10-ベンチ1

 二十四対二十三。勝負はアタシの勝ちだったが、負けなしだったアタシのプライドをズタズタにするには十分だった。

 昔はもっと野球が下手だった。フルスイングすれば空振りだし、しっかり当てようとすれば飛距離は延びなかった。

 なのに……あの綺麗なバッティング。学校グラウンドなら確実に、球は弧を描いてフェンスオーバーしていただろう。

「まぁたそんな仏頂面しやがって」

「大羽のくせに」

「勝ったくせに」

 アタシ達はゲームセンターを出て、どこに行くわけでもなく歩いていた。昔の放課後とそっくりだ。

「なんだよもー」

「なぁにが」

「最近良いことなさすぎ」

「例えば」

「大野がまーたアタシのせいにしたでしょ、泥酔するでしょ、デートは中止で……。もう、基くんを思い出すと」

 姫子がちらついて。

「ねえ大羽」

 消えない。

「ん?」

 痛みも、不安も。

「例えば……高校の頃、大好きな彼女がいたとする」

「あぁ」

「別れても、携帯の電話帳から消さない?」

「意味がよぉ分からんが、別れ方によるじゃろ。喧嘩別れなら勢いですぐ消すかもしれんし、別れても友達じゃったら残るじゃろうし」

「そっか……」

 こんな不毛なことして、一体何になるんだろう。大羽と基くんは違うのだ。聞いたところで気休めにもならない。

「なぁ、昨日からなんかあったんか」

「……」

 男友達と女友達は違う。大羽とは、楽しいことだけしていたい。グチグチとねちっこい女と見られるのも嫌だ。

 ましてや基くんの同期で仲も良いのだ。こんなこと、言えるわけがない。

 かといって何もないと嘘をつく必要もなく、アタシは黙ってうつむいた。それを見た大羽がため息をつく。

「星野は大事な仲間じゃし、ワシに言いにくいのは分かる。だけどそれ以前に、ジョニーとワシはダチじゃろう? お前の性格上言いたくないのかもしれんけど、いつまでもそんな顔しとったら星野だってどうしてええか分からんじゃろ」

 昨日、偶然「姫ちゃん」という名前を見つけて泣き出してしまったことを思い出した。基くんは何も言わなかったけど、確かに困っていた。

 困らせたいわけじゃないのに。アタシだって泣きたいわけじゃないし、こんな二人のままで良いわけがない。

 アタシ達は日陰で座れる人気が少ない所に移動し、誰にも言わない約束で大羽に話すことにした。

 ベンチにだらしなくもたれながら、昔ダベったみたいに。内容は、まるで昔は想像できなかったものだけど。

「発端は、昨日アンタ達に聞いた姫子の話からで……アタシ、いつの間にか姫子にコンプレックスを感じてた」

「何でまた」

「……だって、姫子と基くんの付き合いの長さを考えてみてよ。長いよ、長すぎ。あっちの方がいっぱい基くんを知ってる」

「だからなんじゃ。その子とはもう終わっとるし、これから先を考えたらお前と一緒にいる時間なんてその何十倍になるかもしれんのに」

「まぁ、そうかもしんないけど。それでも女として完璧な姫子にコンプレックスは感じるの。もう……姫って文字を見るだけで基くんを思い出しちゃうんだ」

 思い出したくなんか、ないのに。

 雑誌の文字を見ただけで嫉妬できるなんて、どうかしてるとしか思えない。

「重症じゃな」

「ほんとだよ」

「まぁワシからしたら、お前が姫子の何を知っとるんじゃって話じゃけど」

「え?」

「女として完璧って言うけど、所詮聞いた話じゃろうが。ほんまは性格最悪かもしれんぞ」

「でも、基くんが大好きだったって。良い子に決まってるよ」

 あんな天使みたいな子が性格悪かったら、世の中の男子が絶望するしかないだろう。

 それにみんなに好かれるって言ってたから、性格が悪いわけじゃないと思う。

「じゃあ何で別れた?」

「そりゃあ、状況とか、タイミングとか関係してくるでしょ。一概に性格が原因とは言えないよ。……でも、何で思い出したくないんだろう」

「思い出したくない?」

「うん。今日買い物に行ったとき、アタシすっごい可愛いペンダント見つけたの。ガラスでできてる薔薇でさ、欲しいなぁと思って見てたんだけど、基くんがあからさまにそのペンダントが嫌そうだったんだ」

「ふーん」

「聞いてみたら、昔彼女にあげたものと同じだって。思い出したくないって言ってた」

「お前、それは状況とかで来た別れやないじゃろ。思い出したくないって……ええ別れ方じゃないのは確かじゃな」

「えー? そうかぁ?」

「普通に別れとったら思い出したくないとか思わんし、元カノと同じもの着けてても気にせんじゃろ」

 確かに、そういえばアタシには身に付けてほしくないとも言っていた。

「そうかぁ。あとさー、別の話になるけど基くん、女の子の友達多そうだよね」

「そうかぁ?」

「今日もお世話になった女の人に誕生日プレゼントって、入浴剤の詰め合わせ買ってたよ」

「星野はそういうとこ、マメじゃからのう。なんて、姫子にあげるプレゼントじゃったりして」

「足に風穴空かせてやろうか」

 ヒールで靴の上からグリグリと足を踏みにじってやる。ヒールでこんな風にするなんて、アタシも女になったもんだと馬鹿げたことを思う。

「冗談じゃろうが! ほんまにやめろ、本気で痛い!」

「……でもさぁ、基くん、本当にアタシのこと好きなのかなぁ」

「なんで、そう思う?」

「なんとなく、だけどさ」

 もしかしたら愛されてないんじゃないかと思ったりする。じゃあお前の愛されるとはなんぞやと聞かれても、分からないけど。

 それでも、基くんが想うよりアタシの方が想ってる。たまぁに一方通行なんじゃないかと不安になるのだ。

「なんで基くんはアタシを選んだんだろう?」

「お前を好きになったからじゃろう」

「姫子とは全然違うタイプなのに、どうして」

 その後も、基くんにぶつけられない感情を大羽にぶつけた。

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