いつもと違う自分がいつもと違う町を歩く。変な感じもするが気分は良い。
天気も良く足取りは軽い。ゆっくり歩いて町を見渡して、新たな発見をする。小さな公園があったことや野良猫がいること。新鮮でいて、アタシの町を思い出した。
アタシの地元もこんな感じだった。基くんがずっといる横浜市内なんだと思ったら、なんだか親近感がわく。
バッグから鏡を取り出し、もう一度メイクを確認する。
うん、大丈夫。太ぶちの眼鏡が目元を誤魔化してくれている。貴子の言う通り、眼鏡なんか掛けたことがないから目立つかもしれないけど、ないよりはマシになっている。
基くんもそろそろ帰る頃だ。早く官舎に戻らなくては。鍵をかけて出てきてしまったから、基くんが閉め出されて待っているかもしれない。
官舎に近づくと、嫌な背中が見えた。コンビニからの帰りのようだが、ダラダラと歩いているところを見ると、あれもきっと休みなんだ。
平日である今日が休みの人間が多いのはなぜだろう。昨日の失態があるし、いつもと違う格好をしている自分も見られたくない。
奴が先に部屋にさえ入ってしまえば気付かれない。気付かれないように少し離れて後ろを歩くと、急に大羽が振り向くもんだから簡単に鉢合わせしてしまった。
「あ」
「ん?」
一瞬誰だか分からないような顔をして、一呼吸置いてビックリした顔をする。覗き込むように顔を近付けてきた。
「げぇっ。ジョニーじゃ」
「げぇ、って何だよ!」
「何じゃその格好。お前らしくないのぉ。目も悪うないのに眼鏡なんかかけとるし」
「うるさいッ」
だから顔を合わせたくなかったんだ。似合わないことは自分が一番知っている。
相変わらず歯に衣着せぬアタシへの物言い。どうにかならないものか。
大羽は舐めるようにアタシの格好を見回すと、顎に指を当てて言った。
「デートか」
「……まあね」
本当は触れて欲しくない。男友達に自分が女だと思われるのもなんとなく嫌だったし、似合わないと馬鹿にされるから。
「昨日の今日でよぉやるのぉ」
「ッどーもお陰様で! 昨日のことは礼は言っとく。ありがとうございましたッ」
「うっわ、可愛くないのぉー! べっろんべろんに酔っ払って公園で寝とったお前を担いでここまで運んでやったのに。お前重いし、酒臭いし、でかいし、鞄も重いし、うるさいし」
「あー、うるさいうるさい! アンタは人を助けるのが仕事でしょ!」
服装なんて関係ない。いつもの調子で大羽の腰を蹴っ飛ばした。失礼なこいつが悪いのだ。
「スカートで蹴んな!」
「バーカ!」
こんなときばっかり女扱い。昔から女扱いなんてしなかったくせに。
「そんなんじゃからメグルに格闘技やってそうとか言われるんじゃ!」
「この蹴りはアンタ仕込みでしょーが!」
昔、廊下でやったキックボクシングごっこを思い出す。あの頃は、大羽よりアタシの方が強かった。
「はぁ〜……星野もほんま、なんでこがぁな女と付き合うとるんかの〜。可哀想に」
「……っ」
「なんじゃ。柄にもなく傷付いたんか」
「姫子って子、卒業アルバムで見た」
「……あぁ」
「守りたくなるような感じで」
「そうじゃな」
「バイオリンが得意そうで」
「おぅ」
「アタシとは正反対で」
「うん」
「天使みたいに可愛かった」
「そうか。でも今のお前も負けとらんけぇ、そんな顔するな」
ぐしゃぐしゃと乱暴に撫でられた髪を、震えそうになる手で直す。そんな冗談や気休めなんか、と唇を噛み締める。
せっかく綺麗にしたのに、また台無しになるのか。いや、こいつの前だけでは泣くまい。絶対にだ。
「目ぇ腫れてブッサイクなんに、まぁた腫らすんか?」
「誰が。アンタの前で泣くとでも思ってんの?」
強気になれる言葉を口にして、涙をグッと堪えた。これからデートなのに。久々なのに、嬉しいはずなのにこんな気持ちじゃいけない。
もう一発強めの蹴りをお見舞いすると、また鏡を覗いた。涙目になっている自分を見つけて悔しくなるが、こんなことで涙目になっている場合じゃない。
「ジョニー、今のは効いた……。ええかげんに」
「ジョニー?」
「あ、基くん!」
「やっぱりジョニーと大羽君だ。着替えたんだね、ジョニー」
「う、うん。お帰りなさい」
変じゃないかと心配になる。さっと裾を直して鏡をバッグに戻した。
「ただいま。暑いのに、二人でこんなところでどうしたの?」
「今ちょうど不細工な面しとったから矯正しとったんじゃ。のう?」
「うるさい。帰れ」
馴れ馴れしくしてくる大羽の手を払い、ぐいぐいと背中を押した。
もう本当に帰って欲しい。アタシ達はこれから久々のデートで、大羽に構っている暇なんてないんだから。
「わしは買い忘れたもんがあって、もっかいコンビニに行くとこじゃったんじゃ。じゃあの、お二人さん」
背を向けたまま手を降る大羽を睨み付け、しばらく会いませんようにと願った。
アイツがいなくなって少し静かになり、日差しがジリジリと肌に刺さっているのを感じる。いつの間にか、少しだけ汗ばんでいた。
「お腹空いたでしょ。今荷物置いてくるから、出掛けよう」
「うん。あ、玄関に鍵があったから閉めてきちゃった」
「あぁ、ありがとう」
鍵を渡し「ちょっと待ってて」と言われて日陰に入り、階段を上っていく彼を見送る。
まるで夏休みが来た学生のような気分になる。待つ間がワクワクしてウズウズして、少しだけ頭の隅で嫌なことを思い出したりして。
夏だと勘違いさせるような日差しは足元を照らし、駆け降りてきた基くんと街へ歩き出した。