ただ不安なんだ。彼らが言った肖像はアタシのものじゃなかったから。アタシの知らない存在があったから。
バツが悪そうに目を反らし立ち上がると、大羽は軽く溜め息をついた。
「星野の元カノのことじゃろ。三ヶ月くらい前に聞いた話じゃ、高校ん頃のクラスメイトでそん頃からの付き合いじゃったらしいのぉ」
三ヶ月前って、アタシと付き合うちょっと前だ。出会った飲み会で「彼女なんていないよ〜」なんて言ってたけど、別れたてだったってこと?
しかし……長いなあ。高校の頃から何年もなんて、アタシの知らない基くんだらけ。アタシは今日の予定さえも知らないのに。
出会う前の基くんがどんな風に生活をして、どんなことを考えていたかなんて知る由もない。そう考えた途端、少し基くんを遠くに感じた。
アタシにはどうやっても手に入らない、基くんの思い出があるんだ。
「ワシらが隊に配属されて二年目に入ってからそがぁな話もしとらんかったし、お前と付き合い始めたって聞いたから、いつの間にか別れとったんじゃなぁって思ったくらいじゃ」
「ふーん。大羽は会ったことあるの?」
「まあな」
「どんな子だったのか知ってる?」
「聞いてどうする。隠す話じゃないけど、お前にとってええ話じゃあない」
ムカつく。それって要は元カノよりアタシが劣るってことでしょ?
ふと頭によぎる「誰にでも自慢できる彼女」という言葉。
ああ、そうか。アタシと基くんが付き合っていることを知っていたのは、大羽ただ一人だけ。
卑屈だと言われるかもしれないが、アタシが基くんにとって「誰にでも自慢できる彼女」ではないのだろう。そして大羽もそれを知っている。
そりゃそうだよね。目付きは悪いし口も悪い。趣味は酒だけの仕事人間で、おまけに身長が高くて他人には強気で。
守りたくなるようなバイオリンのできる子なんて、きっとアタシと正反対。
「大羽のばーか」
それでもアタシは基くんの一番になりたい。自慢してもらいたい。アタシが一番好きで、アタシが基くんの一番になりたいんだ。
勝手なのかもしれないけど、愛されたかった。
「教えてよ……」
負けたくない。
「守りたくなるような、バイオリンが弾ける子じゃ。それだけで十分じゃろ」
「……そう」
アタシは一言だけ返すと、また店へ戻った。乱暴に腰掛けて残った焼酎をただただ減らす。
少ししてから気まずそうに戻って来た大羽は、顔も合わせず「ヤケになって飲み過ぎるな」とアタシの背中に声をかけて皆の元へ行った。
「……どれだけ飲もうが、アタシの勝手だっつーの」
意地悪された気分だったんだ。知りたいことも教えてもらえず、ただ説教くさい言葉だけを残した大羽に。
だから、今日も預けておくつもりだったボトルは時間に反比例して、段々とその水位を低くした。
時間が経つにつれ、イライラが膨らむ。仕事でのことも思い出してムカついてきて……アタシは堪らず席を立った。
「あれ? ここで飲んでた奴って、もう帰りました?」
「はい、一時間半くらい前に」
「えーっと……相当飲んでたと思うんじゃけど」
「そうですねぇ。この間のを飲み干して、また新しいボトル開けちゃって……あ! お客さん、波乗りさんの知り合い?」
「そうですけど」
「良ければこれ、渡してくれませんか? スケジュール帳、忘れて行っちゃったみたいで。ないとお仕事大変でしょう」
「あぁ、分かりました」
「すみません、お願いしますね」