──頭が、痛い。こめかみを走る鈍い痛みに地面が揺れる。ふらつく足元を、壁に腕をついてなんとか耐えた。ぐるり、ぐるり。世界が反転して溶けだす。
「…っ」
強烈な違和感が肌の上を這い回る。いっそ吐くことが出来れば楽だろうに、吐けるものもない。食欲が湧かないのだ。このままではいけないと解っているのに、どうしても体が受け付けない。眠れば悪夢を見る。内容は覚えていないけれど、とても酷い夢。だから眠りたくない。それでも、食事も睡眠もとっていない体はもう限界を訴えていた。辛うじて体を支えていた腕に力が入らない。そのまま前のめりに倒れそうになって──不意に誰かの温もりに抱き留められた。
「円堂、大丈夫?」 「いち…のせ」 「無理しないで。このまま俺に凭れてて良いよ」
耳元で響く、穏やかな声。心地好い温もり。優しい優しい一之瀬。なのに、どうしてだろう。さっきまでより強く感じる違和感と、頭の奥に鳴り響く警鐘が俺を急き立てる。
「もう、勝手に居なくなったら心配するでしょ、円堂くん」 「ぁ…」
後ろから俺を追い掛けてきた秋が、肩にそっと毛布をかけてくれる。耳鳴りが煩い。一之瀬が秋に笑顔でお礼を言う。震える指先で毛布を握り締めた。二人に手を引かれて立ち上がると、秋がにっこりと笑った。
「円堂くん、帰ろう?」 「……帰る…?」 「そう、帰るんだよ、円堂」
右手は一之瀬に。左手は秋に。引かれ、足を踏み出しかけて、たたらを踏む。帰る。そう、俺は帰りたい。秋と、一之瀬と。俺の大好きな皆と、一緒にいたい。だけど。二人の「帰る」場所に、みんなは居るのだろうか。
「何処に…帰るんだ?」 「…」
俺の言葉に二人は表情を消して顔を見合わせた。不思議だ。俺は二人のこんな顔を、光景を、前にも見た気がする。いや違う。これはいつも見る夢の、
「他の人なんてどうでもいいじゃない」 「あ、き…?」 「円堂には俺たちだけで良いんだよ。それが一番幸せなんだから。大丈夫、誰にも邪魔させたりしない」 「一之瀬も…何、言って…」
何か変だ。優しげな笑みを浮かべて、酷薄な言葉を紡いでいる二人が、怖い。違和感しかない。二人は本当に、俺の知っている秋と一之瀬なのだろうか。いや、それより。これは現実?夢?夢、であってほしい。起きたらいつも通りで、みんなが居て、秋が居て、一之瀬が居て、また、楽しくサッカーをする。そんな、いつも通りの。
「あれ?円堂くん…寝ちゃったの?」 「仕方ないな、俺が運ぶよ」 「うん。…最近は"みんな"のこと、言わなくなってたのに…」 「焦ることなんかないさ。時間は幾らでもあるし、気長に行こう」 「…ええ、そうね」
ああ、なんて、酷い夢だろう。ずっと一緒だよと甘く囁いたのはどちらなのか理解するよりも前に、意識が暗く澱んでいく。大丈夫、次に目が覚めたらきっと。また楽しい毎日が来るから。こんな悪い夢のことなんて、直ぐに忘れてしまえるから。
この悪夢から逃れる為に、俺は深い眠りについた。全てから目を逸らして。
Goodnight,my nightmare. (さよなら、ぼくのせかい)
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