1.ファニストの談笑

ガタガタと大きな音を立てる古いソレはお祖父さんの代から受け継がれた音はうるさいけれどやたらパワーがある手動ミシンで、メンテナンスも2ヶ月に1度いれるから壊れたこともない。私の世界はそのミシンにこれまた古いスチームアイロンに作業台、ロックミシンにケトルが置かれたストーブがある作業室から成り立っている。ちっとも広くはないのに、ゴチャゴチャとおかれた糸や目打ちのハサミの類が積み上げられてしまって私が愛用する道具以外は一体何があるのかもわからない。けれど街のひとから信頼の厚かったお祖父さんから引き継いだこの店はなるべくそのままにしようと思っていたから、あまり手をつけていなかった。唯一変えたのはドアに取り付けたカランカランと軽くなるベルだけで、常連さんたちからは「軽くてじいさんならすぐ外せと言うだろうな」と笑われた。私は気に入っているのにな、ガタガタとなるミシンの世界が現実と繋がる音なのに。だから常連客たちからの非難をものともせずに私はそのベルを取り付けたままにしていた。


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その日は頼まれていたジャケットを仕上げて納品した。結婚式に着るというソレは末娘がついに嫁ぐために、もう2度ヴァージンロードを歩いた父親から最後にとリメイクを頼まれたもので、仕上げるまでに2ヶ月かかったけれど裏地に刺繍を加えたりととにかく丁寧に仕事をさせてもらった。納品の際に末娘と一緒に来店され腕を通してもらって調整したら、二人は大変喜んでくれた。

さて今日は気分がいい。まだ早いけれど、店を閉めてトラットリアにでもいこうかしら。そうミシンから顔をあげた時、窓の外で誰かが手を振った。暗くなっていたけれどすぐにわかった。ちょっとだけ間を置いて、カランカランと軽い音を立ててドアがあいた。

「チャオ!まだ大丈夫かい?」
「いらっしゃいメローネさん、今日はどんなご用かしら」

アシンメトリーなハニーブロンドが軽く揺れて、彼は入ってきた。いつも決まって入る前に窓から覗くメローネさんは今日も変わらずに素敵な衣装ですこと!細面な彼は顔に似合わず筋肉質な体つきで何を着せてもよく似合う。

「今日は頼みに来たんだ。パーティが来月の下旬に有るんだけれど、この前作ってもらったテーラーを着ようと思うから合わせてベストが欲しいんだ」
「ベストね!今カタログもってくるわ」
「ありがとう、待たせてもらうよ」

作業台の椅子を勝手にひいて腰を下ろして足を組んだ。部屋の奥からカタログを出してメローネさんの前におく。パラリと捲りだしたのを見てケトルの沸いたお湯で紅茶を入れた。茶葉は安いし砂糖だってないけれどメローネさんはいつも何も言わずに飲んでくれている。

「どうぞ」
「ありがと、早速だけれど、これがいいな」
「あのジャケットなら私はこっちのもお勧めしますけど」

ジャケットを着たら背中なんて見えないだろうけど、私は後ろ姿は断然こっちのが好きよ、と付け加えた。

「いいね、迷うな」
「存分に迷ってくださいな、生地も選んでね」

黒にグレーにシルバーにチャコールにレッド。私は奥からさらに布のカタログを開いてみせた。メローネさんは楽しそうに口元をあげながらそれを捲っていた。

「いや、やっぱりコレにしよう!」

メローネさんの指がカタログの1ページで止まって私をみる。

「来月取りに来るから頼む。生地はキミのセンスに任せるけどグレーにしてくれ」

いつもの頼み方でメローネさんは私をみた。この人は色だけ指定して後は任せるばかり。

「裏地の色は?ボタンはどうする?」
「だからミサに任せるよ」

そう言って紅茶を飲み干しニコリと笑った。不思議な人。

「仕事の話はこれ位にして、何かいい話はないかい?あ、以前トルソーにあったテーラーの主は?取りに来た?」
「今日来たわ、末の娘さんの結婚式で着てくれるのよ!嬉しい限りだわ、私の服が晴れの席で着られるなんて!」
メローネさんの開いたカップにまた安い紅茶を注いで、「それにね、式のドレスは出来ないけれど、披露宴のパーティで着るドレスは作らせてもらったの。これはまだ渡していないから、見る?」
「見せてもらおう」

店の奥、カーテンで仕切られた向こうにメローネさんを招いてまだ仮縫いのソレを見せてあげた。

「あしらったレースはね、そこの家のおばあさんが毎日レース編みをしてたから、どうにか使えないかって言われてね」
「オレはシンプルな方が好きだから、レースは要らないと思うな」
「でもこういう依頼があるから私に仕事があるのよ?素敵でしょう!」
「あぁ素敵だ!ベリッシモいい仕事だと思うよ」


私を見てまたニコリと笑った。細面の顔は繊細で美しいな、と思う。


「今日取りに来た時はまだ見せなかったの、お楽しみにって!だからまだメローネさんにしか見せてないのよ」
「そりゃありがたいな。おもしろい。着てみたいな」
「ダメよ!女性のものなのに!」

笑って止めたらメローネさんもやっぱり笑って「残念だなぁ」とつぶやいた。けれど、すぐに表情を変えて

「そうそう、これを作りながらミサは一体どんな想像をした?」

紅茶を飲みながら、グリーンの瞳をこちらに向ける。

「今回は長いわよ?」
「構わないさ!教えておくれ」

私は自分がつまんでいたお菓子をメローネさんの前に出して笑った。私には癖がある。服を作る時着る人を想像するのは毎度だし、誰にでもあるだろうけど、私はそれが非常にひどい。

「これを着る時末娘は父親に向かっていうのよ、今までありがとうって。けれど父親はそれを受け入れられないの。受け入れられないままに式を終えて、娘が出た部屋を静かに見るの」
「よくある話だな」
「そうよ。けれど上の二人の娘と違うのは老いた父親が最後まで可愛がった末っ子であるところなの。父親は寂しくて寂しくて毎晩泣くのよ」
「感動だ」
「だからみるみるうちに老け込んで痩せてしまうの。眼かも窪んでまるで骸骨のようにね!」
「心配した母親はソレを見かねて娘に戻れというけれど?」
「幸せいっぱいの娘は一向に戻ってこないわ。当たり前よね、父親よりステキな男性が見つかってしまったのだから。けれどあまりの父親の変わりように母親はいたく心配した」
「そして母親も体調を崩し?」
「そうよ。けれどそんな父親を一人残すのは心配で心配で、だから母親は娘を取り戻しに」
「どこかの吸血鬼のお話にそっくりだ!」


あぁバレてしまったわ!


「あたりよメローネさん!これは古い中世のお話!」
「酷いなぁ、オレはキミの話が聞きたかったのに」
「ごめんなさい!これでも毎日ミシンを踏みながら考えているのよ!」
三軒先の帽子屋さんからディスプレイにと借りたサイドがひねりあがったシルクハットを深くかぶって笑って見せた。メローネさんは近くにあった貴婦人のかぶるようなツバが広く花を沢山持った帽子をかぶり、やっぱりきれいに笑った。

「メローネさん似合うわ」
「ミサもだ。まるで従者だな」
「だったらメローネさんが奥様ね!」

そう言ったら「私に仕えておいで」とメローネさんがまるでお芝居のように右手を差し伸べて言ったから「いけません奥様、私は従者の身。お誘いには乗れません」、お芝居のように大仰に答えてみせた。


「あぁ!ミサはやっぱりおもしろいな!」
「メローネさんこそ、こんな事するお客さんいないわ!」

ふふふと笑ってしまった。私の妄想話にもお芝居にも誰も付き合ってくれないけれど、メローネさんだけは付き合ってくれる。だから最近とても心待ちにしているのよ!


「おっといけない。もうこんな時間だ。それじゃあベスト頼むよ」
「お任せください。あ!次はいつ?」
「来週に様子を見に来るから」
「お待ちしてます」
「チャオ!」

片手をあげて、カランカランと軽い音をさせてメローネさんは去っていく。また私の世界はこのお店の中になった。ちっとも広くはない世界。だけど私は満足している。
急にお腹が減ったのに気がついて、私は買い置きのパンをストーブの上に乗せた。



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