短編 | ナノ

日と春の季節


あら。菊様、お久しぶり。
目の前でニコリと笑みを浮かばせる女性に、こちらもにこりと笑みを返す。ああ、彼女と会うのは一年ぶりだ。去年は確か、喧嘩をしたまま別れてしまったのだけれど、彼女はまだあのことを怒っているだろうか。しかし、その事を聞く勇気はない。聞いて、まだ怒っていたら、彼女とはこの季節の間話すことはできないだろう。それだけは避けたかった。彼女と話せないなんて、私にとっては死刑宣告と同じなのだ。

「ねえ、菊様」
「なんですか、春様」
「やだわ、もう。わたしに、「様」は必要ないのですよ?夏にも秋にも冬にも、皆に「様」をつけるのだもの。ここに来たときにしか呼ばれないから、なんだかくすぐったいわ」

そう困ったように笑う彼女に、私の胸は高鳴る。愛しい。愛しい。彼女はどうしてこうも愛らしいのだ。夏様よりも秋様よりも、冬様よりも、彼女は、誰よりも何よりも、美しい。しかしそう思っているのは私だけなのだろう。私は彼女を愛してしまった。だからこそそう見えるのだとは自覚している。禁じられた恋だと言う事も。私は日本と言う国の化身である。私達のようなものは、世間一般で言えば妖精や幽霊、あるいは物ノ怪に分類されるだろう。そして目の前にいる彼女は、季節、「春」の化身である。桜色の簪に、桜色の着物。簪には桜の飾り物がついている。そして、春の日差しのような温かい笑み。まさに彼女は春の化身と名乗るにふさわしいだろう。
こういう類のものは、恋をしてはならないのだ。特に季節と国は、恋をすることを禁止されている。何故なら、季節は別の地へ移っても、想い人がいればそちらへと気がそれてしまい、桜などの春の植物が育たなくなったり、気候も乱れる。
国が恋をしてはいけないのは、単純に戦争の際困るからだ。もしも戦争がおこったとすれば、相手の国はその国の想い人を人質にするからだ。どちらにせよ、恋は、出来ない。

「菊様、聞いていますか?」
「…すみません。聞いていませんでした」
「去年の事、まだ怒っているかと聞いたのですよ。あの時は私も頭に血が上っていて、後になって後悔しました。あんなこと言うんじゃなかったって。だから、謝ろうと」
「謝らなくても結構です。悪いのは私ですし」
「でも、」「いいのですよ。」

まだ言葉を紡ごうとする彼女の口を手で塞ぐ。口角が上がるのが、分かった。そう言えば、私はまだ彼女の名を知らない。春様、それならひとつお願いがあります。そう言った私に、こくりと頷いた彼女に、私は心からの笑みを浮かべた。

「あなたのお名前を、お教えください」

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