06-貴子の家1

 住宅街の中にある、よくある二階建てアパートの2DK。その一階に貴子は住んでいた。

 玄関の鍵は大体開いていて、不用心な彼女の部屋には簡単に入ることができる。

「貴子ー、アイス買ってきたー」

 ろくに挨拶もせずに玄関を兼ねたダイニングに上がると、奥の部屋から貴子が嬉しそうな顔をして小走りしてきた。

「わあーい! ありがとう!」

 いつも思う。犬みたいで可愛いと。

「あ、ソフトクリーム〜! ガリガリ君はジョニーちゃんのだね」

 貴子とは大学のときに知り合った。高校を卒業し、大学入学と同時に引っ越してきたアタシの、こっちでできた一番の友達だ。

 いつも優しくて一生懸命で、みんなに好かれる貴子がアタシも自慢だった。

 今では貴子は元々アルバイトとして働いていた大好きな洋服屋さんに就職し、充実した生活を送っているようだ。

「わたしは最近順調なんだけど、ジョニーちゃんはどう?」

「仕事は少し良い。恋愛は、微妙」

 窓を全開にして足を外へ出すように二人で並んで座り、庭を見ながらアイスを頬張る。大学時代も、よくこうして色々話したっけ。

「仕事はさ、大野って嫌な奴がいるって言ったじゃん? また資料不備があったんだけど、一昨日もアタシのせいにされてさぁー。マジムカつく」

「また? ジョニーちゃん、大野って人に嫌われてるのかなぁ」

「多分ね。でも編集長にバレて直々にお灸据えとくってさ。アタシの企画も連載で通ってざまぁみろってもんだよ」

「わあ、すごい! どんな連載か楽しみにしてるね。明日発売の七月号でも気になる記事があるんだっ」

 そう。貴子は「GoingレスQ」の愛読者だった。元々レスキューマンが大好きで、今の彼もアタシの紹介で消防士と付き合っているくらいだ。

 お互い「会いたいときに会えないのは辛いよね」なんて言いながら、貴子はアタシよりも我慢強く彼を待っている。

 きっともうレスキューマンだからではなく、彼そのものが好きだからだろう。

「恋愛が微妙なのは、なんで?」

「……話せばちょっと長い」

「いいよ。星野さんが帰ってくるまで時間もまだあるでしょ?」

「うん」

 アタシは一昨日大羽達に会ったことから泥酔したこと、基くんに怒られたこと、基くんの携帯に姫ちゃんという名前が入っていたことや、さっきアルバムで顔を見たところまで話した。

 やっぱり考えると嫌な方にばかり考えてしまい、流すまいと溜め込んだ涙が目からボタッと音を立てて落ちた。

 慌てて涙を拭う。貴子の前ではカッコつけていたいのに。

 貴子はそっとアタシの髪に触れ、ヨシヨシと撫でて抱き寄せてくれる。アタシよりも小さな手と体で、優しく癒そうとしてくれた。

「ジョニーちゃん、大丈夫だよ」

「どうしてそんなことが言えるの?」

 ついネガティブになる。

「わたしは星野さんが浮気をするようには思えないよ。かといってジョニーちゃんを好きじゃないってわけでもないと思う。姫子なんて人、もう過去の人だよ。そんなに気にしなくていいんだよ。今の星野さんの恋人はジョニーちゃんなんだから」

 「だから今日はデートを思いっきり楽しんでおいで」と、とびっきりの笑顔で励まされた。

 そう。アタシは元々しつこいくらいに気にしすぎなのだ。面倒な奴だと言われたことは数知れない。

 まずは気にしないことだ。しばらくしたらきっと忘れるだろう。

 だから貴子の言う通り、久々に二人の時間が持てた今日を大切にしようと思う。くだらない心配なんかで楽しめなかったら、基くんだって可哀想だ。

 まぁ、きっとまたすぐに思い出して考え込んでしまうだろうが、それは別の日にしよう。

「今タオル冷やしてくるから、目を冷やしなさいね」

「うん」

 いつもは妹みたいな貴子がお姉さんみたいに頼れるときがある。だからかな、ここに来るととても安心できる気持ちになるのは。

 アイスの棒をゴミ箱に投げ入れると立ち上がり、ベッドに座り直した。

 タオルを汚さないため、メイク落としのコットンでメイクをさっと落とす。どうせまたメイクもするし。

 キッチンから戻ってきた貴子から濡れタオルを受け取ると、火照ったまぶたに押し当てた。ヒヤヒヤと気持ちいい。

「さーて、今日はジョニーちゃんをどうしてやろうかな!」

 隣の部屋のふすまを開けるとそこは衣装部屋で、多くの収納と服で部屋は一杯だ。それぞれ種類ごとに収納されていて、靴やバッグも形ごとに綺麗に並べられている。

 小さな部屋にこれだけの量を見栄え良く並べているのはさすがショップ店員と言うべきか。というか、よくもまぁ、ここまで集めたと思う。

 体格差があるにも関わらず、たまに服を貸してもらうときにはアタシのサイズにピッタリのものを貸してくれる。それが不思議だ。

「今日は思ったよりも暑いし、一日中晴れ。ジョニーちゃんに似合うと思って買っちゃったワンピースで決まりだね〜」

 と言うと四つあるハンガーラックからさっとアイボリーのワンピースを取り出した。あの中から一瞬で見つけられるなんて、凄すぎる。

「もしかして、いつもアタシサイズの服が出てくる理由って、それ?」

「うん。だってジョニーちゃんはモデルさんみたいに背が高いし、スマートだし。着せ替えするにはもってこいなんだよ〜」

「……まあ、良いけどね」

「いつもはスーツとかボーイッシュな格好してるから、今日は星野さんの雰囲気に合わせて森ガールみたいにしてみようね」

「森ガールねぇ……」

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