短編 | ナノ

綾部とくのたま


学園の中を散歩がてらに歩いていると、地面にぽっかりと穴が開いていた。あれは学園一の不思議な男、綾部が掘った穴だと、名前は思った。いや、むしろこんなに大きな穴を掘るのは、綾部しかいないだろう。顔に笑みを浮かべ、その穴に近づく。

「きっはーちろーう」
「…なあんだ、名前かあ」
「何?私じゃ不満だった?」
「そう言う訳じゃあないよ」

ただ…。そう言って口ごもる綾部に、名前は気付いた。目が、腫れて…。
泣いたの?と直接的には聞けないため、何かあったの?と控えめに聞く。綾部は少し間を開けて、少し、嫌なことがあっただけ。そういって彼はそっぽを向いた。

「ううん、そうかあ。ねーえ喜八郎、そっち行ってもいい?」
「…うん、君は、特別ね」
「じゃあお邪魔します…っと!」

了承を得た名前は、くのたまの名に恥じない俊敏な動きで綾部のいる穴に入って、向かい合わせになれるように座った。
今回はまた、随分深く掘ったのね。それに、とても広い。
感心したように言うと、綾部は少しだけ嬉しそうに目を細めた。

「僕ね、嫌なことや悲しい事があると、必ず穴の中に行くんだ」
「それは、何故?」
「ここは僕の唯一の安全地帯なんだよ。誰にも邪魔されない。邪魔させない。土は、雪と同じように音を吸収してくれるから、とても静かで…安心するんだ」
「へえ、それ、初めて聞いた」
「言ったのは君が初めてだよ。…ねえ、変な奴だと思った?」
「何故」
「みんな僕を変だっていうんだ。立花先輩や滝たちはそんなことないって言ってくれるけれど、…ほかのみんなは、そう言うんだ。…だから、君も」

そう思うと思って。そういって膝に顔を埋めてしまった綾部に苦笑い。「随分信用が無いのねえ」そう笑えば光より速いのではないかと思うくらい早く顔を上げ、「そんなことない!」と叫んだ。普段物静かな人だから、余計に驚く。

「僕は、君を信頼しているよ!滝や、三木や、タカ丸さんや、立花先輩よりも!」
「え」
「誰よりも何よりも君が大切で、慕っているから、君に変だって思われたくないんだ!」
「あ、ちょ、喜八郎、分かった。落ち着きましょ。ね?」
「…落ち着いてる」
「ああ、そうね。それより」

さっきのはわたしへの告白ととってもいいの?名前が悪戯っぽく笑うと、綾部の耳は朱く色づいた。


「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -