もしもトッキューが新撰組だったら8

近藤「江戸にいる父や、母や……俺ができなかった孝行を、みつさんはしてくれている。父から文が届くと、いつもみつさんの名前が書いてある」

 みつさんは驚いたような顔をしたあと、そっと受け取って、近藤さんに似た目を伏せた。

みつ「簪……。ありがとう、近藤君。もらっておくわ。……でも」

 次に目を開けたときには、最初のキリッとした目に戻っていて……

みつ「随分派手ね。私は遊女ではないのだけど」

 と、冷静に言った。

 沖田さんや原田さん、島田さんや井上さんが「はっは」と笑うと、近藤さんは更に顔を赤くして空になった手を引っ込めたのだった。

近藤「……すまない」

みつ「いいえ、ありがとう。こんなに良い簪、さぞかし値も張ったでしょう?」

 申し訳なさそうな彼に、それでもみつさんは意地悪した後の子供みたいに笑った。

原田「総司の姉ちゃんって、あんな風に笑う人だったっけ?」

沖田「きっとお義兄さんとの暮らしが幸せなんだよ!」

山崎「近藤さんも、お二人のことは気にしていたからな」

 ワイワイと周囲が盛り上がる中、私は立ち尽くしていた。蚊帳の外だ。今日初めて会ったばかりの人の中で当然なのだが、居心地は良くない。

 山南さんが「積もる話もあるでしょう」と、みつさんを部屋へ案内しようとしたので、私は風呂敷を懐へしまうと廊下へ一歩踏み出した。

 振り返り挨拶をしようと口を開ければ、言葉を発する前にみつさんと目が合った。

 美人に見つめられ照れと緊張でどうして良いか分からず、下手な笑顔を作ってみる。

みつ「……ずっと気になっていたのだけど、新撰組に女の子はいたかしら?」

山南「こちらは呉服屋の娘さんです。今日は品を届けに」

ジョニー「白牡丹の波乗りジョニーと申します!」

 山南さんに紹介され、慌てて頭を下げる。

みつ「そうだったの」

ジョニー「それでは私、そろそろ失礼します!」

近藤「ああ。また使わせてもらう」

ジョニー「ありがとうございます」

 皆さんに会釈をして先程藤堂さんと歩いてきた廊下を歩き出そうとすると、みつさんも一緒になって隣を歩き出した。

ジョニー「え?」

 奥で話の続きをするんじゃなかったのかしら。

 見上げると、彼女は笑っていた。

みつ「時間があったから総司が元気か見に来ただけだし、私も今日は帰るわ」

 みつさんの言葉に、皆が戸惑っているようだ。「え?」とか「あの」とか、先のない言葉を繰り返している。

 それでもみつは「また来るわね」と挨拶をして、そっと私の背を押して歩を促した。

 私はただ素直に、留まる理由もないので歩を進めはじめる。

沖田「えっと……それでは姉上、送っていきます!」

みつ「平気よ。しばらく京に滞在するから、宿へは明日来てちょうだい」

 沖田さんの戸惑いながらの提案も空しく、みつさんは綺麗に笑って私へ声をかけてくれた。

みつ「途中まで、一緒に行きましょう?」

 格好良い素敵な美人で、みつさんと会うのは偶然の機会だったので、私は勢い良く首を縦に振った。

 入口まで皆さんに見送られ、私達は新撰組の頓所を後にした。

 通りへ出てすぐ、あることに気付く。

「そういえば私は帰り道がこっちなんですが、えーと……沖田さんの、お姉さん……」

 本当なら「みつさんは?」と言いたかったが誰かにみつさんを紹介してもらったわけじゃないし、皆さんがみつさんと呼んでいたから私も同じように呼ぶっていうのも馴れ馴れしい気がするし……。

 変なところで切れた言葉を、語尾を濁すことでうやむやにした。

 でもみつさんは意味を理解してくれたのだろう。「おみつでいいわ」と言って、白牡丹の方へと歩き出した。

みつ「私がお世話になる宿が白牡丹の近くなの。緑風庵って、知ってるでしょ?」

ジョニー「うちの二軒隣のところですね。先程しばらく滞在するとおっしゃっていましたけど、どれくらい京に?」

みつ「五日ほどね。用事が早く済めばすぐ帰るけど、そうもいかないでしょうし」

ジョニー「それじゃあ、何かあればすぐそこなので、いつでも声をかけてください」

みつ「ありがとう」

 次第に日が暮れそうになり、少しずつ町が騒ぎはじめた。子供達は駆け回り、夕飯の匂いも漂ってきて夕飯を想像してしまう。

 それを懐かしむような眼差しで見るおみつさんに、私は見とれそうになった。

ジョニー「えっと、おみつさんは……結婚、されてるんですよね?」

みつ「ええ。総司はいつか近藤君と行ってしまうと思っていたし、沖田家を継ぐためにお婿さんをもらったわ」

ジョニー「そうなんですか」

 きっとおみつさんと近藤さんは、というか近藤さんは、ずっとおみつさんのことが好きだったんだろう。きっと今でも同じで。

 二人が一緒になれなかったのには色々な理由があるのだろうけど、あんな風に不器用だけど一生懸命愛してくれるような近藤さんの想いが、おみつさんに届けば良いのにと思ってしまう。

みつ「ジョニーさん」

ジョニー「はい」

みつ「私には夫がいるから、近藤君にもらったこの簪を挿すことはないわ」

 立ち止まるおみつさんは、背筋をしゃんと伸ばし目を伏せて静かに言う。

みつ「ごめんなさいね。せっかくこんなに良い簪を見繕ってもらったのに」

ジョニー「いいえ……」

 事情の知らない私がおみつさんに伝えられる言葉はなくて、呉服屋としても私個人としても本心は違うのだけど、そう言うしかなかった。

 思考の中で、私はただ単に近藤さんの味方になりたいんだと感じる。

 だって、私もあんな風に愛されてみたい。不器用だけど一生懸命な近藤さんが、素敵に思えたんだ。

みつ「でも、大切に取っておくから」

ジョニー「……はい!」

 少しでも、近藤さんの想いが報われれば良いと思った。きっと私や新撰組の人達の分からないところで、二人には二人の想いがあって、それで良いようになっているんだ。

 私はおみつさんを宿の前まで送ると手を振って別れ、家へと帰った。

ジョニー「ただいまー。あれ? 兄様、帰ってたの?」

基「お帰り、ジョニー。俺もつい先刻帰ってきたんだ。どうだった? 新撰組は」

ジョニー「思ったより、良い人達みたい!」

基「そうか、それは良かった」

 噂で想像していた新撰組と全く違う。賑やかで優しくて、子供みたいなところもあって。

 兄様も他のお得意様のところから帰ってきたし、二度と新撰組の頓所へと行くことはないのかもしれないけど……。

 また会うことがあれば、ぜひ皆さんと仲良くなりたいなぁと思った、今日この頃。



もしもトッキューが
新撰組だったら、結構平和そう。


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