「基くん」
「ん?」
「どうしたの?」
「何が?」
「……変だよ」
ピタッと足を止め、やっと基くんはアタシの目を見た。また、泣きそうな目をしているのは分かっていた。
その大きな手でアタシの手を掴むと、またゆっくりと歩き始める。
ドキンと心臓が跳ねる反面、アタシはそんな基くんの顔を見れなくなって、二歩後ろから手を引かれるようにして歩いた。
「……ジョニーと付き合う三ヵ月前まで、彼女がいたんだ」
「うん」
知ってる、とは言わなかった。基くんが話してくれる全てを聞きたかったから。
「高校卒業した頃から付き合ってて」
「長いね」
「そうだね」と少しだけ笑った基くんはいつも通りで、それでもそんな悲しそうな顔は見たことがない。
「きっと、情けないって笑われるかもしれないけど、あのペンダントは別れる少し前に彼女にプレゼントしたやつなんだ」
「……」
「思い出したくなかった。本当に勝手だと思うけど、そんなものジョニーに身に付けて欲しくなかった」
少し汗ばんで、少し震える基くんの指先がほどけてしまいそうになる。指を絡ませて手を握ると、強く握り返された。
ごめんと呟く彼の顔は見えないけど、その手から伝わるものがあった。どれほど好きだったのかとか、思い出したくなかったと言うほどのことがあったのだろうとか。
「基くんの元カノってどんな人だったか、聞いて良い?」
「え?」
振り向いた基くんはいつもの顔で、少しビックリしていたようだった。
「い、いやっ、ちょっと気になっただけなんだけど!」
「うーん……。お姫様みたいな、そんな子だったかな」
あぁ、やっぱり卒業アルバムで見た川端姫子のことだろうな。きっと誰だって、彼女のことをそんな風に説明するだろう。
「凄く目立つ子だったけど、楽しくてみんなに好かれるような子だった」
「……大好きだった?」
心の中で、もう一人の自分が嘲笑った。そんなことを聞いてへこむのは自分なのに、と。まるで自信なんか持てなかった。
基くんは少し考えるような間をあけて、「うん」と小さく頷いた。
どこかで否定して欲しかったのかもしれない。いや、きっとそうだ。だからこんなことを聞いたのだ。
一瞬にして頭が真っ白だ。
「携帯の電話帳からも消せないくらい?」
勝手に口が動いていた。
「え……?」
しまった。そう思ったのは、基くんの困惑の表情を見てから。
アタシは何を言ってしまったんだろう。これじゃあまるで、浮気を問い詰める女みたいだ。本当はこんなことをしたかったんじゃない。
きっと誤解されてしまった。携帯を盗み見たわけじゃないのに、そう思われてしまったらどうしよう。
「あ……」
ちょうどよく、アタシにとっては助け船と言わんばかりに基くんの携帯が鳴った。
「ちょっとごめん」
「うん」
良かった、とホッとしていると次の瞬間にまた胸が痛くなる。
聞こえてきた電話の相手は、女の子だった。良く通る声だったが、時折うるさくなる街の音にかき消されて、どんな会話をしているのかは分からない。
ただ、基くんは困惑しているようで、嫌な予感がした。そして総じて嫌な予感は当たるものだ。
「ジョニー……ごめん!」
電話を切り深々と下げられた頭に、「ごめん」が何に向けられたものなのか分かった気がした。
「友達が事故に巻き込まれたって……ごめん! 俺、行かなくちゃ!!」
「うん」
「本当にごめん! 帰ったら連絡するから!」
彼は叫びながら、あっという間に人波の中へ消えていった。
立ち尽くして眺めていても、彼が戻ってくることはない。眼鏡の奥の腫れた目からはもう、涙なんか出なかった。
アタシは一人で歩き出すと、もう一度さっきの雑貨屋に向かった。
さっきあまり見ていなかった分、店内を見回して気になった物をゆっくりと見て回り、二階に行くと貴子のためにペンダントを手に取った。
あんな話を聞いたら、これを見るたびにアタシだってあの子を思い出すだろう。でも、そんなことより貴子に似合うだろうこれをプレゼントしたかった。
自分の首に当てて鏡を覗き込むと、やっぱりそれは可愛くて使い勝手が良いものだと思った。
が、基くんがああ言っていたのだ。それにもう、基くんのあんな悲しそうな困った顔を見たくなくて、ペンダントを一つだけ持ってレジへ向かった。
ペンダントは可愛く包装され、渡すのが楽しみになる。反面、彼の消えていく背中と言葉を思い出していた。