短編 | ナノ

アレンと人魚


 人魚を見つけました。といっても、彼女は本当は人で、人魚ではありませんが。人魚とは、上半身が人で下半身が魚類の体のを持つ生き物で、裸で登場する場合が多く服を着ている人魚は稀らしいのです。ですが、僕は人魚を見つけました。薄い、海の色をした髪と、それと同じ色の瞳を持つ人魚を。彼女は奇怪な左腕を持ち、老人のような白い髪の僕を、綺麗だと言ってくださいました。そんなはずはないのに。僕は自分の大切な人をこの奇怪な左腕で殺してしまったのですから、綺麗な筈は無いのです。ですが彼女は、そう言って泣く僕の頬に手を乗せて、それはそれは美しく、優しく、柔らかく、僕に微笑んでくれたのです。そんなことは無い、アレンは素敵よ。そんな優しい言葉を添えて。
 僕は大声で泣きました。初めてすべてを彼女に打ち明けました。こんな左腕は要らないと。マナに会いたいと。戦いたくないと。彼女は静かに聞いていました。僕が話し終えると優しく頭を撫で、無言で抱きしめてくれました。否定も肯定もせず、ただ、ずっと。あれは彼女なりの優しさだったのだと思います。彼女は海のような人でした。海のように物静かで、明朗な笑みを携えて、その柔らかい手を、僕、に
僕は彼女に噛みつきました。骨の髄まで食べつくすように、貪欲に、意地汚く、彼女を、隅から隅まで食べ尽くしました。彼女はその身を僕に委ねるだけで、抵抗も何もしませんでした。
 ああ、大嫌いな神様、どうか僕の懺悔をお聞きください。僕は卑怯者です。彼女には想い人がいたのです。同僚である東洋人、神田ユウを慕っていたのです。しかし僕は彼女を汚しました。僕は知っていたのです。彼もまた、彼女を見る目に恋情を抱いていたのを。二人は想いあっていました。しかし僕がそれを壊してしまったのです。彼女を渡したくなかった。僕を見る時よりも優しくなる眼差しを彼に向けてほしくなかった。でもきっと、それがいけなかったのでしょう。いいや、いけなかった。僕があんなことさえ言わなければ、僕はなんてことをしてしまったのでしょうか。任務が同じになった日、僕は彼女にこう言ったのです。
 君はずっと僕の傍に居てくれますよね。
 拒否権を与えないような聞き方でした。本当に僕は卑怯者です。もし拒否権を与えたとしても彼女はそれを使わない事を知っていたのに。やはり彼女は柔らかく笑いながら「もちろん」と答えました。いつもより何処か寂しげな笑みを、僕に向けていたことを、見て見ぬふりをしました。任務は、海上でのAKUMA退治でした。僕は彼女のイノセンスを知りませんでした。いくら聞いても教えてくれなかったのです。だからこの任務で彼女のイノセンスが判明すると思いました。揺れる舟の上で、いつ奴らが来るのかと警戒していたとき、船の後ろから大きな爆発音が聞こえました。AKUMAが来た。考えるよりも早く体が反応していて。イノセンスを発動し、順調にAKUMAを退治していく中、彼女の事が頭に過りました。不安になり名前を叫ぶように呼ぶと、返事が返ってきました。そしてすぐ、彼女の小さな悲鳴。物音が、消えたのです。傍に居たAKUMAをすべて破壊し、彼女の元へ走る。傍には奇妙な形をした機械がいて、彼女に、剣を付きたてようとしていました。



 気付いたら、周りには機会だったものの残骸が転がっていて、傍には、下半身が魚類になった彼女が。ああ、やっぱり。心のどこかでそう呟き、虫の息の彼女を抱き寄せる。ひゅー、ひゅー、と息をしている彼女は、もうじき死ぬだろう。海の色をした瞳を、僕に向け、その瞳は弧を描いた。やっぱり、人魚だったんですね。呟くように言うと、彼女は困ったように笑った。ばれてたのね。そう言うように。どんどん光を失っていく瞳に、僕は、何もできませんでした。
ねえ、アレン
 弱弱しい彼女の声が聞こえ、ハッとする。急いで彼女の声に耳を傾けると、彼女はいつものように穏やかに笑っていた。わたしが、いつか言っていた、人魚の伝説の事、覚えている?それに頷くと、その通りになっちゃったね。本当、人魚は幸せには死ねないなんて、嫌な伝説だわ。そう、寂しげに呟きました。

「君、は」

 幸せでしたか。そう聞こうとして、やめました。幸せだったか?そんな事、僕に聞く権利はありません。だって彼女の幸せを壊したのは、ほかでもない、この僕なのですから。彼女は僕が何を言おうとしたのかを悟ったのか、幸せだったよ。と言いました。僕は目を見開いて、彼女を擬視しました。幸せだった?何故そんな事が言えるのですか。
どうして。

「もう少しみんなといたかったけれど、アレンといれて、とても、幸せだった」
「僕は、だって、君と神田を」
「うん、そうねえ、確かにそれは悲しかったけれど。でもアレンと居るのも楽しかったわ。ああ、泣かないで。ねえ、アレン幸せの定義って、何か知ってる?」
「いいえ…」
「きっと、答えなんて誰にもわからないのよ。その人が幸せなら、それでいいんじゃないかと思うわ。わたしは確かに、貴方といれて楽しかった。幸せだった。それだけじゃ、駄目かしら」
「駄目なんか、じゃ」

 僕の目からあふれる水を、彼女は拭い、笑った。そして、そのまま、冷たくなって。最後に彼女は、何かを呟いた。その言葉を聞いて、僕は

やはり、彼女は人魚だった。



人魚って不吉の象徴らしいですね。


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テーマ「人外ファンタジー」
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