山南さんが二人の前へ出た。なんだなんだと新撰組の人達も静かになる。
私も真剣な山南さんの雰囲気に、ゴクリと喉を鳴らして彼の言葉を待った。
山南「私、四人で着物や袴は十二枚までと言いましたよね」
土方「あ、あぁ。せやったな」
山南「私が見たところ、全部で十四枚はあるようですが。誰です? 二枚多く注文したのは。無駄遣いはしないでください」
近藤さんは一瞬ハッとした表情を見せると、少ししょんぼりして肩を落とした。
近藤「……すまない。しかし簪はちゃんと俺の金子から」
山南「当然です」
ジョニー「……」
大人の男性にこんな言葉は無礼かもしれないが、可愛いと思ってしまった。
誰よりも恐くて強いのだと思っていた新撰組局長が、無駄使いを注意されしょんぼりしている。まさかこんなことって、あるんだ。
山南さんのお小言は続いた。
山南「土方副長がついていながら……」
土方「すまん。まさか局長が沖田と斎藤の分を、一枚多く注文してたなんて……。俺かてさっき聞いたばっかなんやで?」
山南「やはり私も行くべきでしたね」
ふう、と少し頭を抱えるようにため息をついた山南さんを見ると、新撰組の台所は余裕があるわけじゃなさそうだ。
注文を頂いたのはこちらだが、台所事情を耳にしてしまうとなんだか申し訳ない気持ちになってしまった。
でも新撰組って将軍様のお預かり組織だったはず。それでも軍資金やお給金は多くないのかしら?
伺うような表情が顔に出ていたのだろうか。山崎さんは伺うような私に目配せをして咳ばらいをすると、気付いた私は恥ずかしくなって目を伏せた。
そして山崎さんは、誰もが感じていた疑問を聞いてくれた。
山崎「局長。なぜ簪を?」
近藤「それは……」
答えを知りたくて全員で身を乗り出したところ。「御免下さい」と、庭の方から声がした。
「良いところで」。誰もが同じことを思ったのだろう。誰かが小さく息を漏らした。
斎藤さんや永倉さんに視線を浴びせられ、しょうがなくといった感じで藤堂さんが表へ出ていく。
なんとなく場は白けたという雰囲気で、近藤さんに詰め寄っていたような形から、それぞれが道場に散らばりはじめた。
でも私はその時気付いてしまったのだ。近藤さんが手に乗った簪を眺め、受け取る人の笑顔を想像してか、口角を上げて微笑んでいたことを。
大事な人への贈り物だったのだろうか。そのとき、簪の注文が間違いでなくて良かったと思う。
藤堂「局長、副長、沖田さん! 江戸からのお客さんですよ!」
喜びを含んだ大きな声が満面の笑顔を携え、廊下を駆ける大きな足音と共に飛び込んできた。
沖田「江戸から?」
土方「誰や」
近藤「俺達にか?」
全員の頭上に疑問符を出しながら、それでも「江戸から」という言葉に三人は嬉しそうだ。
藤堂さんに促され道場へ現れたその人は、凛とした綺麗で素敵な女性だった。
みつ「総司、いる?」
┏ 沖田総司の姉 ┓
┗沖田みつ(五十嵐恵子)┛
沖田「姉上!」
沖田さんのお姉様! こんな綺麗な方だなんて、同性ながら見とれてしまう。
沖田さんは驚きながら相当嬉しかったようだ。皆さんも同じなのだろう、歓迎して沖田さんのお姉さんにワッと駆け寄った。
私も周りにつられ、畳んだ風呂敷を手にしたまま立ち上がる。
みつ「皆、元気にしていたようね」
沖田「いつ京へ?」
みつ「つい先刻。ちょっと本家の用でね」
永倉「道中大変だったでしょう」
みつ「そうでもないわ。本家が駕籠を用意してくれたから」
井上「旦那さんは元気かい?」
みつ「ええ、お蔭様で。いつも通り、試衛館へ行っては周助先生と仲良くやっています」
斎藤「み、みつさん! お久しぶりです。お元気そうで!」
みつ「斎藤さんも。お元気そうで何よりです」
あの斎藤さんまでもが笑顔……。その喜びは隠せないくらい大きなものなのだろう。
土方「みつさん! 遠い所わざわざありがとうございます! 文を下さればこちらも迎えを出したんですが……」
みつ「急な用だったから。それにあなた達も、昔と違って忙しい身でしょう」
土方「そんな! お気を使っていただいてありがとうございます!」
とても腰を低くして何度も頭を下げる土方さんを見ると、やっぱり本当に「鬼の副長」と呼ばれる方なんだろうかと不思議に思ってしまう。
近藤「みつさん」
近藤さんが彼女の名を呼ぶ。声の方へ振り返ると、懐かしそうな笑顔で近藤さんは笑っていた。
彼女のキリッとした表情も和らいだように見える。
みつ「お久しぶり、近藤君。随分新撰組も大きくなったわね」
近藤「ああ。沖田も、新撰組の為によく働いてくれている。父は元気だろうか」
みつ「ええ、未だにうちの人も鍛えられているわ」
ジョニー「……」
他の人は気付いただろうか。彼女が旦那さんの話をするたびに、近藤さんが切ない目をしていたこと。
きっと近藤さんの大切な人っていうのは、沖田さんのお姉さんなんだ。でも彼女は別に旦那さんがいるみたい。
なんて、切ないんだろう。
近藤さんは一度ギュッと目を閉じ、一息ついたあと何の前触れもなく手を差し出した。
近藤「みつさん……これを」
なんて分かりやすい人なのだろう。微かに顔を赤くして、箱から出した簪を手の乗せ突き出している。
きっと、この瞬間を思って父に「良い簪を」を言ったのだろう。「いつも世話になっている礼だ」と言いながら、不器用に言葉を繋いだ。