成り代わり | ナノ

ジャーファル成り代わりシンドバッッドで過去


私が彼に初めて会ったのはもう十年も前になる。私は暗殺者であった。生まれたころから人の命の奪い方を親から学び、数えきれないほど己の手を他人の血で、真っ赤に、真っ赤に染めた。命を奪うことに慣れ、血を見る事にも何も思わなくなった。
その頃、だろうか。我が王、シンドバッドに出会ったのは。
その日も任務を終え、家に帰宅した私に、両親はこう告げた。
―最近有名になってきた、シンドバッドというガキを殺してこい。失敗は許されん。分かるな?名前よ。
そう言うや否や、彼らは私を家から押し出し、任務が終わるまで帰ってくるなと、頑丈な鍵をかけた。
私は溜息をひとつ吐き、御意。と一言だけ呟き、暗殺道具を手に握りしめた。
彼の名前は私の耳に随分と前から入ってきていて、とても強く、大人の暗殺者でも敵わないと聞いていた。
両親は、自分を捨てたのだと、私は悟った。邪魔になってきたのだろう。いくら同年代よりも優れた暗殺者と言えど、結局は子供。育ち盛りだからよく食べるし、その分出費も増える。
経済的に限界だったのだろう。
まあそんなこんなで私はシンを殺す旅に出たのである。
彼は有名だったので、そこらの人に居場所を聞けばすぐに答えてくれたから、案外すぐ見つかった。

「―…見つけた。」

小さな町に、彼はいた。それと、護衛のような人が一人だけ。とても大きい。なるほど、大人の暗殺者がかなわないと言うのは、あの大男がいるからか。私は自分の中で納得し、ふう。と息を吐いた。
いける。
あの大男の武器はとても大きい。きっとあの武器を振るうにしても、私は小さいから、適当に逃げ回っていれば避けられるだろう。
気付かれないよう、細心の注意を払い、ゆっくり、尚且つ自然に近づいていく。顔に巻いている包帯がこそばゆい。
じわり、汗が出た。何故だろう、この人は、殺してはいけない気がする。いや、でも殺さなくては。大丈夫、いけるさ。本当に大丈夫?いける。殺せ、さあ早く!彼を殺してしまっていいの?私はどうすればいい!

――殺せ!!

頭の中でその声が響くと同時に、私は駆けだした。大丈夫。彼は気付いていない。このまま後ろから、確実に急所を狙えばいい。そうすれば彼は、死ぬ。
大男の隣をすり抜け、飛ぶ。そして武器を構えて、振り上げて―…
その瞬間、彼が後ろを向いた。

「―っあ、っく!」

一瞬、力を抜いた。一瞬の隙が命取りになると言うのに!まずい、と思ったのと同時に、今殺そうとした男に取り押さえられる。一応抵抗してみても、子供の私の力など通用するはずがなく、あっさりと捕まった。
綺麗な紫色の目が、私を見る。ビー玉のようだと、私は思った。でも、何処か濁っている。この人、は

「何故、」
「…ん?」
「何故、貴方、は」

そんなにも悲しそうな瞳をしているの。
私がそう言うと、彼は驚いたように目を見張り、そしてすぐその目を柔らかく細めた。
そして、こういったのだ。

「それが知りたければ、俺に付いておいで」

その言葉を聞いた時から、私は彼についていくことを決めたのだ。
いいのか、シンドバッド。あの大男が彼に問いかける。
彼は、大丈夫さ、この子はきっと、もう俺を襲わない。安心しろ、ヒナホホ。と大男に告げた。
あの大男、ヒナホホっていうんだ。何処か遠い意識の中、そんな事を思いながら、私は瞼を閉じた。
ふ、と目を開ける。そこはいつも私が使っている部屋で、先ほどまでいた街の風景とはほど遠いものだった。驚いて慌てて起き上がる。

「…夢…か」

懐かしい夢だったな…。あれからしばらくはシンに懐かなくって、皆を困らせたっけ。
んん、と背筋を伸ばす。気持ちいい。さて、シンを起こしに行かなければ。
ベットから抜け出し、身支度を整え部屋を出る。
シンドリアは南国であるため、冬といえど、朝はとても明るく温かい。まあ、寒いかと問われれば寒いと答えるのだけれど。
侍女たちに挨拶を返していると、あっという間にシンの部屋に付く。まあ一応ノックはするけれど、きっと彼は爆睡しているんだろう。失礼します。と呟くように言って部屋に入る。

(やっぱり、寝てる)

すやすやと気持ちよさそうに眠っている彼は、私の気持ちなど一切知らないんだろうなあ、と思う。初めて会ったあの日、あの瞳を見た瞬間から、私は彼に恋をしているのだ。最初は良かった。まだ彼の傍に居られるだけで、とても幸せだった。それだけで、よかったのに。人間とは、貪欲な生き物である。一つのものを与えられれば、しばらくするとそれ以上を求めてしまう。
シンは王宮の侍女や、よその国の人たちの何度も夜を共にしているのだけれど、彼は、私には手を出したことは無い。それが、とても寂しく思える。

「…我が王、よ。シンド、バッド…」

紫色の糸に指を通せばさらりと流れ落ちて行く。手触りの良い髪。高級な糸を束にしても敵わない程の美しさ。ん、と寝返りを打ったシンドバッドの頬を撫でる。目の前がぼやけて見えなくて、ああ、泣いているんだ。と何処か他人事のように思った。袖で涙を拭っても、あとから涙が出てきて、止まらなくて、私は本当に彼の事が好きなんだなあ、なんて。

「お側にいられるだけで、いいはずでした。それだけが私の幸せだったはずなのです。でも今は、この小さな距離が、とても…とても、大きく感じられるのです。」

ゆっくりと、優しく彼の頬を撫で、必死に涙をこらえる。彼に好きだと告げてしまえば楽なのだろう。でも、私がそれをすることは許されないのだ。彼は一国の王で、私は長い間傍に居た従者で。長年傍に居た人間に突然、好きだ。なんて言われたらどうなるか。戸惑うだろう。それに彼は一国の王である。そんなことに時間を割いている暇はないのだ。
それでも、今この時だけは。
さらさらと髪をとかしていた手をやめ、彼の頬を両手てはさんで呟いた。

「……す、き…」

小さく呟いた言葉は、誰にも聞かれずに空へと溶けて行った。
ちゅ、と額にひとつキスをする。またあとで起こしに来ますね。と眠っている彼に告げて部屋を出た。


夢の中であれば、私はいつでも貴方の傍に居られるのに。


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