「もう切るから」
『分かった、そこから動くなよ』
「は?」
聞き返した時には遅く、電話は切れた後だった。突然放り投げられた言葉を理解するのに数秒かかり、ボーッと携帯を見つめた。
何を考えているんだ、アイツは。電話越しにアタシの機嫌が悪いと察知したじゃないか。なぜ放っておかない。
そういえば、大羽は昔からそんな奴だったかもしれない。友達の元気がなければ何かアクションを起こしてくれたし、悩んでたら話を聞いてくれた。
大きく目立ちはしないけど、グループの中では縁の下の力持ちのような、兄のようなポジションだった。アタシは中学と高校のときの大羽しか知らないけど、海保大も今もきっとそんな感じなのだろう。
本当に、お節介というか何と言うか……結局は面倒見が良いのだ。
近くに公園を見付けると入り口の車止めに腰掛け、携帯の電話帳を眺めながら学生時代を思い出していた。駆ける足音が近付くと共に、アタシの上に影が落ちた。
「おう」
「……随分早いけど、走ってきたの?」
「早いじゃろ」
息を切らせるわけでもなく颯爽と現れた大羽は、昔と違ってたくましくなった。本人に言って調子に乗られたくないから言わないけど。
「で?」
携帯をたたんで立ち上がると、大羽はアタシの眉間に指を突き立てて笑った。
「なんじゃこれ、辛気臭い顔しやがって。不細工んなるぞ」
眉間と図星を突かれたアタシは「うるさい」と手をはね除け、そっぽを向く。
「今からちょお付き合えや」
「悪いけど、酒はもう飲まないって決めたから」
「誰がこんな昼間っから飲むって言うたんじゃ。お前じゃあるまいし。ええから行くぞ」
「え?」
何を聞いても「ええから」しか言わない大羽に少し戸惑いながら、手を引かれて連れてこられたのはゲームセンターだった。
そんな気分じゃないのに。
「こんなとこに連れてきて、アタシと一歩のやつでボクシング対決でもするつもり? それとも音ゲー?」
「それもええのう! 後でやろうで」
ここはゲームセンターなのに目的はゲームじゃないらしい。大羽はアタシを引き連れてグングン進み、その隣に併設されている広いバッティングセンターに連れてきた。
平日の昼間ということもあって、ゲームセンターとは違い利用客は少ない。
「なに」
「暇じゃろ? 久々に勝負せぇ」
「はぁ!? 今アタシがそんな気分じゃないことくらい、アンタなら分かるでしょ?」
「なんじゃ、ワシがトッキュー行ったから自分が負けると思うとるんか?」
カッチーン……。悪いが野球で大羽に負けることはありえない。なぜなら学生時代、幾度となく野球で勝負をしてきたが六年間一度も負けたことがないからだ。
自分で言うのもなんだが、この長い手足のお陰で球は早く投げれるし、バッティングのセンスも良い方だ。トッキューに行って筋肉が付いたくらいじゃ、アタシには勝てないだろう。
大羽の挑発に見事に乗ったアタシは、ヒールを履いていることも忘れて「百三十キロのストレートでいいでしょ」と、バッターボックスに立った。
「ここは二百円で二十七球出てくるから、多く打った方が勝ちじゃ」
「分かった」
百円玉を二枚機械に入れると、数メートル先のモニターに投手の姿が映し出された。数秒後に第一球が投げられた。
ガチィッ! と、鈍い音。ヒールのせいで踏み込みが甘くなり、真芯で捉えることができずに球はすぐ側に落ちた。
「今のは当っただけじゃ。ノーカウント」
「当たり前!」
このままでは負けてしまうと思ったアタシはヒールを側に脱ぎ捨て、裸足で挑むことにした。
たかが友達との勝負。周りから見れば何をムキになっているんだと笑われるだろうが、アタシ達にとってはあの頃の続きなのだ。手を抜くわけにも負けるわけにもいかない。
第二球、キィンと澄んだ音を響かせて球は良い角度で飛んでいく。
「おぉ〜」
「ツーベースヒット!」
その後も三球目、四球目と調子良くバットを振り、二十七球中二十四球を打つことができた。久々にしては上出来だろう。
「どうよ」
息も切れ切れに威勢を張ってみる。
「次はワシじゃな」
バットを手渡し大羽がバッターボックスに立つと、あの頃の姿に重なった。
高校の頃、体育の授業で野球をしたことがあった。相手は運悪く野球部のピッチャーで、どっちが先に打ち取るか勝負したこともあったっけ。
結局あの勝負は大羽が合間のキャッチボール中に、顔面キャッチから鼻血を出したことで決着は着かなかった。
あの頃とどう変わったのか見てやろう、腕を組んでそんなことを思ってたらピッチャーのモーションが始まり、第一球。
フルスイングと綺麗な金属音。
「どうじゃ!!」
アタシは、何も言えなかった。
大羽が、アタシを置いてきぼりにしていくんじゃないかと思った。