負けん気で馬鹿馬鹿しい妄想をしてしまうほど、この瞬間から基くんの過去さえ欲しくなった。
今までの経験も、こんな可愛い彼女も、アタシが基くんと青春を送っていたらなかったかもしれない。
今の基くんは過去があるからいるのだけど、それでもアタシはどうしようもない過去に嫉妬を押さえられなかった。
好きすぎて、君の全部をアタシのものにしてしまいたい。本当に愛しているのなら過去を含めて愛すべきなのだろうけど、まだアタシにはできそうになかった。
「!!」
机の上に置いていた携帯のバイブレーションが突然鳴った。固い物の上に置いたせいでうるさく響く。
素早く手を伸ばして手に取ると、ラッキーなことにこの近くに住む友達の貴子からの着信だった。涙を拭うといつも通りの調子で電話を取る。
「はーい」
『もしもーし。今日休み?』
「休みだよ。どうした?」
『ジョニーちゃんに借りてた本返そうと思って。ヒマぁ?』
「午後からデートするから、それまでなら時間あるよ」
アルバムを閉じて元の場所にしまうと、テーブルに化粧品と鏡を開いた。
まずい。目の腫れが引くどころかさらに腫れ、だんだん醜くなっていく。ネガティブは止めなくては。
『デート? よかったじゃん! 最近全然できてないって言ってたし。じゃあ、どこで待ち合わせする?』
「貴子ん家まで行っていい?」
『いいけど、ジョニーちゃん家からだと遠くない?』
「大丈夫。今基くんの官舎にいたからすぐ着くし」
『分かった。待ってるね』
「あ! でさ、服を借りてもいいですか」
『ふふ、いいですよ。素敵なの貸してあげるね』
「うん、ありがとう。じゃあ、三十分後には着くと思うから」
『はーい』
電話を切ると、溜め息が出た。泣いたり怒ったり忙しない自分に疲れてしまう。
もう一度顔を洗って簡単にメイクを済ませると、できるだけ服を整えて部屋を出た。
鍵は玄関のところにかけてあって、鍵がちゃんと閉まったか確認するとひんやりする階段を下りた。
「あっつー」
昨日とはうって変わって、夏が来たと思ってしまうくらいの日差しの強さに、アスファルトからの照り返し。
貴子の家はだいたいここからゆっくり歩いても十分程で着くし、せっかくだからコンビニで貴子が好きなソフトクリームでも買って行ってやろう。
袖を少し捲り上げて、いつものように、いかにも出来る女みたいに背筋を伸ばし、前を見据えて歩き出す。それが外でのアタシらしさだった。
こんなカッコつけたアタシも嫌いじゃないが、疲れないと言ったら嘘になる。
それでも外ではこんな風に強がっていないと、本当のアタシが傷だらけになってしまう気がしていた。
強気でいることで、昔の自分を取り戻そうとしているのだろうか。弱くなってしまったアタシは、基くんの側でしかさらけ出せなくなっていた。
アタシは基くんの過去を知らないし、基くんはアタシの過去を知らない。だからこそ弱さを見せることができた。
それは貴子も例外ではなくて、むしろ姉のように慕ってくれる貴子の前ではできるだけカッコいいアタシのままでいたかった。
端々に出てくる基くんや姫子の顔を拭いきれず、心にモヤモヤするものを感じる。
それを拭いきれないまま、それでも久しぶりに親友と会うことの嬉しさを膨らませていた。