04-官舎2

「出られるか分からないけど、いつだって電話してくれていいんだよ。それに今日だって迎えに来てくれって言われたら行ったのに」

「ごめんね。勉強の邪魔になると思って」

 会話に耐えきれなくなる前に逃げようと、トイレに立とうとした途端足に力が入らずそのまま倒れた。そしてゴッ! と鈍い音。

 もちろん基くんはすかさず支えてくれたが、二人して頭を強く打ってしまった。二日酔いの頭に響きのたうち回るくらい苦しかった。

「大丈夫? トイレ行きたいの?」

「ハァ……ハァ、ッ!」

 頭を抱えながら少し頷くが、ダメだ。動くと余計に頭が痛い。

「や、やっぱり……大丈夫」

「洗面器ここにあるから」

「あり、がとう」

 布団にへたりと横になると、基くんはアタシに布団をかけ、基くんも布団の隣に横になった。

 シンとする部屋に、隣の部屋のテレビの音が微かに聞こえる。

「ごめんね。なかなか会えなくて」

「んーん」

「久しぶりだね、二人でこうするなんて」

「うん」

 お互い囁くように声のトーンを押さえながら、アタシ達はゆっくりと話をした。

「明日、仕事は大丈夫なの?」

「明日休みなんだ。ごめん。忙しいのに、こんなことになっちゃって」

 邪魔をしたくないと考えていた自分が一番邪魔をしているのを改めて感じ、余計に頭が痛くなる。

「謝らなくてもいいのに。それに明日は俺も非番でさ、救命士の学校があるけど午前中で終わるから、ジョニーの具合が良くなったら午後から出掛けようか」

「……本当?」

「うん。行きたいところはある?」

「あ、考えておく」

 久々のデートだ。基くんは具合が良くなったらって言うけど、明日は何がなんでもデートに行きたい! だって、このチャンスを逃したら次はいつになるか分からないから。

 さっきまで落ち込んでいた自分がいたのに、アタシは本当に調子が良い奴かもしれない。

「それで、最近は何してたの?」

「仕事してた。実は、今日アタシの企画が通ったんだ」

「へぇ! すごいね。どんな企画なの?」

「最近ドラマや映画の影響で、うちの本は若い女性読者が増えてるんだ。基くんのところにも追っ掛けがいるでしょ?」

「確かに、女子高生がよく寄ってくるなぁ。トッキュー基地でも風呂覗かれたって話聞いたし」

「そっ、それは大丈夫なの? 覗いたのって女の子なんでしょ?」

「覗かれた本人は喜んでたみたいだけどねー。誰とは言わないけど。それで?」

「うん、仕事の魅力はどの雑誌でもよく特集してるし、うちでもしてきた。だから今度は働く人間の魅力を伝えたいんだ。人気がある海保か消防の丸三日密着取材を予定してるんだけど、海保から許可が出るといいなぁ」

「海保の方がいいの?」

「うん。消防に知り合いがいるから消防の方が許可を取りやすいと思うんだけど、海保の中でも潜水士は人気が高いし、何よりアタシが基くんのやってる仕事をもっと詳しく知れる良い機会だから」

「そっか。なんかちょっと嬉しいな」

「あとね、この間高校のときの同級生と会った」

「広島の?」

「うん。結婚して子供もいるって。卒業アルバムに二人で、将来の夢はお嫁さんって書き初めしてる写真があったんだけど、叶ったねって話をして」

「へー。ジョニーは高校のときお嫁さんになりたかったの?」

「ううん。アタシはその子がお嫁さんになるのを応援してた。基くんは実家から卒業アルバム持ってきたりした?」

「うん、あるよ。あとで見せてあげる。他には何してた?」

「飲み屋で大羽と会ったときに、兵悟くんとメグルくんとタカミツくんに会った」

「うん、聞いたよ」

「みんな基くんから聞いてた通りだった。その時……」

 「元カノの話を聞いたんだ」と言いかけたアタシの口は、不自然に閉じた。

 平然と冗談混じりに話題にできるほど軽いものじゃないし、何よりアタシの感情が追い付かない。

 知りたいけど、また泣き出してしまいそうな不安に言葉を飲み込むと、喉の奥が焼けるように熱くなった。

「どうしたの?」

「なんでもない」

「……。そうだ、兵悟と言えばメール送らなきゃ」

 そう言って基くんは携帯を開き、電話帳で「ひ」を表示した。

 本当に偶然。できることならアタシも見たくなかった。「兵悟」の上に「姫ちゃん」という名前。

 ドクン、と音が漏れるかと思うくらい大きな音で心臓が跳ねた。

「……」

 別れたとは言っても、電話帳から名前が消えることはないんだ。消さないんだ。

 まだ、好きなの?

 そうだよね、高校から付き合ってたんだからそう簡単に切り離したりできないんだよね。だって、基くんは優しいから。

 じゃあ何でアタシがいるんだ。消えない想いの片隅に、どうしてアタシがいれるというの。

 アタシがいるはずの恋心に、アタシの知らない人を混在させないで。こんな思いをさせるのなら、いっそアタシを捨ててほしかった。

「ど、どうしたの?」

 考えれば考えるほど涙は止まらず、基くんのことばかりが溢れる。

 好きなのに。こんなに好きなのに。付き合ってるのに。恋人同士なのに。どうしてアタシが一番になれないんだろう。

 どうかどうかアタシを溺愛して、周りに馬鹿だと言われるくらい自慢してほしい。もっと愛されたい。

 想いが止まらない。その日、アタシは基くんと会えなかった寂しさのダムが決壊したかのように涙を流し続けた。

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