01-居酒屋1

 同じ班の同期でアタシを敵視する男がいて、そいつが自分のミスをアタシに擦り付けてきた。

 勿論アタシが班長に怒られ、さらに誤解を解こうとしたら言い訳するなと怒鳴られた。

 クソッ。アイツ、大野はいっつもそうやって人を陥れる、アタシの天敵だ。

 六月、梅雨という煩わしい季節のせいだろうか。仕事が早く終わり嬉しいはずなのに怒りが抑えきれず、真っ直ぐ家に帰る気にもなれなかった。

 飲むにはまだ早いが開いたばかりの居酒屋に、スーツ姿のままいつものカウンター席。未だに一人でいるのが上手だ。

 基くんと付き合い始めてもうすぐ三ヶ月。彼の仕事や学校が忙しく、さらに編集者というアタシの仕事の都合上、最近ろくに会ってない。

 目標に向かって突き進んでる人を邪魔できないし、何よりもそんな彼を好きになったのだ。会えないだの連絡がないだので我が儘を言うつもりもない。

 そもそも、アタシはそんなことを言う女ではないし。

 と、一度は思ってみるが、そんなのは嘘だ。本当は凄く会いたいし触れたい。メールだけでも、一言「今日も元気だった」と電話で聞けたら良い。そんな事ばかり考えている。

 最初は基くんが「一目惚れしたんだ」と言ってくれて、次第にアタシも惹かれていって付き合うようになって。いつしかアタシは基くんにベタ惚れになった。

 一ヶ月目は無理がないように時間を合わせながら少しずつデートを重ねていたけど、二ヶ月目になってからはそれさえもできなくて。

 基くんはアタシを癒してくれる。それがなんとも心地好くて、もっともっと欲しくなる。

 次第に、会えない寂しさにのまれそうになる。溜め息をつきながらグラスへ焼酎を注ぐと、ワイワイと店へ入ってきた男達の一人と目が合った。

 あぁ、愚痴るには良い相手がいたじゃないか。こんなに近くに。偶然にも程がある。

「大羽」

「げぇっ! ジョニーじゃ」

 大羽は中学一年から高校を卒業するまでずっと一緒だった、いわば悪友だ。

 基くんと出会ったのも大羽と数年ぶりの飲み会をしていた時で、まあ、コイツには色々世話になっている。

「二ヶ月ぶりの相手に、げぇってなんだよ。飲み会?」

「あぁ、同期の奴らと飲みに。星野も誘ったんじゃけど、今日も学校らしくてのう」

 ずるい。アタシなんか何日も連絡取ってないのに。基くんの予定を知ってる大羽に、少し腹が立つ。

「……はあ」

 あーあ、やだやだ。嫉妬まみれの自分。友達にまで嫉妬してどうする。

「なんじゃ、お前はまた一人か」

「またとか言うな、バーカ。アタシは一人の方が気楽なの」

「嘘つけ」

 見透かされていることが悔しくて、グラスを握る手に力が入る。

 寂しいだなんて言えるわけがない。嘘だろうが誤魔化しだろうが、基くんを求める感情が溢れないように。

 夢の為に進んでいるときは、求められるのが邪魔になることもあるんだから。

 好きだからこそ、離れて見守らなくちゃならないことだってあるんだ。きっと。

「兵悟、メグル、タカミツ」

 大羽が呼ぶと、一緒に入ってきた人達が大羽の横に並んだ。

「どうしたの? 大羽君」

 あ、大きな目をした男の子。これが噂の“兵悟くん”だろう。基くんがよく話をしてくれたから、一目で分かる。

 あとはメッシュの“メグルくん”と、ガタイの良いおにぎり頭の“タカミツくん”。みんな基くんの話どおり、想像を裏切らない見た目だ。

「これ。ワシの中学んときからの馴染みでのぉ、今『GoingレスQ』って雑誌作っとるジョニーっちゅうんじゃ。ほれ、星野の彼女の」

「あぁ、星野君の」

 メグルくんはアタシの爪先からてっぺんをジロジロ見ると眉を寄せ、タカミツくんはちょっとガッカリしたようだけど……。一体何だ。

 反対に兵悟くんはニコニコと可愛らしい笑顔を見せてくれる。

「これが噂の“誰にでも自慢できる彼女”かー。守ってあげたくなるようなって聞いてたけど、逆に星野君が守られてそうな感じもするね!」

「バイオリンやっとるって言うより格闘技やってそうな女ばい」

「ジョニー姫子だなんて、名前負けもいいところだな」

「ああぁぁぁっとお! じゃ、ワシらつもる話もあるけぇ、またな!」

「待て大羽」

「……はい」

「どういうこと?」

「すまんのぉ、こいつら口が悪くて」

「すまんじゃなくて」

 立ち上がると大羽のシャツの襟元を掴んだ。

 アタシは身長が一七二センチあるにも係わらず高いヒールを履いている。奴を引きずるように出口へ向かうことは簡単だった。

「ごめん。悪いけど三分だけこいつ借りるね」

 問を投げ掛けたわけじゃない。だから返事を待たずに外へ出た。肌寒さと、じっとりする空気にイライラする。

 突き放すように手を離すと大羽は体制を崩し、お尻から地面に着地した。明らかに気まずそうな表情がそこにはあった。

「バイオリンって何?」

「そんなこと誰か言うたかのぉ」

「守りたくなるような、誰にでも自慢できる彼女って、誰?」

「お前のことじゃろ?」

「アタシの名前を言ってみろ」

「お前はジャギ様か」

「アタシの名前を言ってみろ」

「……ジョニー」

「もう一回」

「波乗りジョニー」

「そう、ジョニーって名字じゃない。姫子って誰!? 名前負けとか言われてもアタシの名前じゃないし!」

 別に浮気とか、そんなことは気にしてない。基くんはそんなことする人じゃない。

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