並べられたジブリのDVDくらいだろうか。有名アニメ映画から作品集まで……これは製作順にならんでいるようだ。

「少し、写真撮っていいかな」

「ええぞ」

 首から下げたカメラを構え、テレビ台の下のDVDを撮る。大羽に許可を得てテーブルに並べてみると、それも撮った。

 昔も大羽の部屋で、棚に並んだジブリビデオを発見したことがある。が、今回はそれを上回っているように感じた。

 どれもが特別収録版のもので、結構マニアックだなぁと感じながら数えてみると、二十七本。これってジブリなの? ってものまである。

 これはああで、あれはこうでと自慢気かつ楽しげに話す大羽は、ジブリに関しても昔となんら変わりないようだ。

 ふと、テレビ台の側に文庫本を見つけた。

「これ、まだ持ってるんだ」

「おう。今でもたまに読むのぉ」

「下手したら内容全部言えるんじゃない?」

「おぉ、結構言える」

 アタシにそこまで言わせるのには、理由があった。

 まずその文庫本っていうのが、今はもう絶版した文庫版の「耳をすませば」。

 中学の頃、朝は読書の時間があって、アタシはよくその本を読んでいた。その頃から大羽はジブリが好きで、読みたそうにしているから貸してやったのだ。

 その後、借りては返し、返しては借りが増え、「そんなに好きなら」と面倒くさがって大羽へあげたものだ。

 アタシもその本が好きで、カバーが擦りきれるほど何度も読み返したっけ。それ以上に、大羽はこの本を読み返しているだろう。

 昔より日焼けしながらも、まだ本の役目を果たしているなんて、すごいことだ。自分が作った本も、いつかこうして大切にされる日が来るだろうか。

「そっちの写真は?」

 テレビの上に無造作に置かれたミニアルバムには、風景の写真がいくつも収められていた。その街並みは、いつかどこかで見たことがあるような気さえする。

「まだヒヨコだった頃、聖蹟桜ヶ丘に行ったときの写真じゃ」

「へー」
 案外綺麗に撮れている街並みに、少しだけ感動した。これがあの「耳をすませば」の街のモデルとなった聖蹟桜ヶ丘か。

「案外上手に撮れてるじゃん」

「そうじゃろう」

「大羽が撮った写真ってことで雑誌に載せたいんだけど、何枚か借りて良い?」

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