もしもトッキューが新撰組だったら4

島田「じゃあ永倉って可能性もあるんじゃねーか? お前も永倉も、よく一緒に行くだろ?」

 うーん……。原田さんって良い人なんだろうけど、少し愛想が良すぎるみたいだ。きっと、吉原でも仲の良い女性がたくさんいるんだろう。

 永倉さんは真面目そうな方だけど……やっぱり男の人だものね。吉原にくらい行くだろう。

井上「確認した方が早いな。島田、ちょっと二人を呼んで来てくれ」

島田「分かりました」

藤堂「あ! しまった、斎藤さんの着物も新調したんだっけ。俺、探して呼んできます」

井上「ああ」

 島田さんと藤堂さんが道場から出ると、井上さんは手招きをして私を呼んだ。

井上「そんな所に立たせて悪いね。まあ、座る所もこんな所だが、良ければ座って待っていてくれないか」

 ニコリと微笑む井上さんは、なんとなく父に似た優しい顔だった。

 遠慮なく道場の隅に座らせてもらい、井上さんと向き合う形になる。井上さんは簪を手に取り、マジマジとそれを見つめた。

井上「随分良い物だが……ちと派手だな。遊女が身に付ける物か?」

ジョニー「詳しいことは私にも……。ですが父が言うには、良い簪を頼むと言われたそうです」

井上「誰にだ?」

ジョニー「私はその場に居合わせていませんので、分かりません。すみません」

井上「いやいや、いいんだよ。誰の物かなんてすぐに分かることなんだ。すまないね」

 井上さんが申し訳なさそうに眉を下げると、一瞬の静けさが訪れた道場に、大きな素振りの音が響いた。

 振り向くと、その背中は一心不乱に剣を振っている。背には汗をかき、何時間もそうしていたことを物語っていた。

ジョニー「……随分と熱心ですね」

井上「総司はな、一生懸命なんだ。局長に一目置かれて、重要な仕事を何度もこなしてきた。だけど同じ様に斎藤も重要な仕事を任されている」

 一瞬だけ、ぞくりとする。新撰組で“重要な仕事”というのは、人を斬ることだと思う。要するに、この人は何人もの人を斬ってきたということ。斎藤さんも同じく。

 その背中は、もう少し幼い。恐くなんかない。けれど、振ってきた剣は恐ろしさを感じずにはいられなかった。

井上「気に入らないわけじゃないんだ、二人共。表には出さないがお互いを認めているからこそ、負けたくないんだろう」

 鮮やかに振り抜くその剣は、何を思って振り下ろされるんだろう。

 それがただ純粋に町を守ってくれるというのならいいけど、彼らは戦っている。町の為なのか殿様の為なのか、新撰組の為なのか個人の為なのかは分からないけど。

 人斬り集団。その言葉が、頭の中を駆け巡る。それでも私の目で見た彼らは、そんなことを感じさせないくらい優しく気遣ってくれる。

 曖昧な印象を持ちながら背中をずっと見つめていると、賑やかな足音が廊下に響いた。

原田「簪ぃ? 頼んだ覚えはないんだけど」

藤堂「え? てっきり俺、原田さんが吉原の遊女さんに贈り物をするのかと……」

原田「俺そこまでマメじゃないんだよねー」

 ガヤガヤとやって来たのは島田さんを筆頭に原田さん、永倉さん、斎藤さんと藤堂さんだ。相変わらず斎藤さんは不機嫌な顔のまま。

 藤堂さんまでが道場に入ると、井上さんはさっきの私と同じ様に皆に簪を見せた。

井上「これ、お前のじゃないのか、原田」

 一斉にそれを覗き込むと、皆が首を傾げたようだった。

原田「えー? 違いますよぉ。さっきも言ったけど俺そんなマメじゃないし、最近吉原にも行ってないし。永倉は違うの?」

永倉「頼んでないですよ。ワシは原田さんと違って、簪を贈るような娘の知り合いもおらんですし」

原田「嘘つけ」

永倉「なんで嘘つかんといけんのですか……。一は違うんか」

斎藤「オイやったら店になんか頼まんで自分で探しに行くばい。こんな派手なもんオイの好みやなか」

井上「そうか。もしかしたら間違いかもしれんな。白牡丹へ一緒に行ったのは局長と土方だったか」

島田「はい」

井上「二人に確認してみよう」

 疑問が解決しないまま、ふうと一息ついて井上さんは簪の箱を閉じた。

 私はそれを受け取りながら、「もしかしたら間違いかもしれない」という井上さんの言葉にドキッとしていた。

 まぁ、もし本当に間違えていたとしても、品を多く持ってきてしまっただけなので持って帰れば済む話。粗相にはならないと思うけれど……。

 お得意様である新撰組の信用を「注文もまともに受けられないのか」と落としてしまっては、これから注文が入ってこないかもしれない。

 心の中で何度も父を呼びながら、どうか間違いでないことを願った。

 簪を中へしまおうと風呂敷を広げると、中には男性用の着物や羽織や袴などが十四枚。

 彩りのあるそれらを目にして、井上さんが何か気付いたように声を上げた。

井上「そういや、一と総司の新しい着物と袴も頼んでいたんだったな。ちょうど良い。後で私から土方には言っておくから、先に二人に見てもらおう」

ジョニー「はい」

 閉じかけた風呂敷をまた広げ、持ってきたそれらを手に取りやすいよう階段状に並べた。

 島田さんが、奥で素振りをしていた人を「おーい、総司ー」と大きな声で呼ぶ。

原田「総司のやつ、まーだやってんのか。毎日毎日、何時間素振りしてんの?」

 原田さんが「俺は真似できない」と呆れるように言う。

永倉「精が出るのう」

斎藤「総司君は近藤さんに気に入られようと必死やね〜」

 腕を組んで壁にもたれ、小馬鹿にするような調子と目付きで彼を見る斎藤さんは、私には嫉妬しているようにも見えた。

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