島田「じゃあ永倉って可能性もあるんじゃねーか? お前も永倉も、よく一緒に行くだろ?」
うーん……。原田さんって良い人なんだろうけど、少し愛想が良すぎるみたいだ。きっと、吉原でも仲の良い女性がたくさんいるんだろう。
永倉さんは真面目そうな方だけど……やっぱり男の人だものね。吉原にくらい行くだろう。
井上「確認した方が早いな。島田、ちょっと二人を呼んで来てくれ」
島田「分かりました」
藤堂「あ! しまった、斎藤さんの着物も新調したんだっけ。俺、探して呼んできます」
井上「ああ」
島田さんと藤堂さんが道場から出ると、井上さんは手招きをして私を呼んだ。
井上「そんな所に立たせて悪いね。まあ、座る所もこんな所だが、良ければ座って待っていてくれないか」
ニコリと微笑む井上さんは、なんとなく父に似た優しい顔だった。
遠慮なく道場の隅に座らせてもらい、井上さんと向き合う形になる。井上さんは簪を手に取り、マジマジとそれを見つめた。
井上「随分良い物だが……ちと派手だな。遊女が身に付ける物か?」
ジョニー「詳しいことは私にも……。ですが父が言うには、良い簪を頼むと言われたそうです」
井上「誰にだ?」
ジョニー「私はその場に居合わせていませんので、分かりません。すみません」
井上「いやいや、いいんだよ。誰の物かなんてすぐに分かることなんだ。すまないね」
井上さんが申し訳なさそうに眉を下げると、一瞬の静けさが訪れた道場に、大きな素振りの音が響いた。
振り向くと、その背中は一心不乱に剣を振っている。背には汗をかき、何時間もそうしていたことを物語っていた。
ジョニー「……随分と熱心ですね」
井上「総司はな、一生懸命なんだ。局長に一目置かれて、重要な仕事を何度もこなしてきた。だけど同じ様に斎藤も重要な仕事を任されている」
一瞬だけ、ぞくりとする。新撰組で“重要な仕事”というのは、人を斬ることだと思う。要するに、この人は何人もの人を斬ってきたということ。斎藤さんも同じく。
その背中は、もう少し幼い。恐くなんかない。けれど、振ってきた剣は恐ろしさを感じずにはいられなかった。
井上「気に入らないわけじゃないんだ、二人共。表には出さないがお互いを認めているからこそ、負けたくないんだろう」
鮮やかに振り抜くその剣は、何を思って振り下ろされるんだろう。
それがただ純粋に町を守ってくれるというのならいいけど、彼らは戦っている。町の為なのか殿様の為なのか、新撰組の為なのか個人の為なのかは分からないけど。
人斬り集団。その言葉が、頭の中を駆け巡る。それでも私の目で見た彼らは、そんなことを感じさせないくらい優しく気遣ってくれる。
曖昧な印象を持ちながら背中をずっと見つめていると、賑やかな足音が廊下に響いた。
原田「簪ぃ? 頼んだ覚えはないんだけど」
藤堂「え? てっきり俺、原田さんが吉原の遊女さんに贈り物をするのかと……」
原田「俺そこまでマメじゃないんだよねー」
ガヤガヤとやって来たのは島田さんを筆頭に原田さん、永倉さん、斎藤さんと藤堂さんだ。相変わらず斎藤さんは不機嫌な顔のまま。
藤堂さんまでが道場に入ると、井上さんはさっきの私と同じ様に皆に簪を見せた。
井上「これ、お前のじゃないのか、原田」
一斉にそれを覗き込むと、皆が首を傾げたようだった。
原田「えー? 違いますよぉ。さっきも言ったけど俺そんなマメじゃないし、最近吉原にも行ってないし。永倉は違うの?」
永倉「頼んでないですよ。ワシは原田さんと違って、簪を贈るような娘の知り合いもおらんですし」
原田「嘘つけ」
永倉「なんで嘘つかんといけんのですか……。一は違うんか」
斎藤「オイやったら店になんか頼まんで自分で探しに行くばい。こんな派手なもんオイの好みやなか」
井上「そうか。もしかしたら間違いかもしれんな。白牡丹へ一緒に行ったのは局長と土方だったか」
島田「はい」
井上「二人に確認してみよう」
疑問が解決しないまま、ふうと一息ついて井上さんは簪の箱を閉じた。
私はそれを受け取りながら、「もしかしたら間違いかもしれない」という井上さんの言葉にドキッとしていた。
まぁ、もし本当に間違えていたとしても、品を多く持ってきてしまっただけなので持って帰れば済む話。粗相にはならないと思うけれど……。
お得意様である新撰組の信用を「注文もまともに受けられないのか」と落としてしまっては、これから注文が入ってこないかもしれない。
心の中で何度も父を呼びながら、どうか間違いでないことを願った。
簪を中へしまおうと風呂敷を広げると、中には男性用の着物や羽織や袴などが十四枚。
彩りのあるそれらを目にして、井上さんが何か気付いたように声を上げた。
井上「そういや、一と総司の新しい着物と袴も頼んでいたんだったな。ちょうど良い。後で私から土方には言っておくから、先に二人に見てもらおう」
ジョニー「はい」
閉じかけた風呂敷をまた広げ、持ってきたそれらを手に取りやすいよう階段状に並べた。
島田さんが、奥で素振りをしていた人を「おーい、総司ー」と大きな声で呼ぶ。
原田「総司のやつ、まーだやってんのか。毎日毎日、何時間素振りしてんの?」
原田さんが「俺は真似できない」と呆れるように言う。
永倉「精が出るのう」
斎藤「総司君は近藤さんに気に入られようと必死やね〜」
腕を組んで壁にもたれ、小馬鹿にするような調子と目付きで彼を見る斎藤さんは、私には嫉妬しているようにも見えた。