2 サディストの攻防

先日仕上げたテーラーの写真を見ながら私は考えていた。先週から考え続けてもなかなか先に進まないメローネさんのベスト。生地は前身ごろも後も決まった。裏地にするつもりの深紅の生地もきまった。チャコで線をひきながら、ううん、と唸った。

「メローネさんの瞳に合わせてグリーンっていうのもいいと思うの。きっとあの人なら似合うはずなのよ」

カタログを見ながら、ううん、とまた唸った。でもでも、やっぱり赤がいい気もするのよ。だってあの人はきっと日常生活に血溜まりをつくると思うの。もしかしたら過去から作り続けているかもしれないわ。そうやって、誰かの、自分の血を踏みつけながら今日もパンをかじっているのよね。パーティって言っても豪華絢爛な宴じゃなくって死者を弔う静かな晩餐。静かな部屋で誰も招く事もなくシャンパンをあけて、そして嘆くのよ!女性の死にゆく顔のあどけなさや怒りや困惑を思い出してね!


シュンシュンシュン!とケトルが湯気を吐き出したから私は現実に戻る事が出来た。ああいけない。外をみると雪が降り出しそうな重たい雲のなか人が数人忙しく歩いていった。


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「…っ!」

今日は調子が悪い。朝からあんまりに狂った妄想をしたせいかしら、またミシンで自分の指を縫ってしまった。今日は2回め。あぁ痛い。早く糸を抜かなければ。目打ちを探し出してプッツリプッツリと糸をきる。赤い血が滲んできた。ああ痛い。
せっかくの結婚式のパーティドレスを血で汚すわけにいかない。私は指をくわえて落ち着くまでストーブの前に椅子を移動させた。

あぁ今日もメローネさんは遅くに来るのだろう。だったら今日も私の世界に引きずりこんであげよう。お墓の中から起き上がったお嫁さんの溶けた肉を隠すために仕上げたワンピース。ワイシャツの襟の裏にクスリをいれるためのポケットを造らせた若手社長はその後アジアにいったきり。


やっぱり今日は調子が悪い。どれも歯切れの悪いお話が頭の中から離れない。紅茶をいれてのんでみた。早くお話がしたい。メローネさんはやってこないかしら。

そう思って外を見た。ひらりと何かが動いた気がした。ほんのちょっとの間がしてから

「チャオ」

メローネさんが静かに笑いながらドアを開けていた。

「あぁメローネさん!メローネさん!まるで運命だわ!」

私は立ち上がってメローネさんの元に走り寄る。しっとりと濡れているのがわかった「…雨が降り出したのね」。

「もうみぞれのようだったから、いずれ雪になるようだよ」
「まぁ恐ろしい」
「出来はどうだい」
「どうぞこちらへ」

私は少し気取りながらメローネさんを作業台へ案内した。切り分けられたパーツをみてメローネさんはヒュウと唇を鳴らした。

「まだ迷っているのよ。裏地は赤がいいかしら?それともグリーンがいいかしら」

両方を見せたらメローネさんは目を細めて「なぜその2色に?」、少し低い声で言う。

「メローネさんの瞳がグリーンだから、目がみえなくなっちゃっても自分の服が同じ色ならきっと落ち着くでしょう?それにね、この生地まるで産着のようにサラサラしててとても気持ちがいいの。官能的にさえ感じるわ」
「それはそそるな」
「でもね、赤だって捨てがたいのよ。まるで血の色みたいじゃない?メローネさんは血の色お嫌い?」

くすりとわらった。そして私を見た。「今日はまるで末期のようだな。いったいどうしたんだい?」

「どうもしないわ!私はメローネさんが来るまでずっとメローネさんを考えてメローネさんを待っていただけよ?」
「さながら世間知らずのマゾヒストだ」
「それでもいいの。ねぇどっちの色がいい?」

「ミサに任せると言ったろう?さぁもう決まっていたんだろ、言ってみろ」
「赤よ」
「よろしい」


ふふふと笑って指をメローネさんの前に突き出して見せてみた「今日はメローネさんの事を考え過ぎて自分の指を2回縫ったわ!」。
「ありがたいなぁ」
「危うくパーティのドレスを私の血で汚しかけたわ」
「いっそ汚しちまえばよかった」

今からでもそうするか?メローネさんが勝手にわいたケトルから紅茶をいれてカップに口をつけた。そして勝手に菓子を食べて、「今日のお話はあるかい?」。

「…」
私は急に不快になった。あんなに待ち望んだ人がやってきて、目の前にいるのに。すごく面白くない。メローネさんの細面に深く皺が寄るような、いたたまれないほどの不快なお話がしたい。そう思ってしまった。

「どうした?ないのか?」
無いなら帰るぜ?なんて言いながら、もう一つ菓子を口にした。


「…ベストのパーツをきりながら」
「オレの話か?」
「そうよ。メローネさんのお話よ。メローネさんは来月末のパーティにあの服を着ると言ったけれど、本当はパーティなんかじゃないのよね?静かな晩餐に死者を招くのよね」

カチャンとカップを置いた音が響いた。

「メローネさんは血溜まりの中にいるのよね。だからパーティなんて嘘をつくのよ。愛した女性や通りすがっただけの女性なんかをナイフで刺して」
「とんだ切り裂きジャックだな」
「そして憐れむの。ずっと憐れむの。だからたまに宴をひらいて自分を慰めるてるのよね」

憐れなのはメローネさんね!私は薄く笑ってしまった。私の話で不快になるメローネさんがみたいわ。けれどメローネさんは笑っていた。不快な気配もみせないで、入ってきた時のようなニヤニヤとした顔のまま、近くにあったメジャーを手にした。

「バレてしまったか」
「はじめからわかっていたわ」
「ならば仕方ない。ミサも殺してしまうしかない。あぁなんて可哀想なんだ!せめて安らかに!」

メジャーを私の首に2度3度巻きつけて、締め上げた。そんなこと言うわりにメローネさん口元は笑っているわよ。だんだんと脳が白けてきて、でも至近距離でメローネさんをみていたらフッと息をはいたのがわかった。



「…なんてね」

メジャーを緩めてしまった。新しい酸素に私は頭が冷たくなったのがわかった。

「…メローネさんになら、私殺されてもよかったわ」
「安いセリフだ」

またフッと笑った。本気なのにな。思ったけれど言えなかった。

「裏地は赤にしてくれ」
「かしこまりました」
「また来週くるよ」
「お待ちしてます」

頭を下げてカランカランとなるベルをさげたドアをみた。あぁまた世界が閉ざされた。私は閉じ込められたいのかしら閉じ込めたいのかしら。
ハァと息をはいて、私は自分の紅茶を入れた。



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