それからずっとアタシが泣き止むまで、大羽は昔の話をしてくれた。
中学のとき意外な二人が付き合ってたとか、高校の修学旅行で話したこととか、卒業してからのこととか。
時々「お前はどうじゃった?」とアタシに話を振って、共感しては下らないことで怒り、笑ってくれた。
それはアタシ達が昔共有した時間を繰り返すかのように、目の前にはあの時の教室や廊下の景色が見えた気がした。
次第に笑えるようになると、本当に今のアタシが馬鹿馬鹿しく見えて笑いが止まらなくなった。
「くくっ、ははははっ! あはははは!」
「なんじゃ、気色悪い」
「いやー、だっておっかしくって!」
「はあ?」
「今のアタシってさー、アンタが思うより変わっちゃったわけよ。昔は言いたいことは言うタイプだったけど、今じゃ頭の中で愚痴愚痴考えるようになっちゃったし。恋愛じゃあ相手が好きすぎて独占欲丸出しで、自分が自分じゃないみたいでさ。アンタも変わったよね」
「ワシがか?」
「うん。アンタ調子に乗るから言いたくなかったけど。随分たくましく男らしく、頼れそうになったよ。前まであんなヒョロッとしてたのにさ」
「そうかのう。ワシなんてまだまだじゃ」
「なんだよー、精神的にも大人になったみたいじゃん。昔はこんな風になるなんて思ってもなかったなー。ははっ、年取ったよねえ」
「やっと、ちゃんと笑ったのう」
「えー?」
「最近のお前はいーっつも仏頂面で目ぇ腫らして、ほんま可愛くないし不細工じゃし」
「あっそ!」
「そうやって、なんでもないことで拗ねたり怒ったり、笑ってろ」
また下らない話をしながら、アタシ達は帰宅するために駅へ向かった。
気が付けば日は傾いていて、建物の隙間から見える夕日が綺麗に見えた。
冗談を言い合いながら、また馬鹿みたいなことを言う大羽に、昔と同じようにヘッドロックをかける。嫌なことなど何一つなかったかのように。
「しっかし……お前も女らしくなったなぁ」
頭が胸に当たってるからか。「馬鹿じゃないの」と言って首を締め付ける。しばらくして解放してやると、大羽は咳をして首を擦った。
「はぁ。やることは相変わらずじゃな」
「アンタもね」
「何がじゃ」
「ドーン! わー! ドサッ、モミモミ。考えてること一緒」
中学の頃、廊下で遊んでいたときのこと。ふざけた男子が大羽を突き飛ばし、運悪く直線上にいたアタシを押し倒した。
それだけならまるで漫画のようだで済むのだが……なんとアイツの右手はアタシの胸の上にあり、あろうことか揉んだのだ。
思春期だったがこれしきで騒ぐつもりもなく、アタシは女同士でやるようなものだと思うことにした。
が、周りはそうは思わずにしばらくは学校中に付き合ってるだなんだと噂が流れていた。
当時はそれが本当に面倒で、大羽を恨んだりしたものだ。
「いや、男じゃったらみんな条件反射で揉むって! 星野に聞いてみろ」
「アンタと基くんを一緒にすんな」
「おいおい、どこが違うんじゃ」
「優しさと器の大きさ?」
呆れたように溜め息をつく大羽をからかいながら、駅の入り口近くにいたカップルになんとなく目に止まった。
「わぁー、あの子めちゃくちゃ可愛いなぁ。天使みたい!」
なんとも嬉しそうに笑っている。笑顔がより彼女を可愛く見せた。
「そうかぁ?」
「……アンタってさ、昔から見る目ないよね」
「うるせぇ」
数秒見ていただけだったが、気付いてしまったのだ。
「……」
「どうした?」
「川端、姫子だ」
「ん?」
アルバムと同じ顔。髪は伸びている印象で、思ったより派手な服を着ていたからすぐには分からなかった。
でもまさか、と。他人のそら似だろうと二人で思う。
だって、大羽はともかくアタシは会ったことすらないのだ。本人かどうかなんて判らない。
都会には可愛い子がいくらでもいる。人が溢れかえる世の中に、似た人がいたとしても全く不思議ではない。
彼女がこれだけ可愛いのなら彼氏もかっこいいんだろうと遠巻きに見ていると、一緒にいた男の顔がちらりと見えた。
それは
「……」
数時間前、アタシの前から消えていったのと同じ背中。
「星野……」
なんで?
「ま、まさかのう」
どうして?
「ほら、電車乗り遅れる。行くぞ」
「基くんの馬鹿!!」
本当は見間違えるはずも、嘘なはずもなかった。だってお世話になった人に買ったプレゼントの袋が、彼女の手にかかっていたから。
確かに彼は星野基で、彼女は川端姫子だった。
信じたくなくて、まさかと自分に言い聞かせていただけだ。
勝手に飛び出した悲鳴のような言葉は周囲に散らばり、二人はおろか通行人もアタシを見ていた。
振り向き目が合ったのは勿論、友達が事故ったと言ったアタシの彼だ。
アタシは反射的に振り返り、全力で走った。大羽の声が何度もアタシの名前を叫ぶ。
追い掛けてくる足音が聞こえても、止まるわけが……止まれるわけがない。息を止めてできるだけ遠くへ、離れなければ。
もっと加速すれば、どこかへ飛んでいけるんじゃないかなんて思ったりした。
だけど加速すればするほど足は空回り、ヒールのせいでバランスを崩したアタシは見事に地面へダイブする。
スローモーションの世界に浸る暇もなく、鞄の中身は勢い良く散らばり、顔面が悲鳴を上げた。
「おいっ、大丈夫か!」
カッコ悪い。追い付いた大羽に助け起こされ、通行人の邪魔にならぬよう抱えられて端に寄った。
人並みに踏まれるアタシの鞄の中身は、いくつか壊れているようだった。
「踏まんで下さい!」