TURN-20>>
悲しみの炎を砕け!対決、ブラック・ローズ・ドラゴン!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「バトル。
偽りの正義を翳す騎士よ。冷たい悲しみの炎を受けるがいい…」
その少女の一言が、会場を恐怖を炎上させた。
相手の男の立派な金色をした鎧はすっかり焼け焦げてしまい、呆気なく倒れた男はデュエルではなく、まるで本物の竜に体を焼かれてしまったかの様に気絶してしまっている。
少女は毒々しく真っ赤に美しい、あの魔女が従えていた竜を背に男を見下ろしていた。その琥珀の瞳はこの状況に驚く様子も無く、色を変えず太陽に反射する。
「こんなのデュエルじゃねぇ!!」
「魔女め、魔女を捕まえろ!」
周囲から罵声が飛ぶ。
薔薇の様に美しい、紅蓮の髪をした少女…十六夜アキは血相を変えず佇んでいた。
彼女の別名を、黒薔薇の魔女。
今は第二試合が終わり、その戦いは焼け爛れえぐれてしまったフィールドを残した。
一回戦の龍可はボマーと闘い、惜しくも敗れてしまっていた。そして第二試合が、先程の黒薔薇の魔女の仮面を付けた少女、十六夜アキの試合。彼女のデュエルはモンスターや魔法・罠までもの力を引き出すかのように現実化した衝撃は、観客にまでも恐怖を植え付けた。
その名残でアキが去ったフィールドを観ながら、まだ観客席はざわつきを忘れない。
「魔女の力…これは予想以上だな」
氷室は腕を組みながら、目の当たりにした魔女の力に驚愕していた。
隣にいる姫兎は先程からずっと片手を頭に当てている。小さいものだが、僅かに頭痛が続いているのだ。アキのデュエルを見てから。
彼女を大門エリアで始めて見た時にも、頭痛が起きていた。あれは目の前でアキを見た時。
「……」
だが今回の頭痛は違う。激しい痛みに襲われるというより、何かの感情が一気に流し込まれたような感覚。
アキの透き通らない、琥珀の瞳。
その色は美しく宝石のようだというのに、周りのものを一切映していない。まるで現実を見ないように、見てはいけないと言い聞かせているような。
深く悲しい。
「確か、遊星がシグナーかもしれないと言っていたが……、
………って、オイ!姫兎っ!?」
ギョッ、と氷室は飛び上がった。
さっきまで隣に座っていたはずの姫兎が忽然と姿を消していたのだ。
突然氷室が大きな声を上げたものだから、龍可や龍亞たちも姫兎がいない事に気が付く。
「アイツ!ひとりで何処に行ったんだ!?」
ザワザワとした会場の音が壁から伝わってくる。
姫兎は観客席から出てひとり廊下を走っていた。
氷室たちには黙って出て来たのは悪いと感じているが、今はその事を考えていられなかった。気が付いたら自分は観客席を出ていたから。
辺りを見回す。此処は出場したデュエリストが通るルート。遊星や龍亞を見送る時に来た場所だ。
辺りを見回し、目的の人物を探す。
そして曲がり角へ向かおうとした時、反対側から赤色が近寄って来た。
「―――…!」
「あ…」
居た。姫兎は心の中で言った。
目の前に立ち止まったのは、まさに姫兎が探していた人物、アキだ。
アキは琥珀の瞳を見開き、まさかこんなところに人がいるなんて、と思っているのだろう。
「(…しまった、探すだけ探しといてかける言葉がない…!)」
冷や汗を流し、アハハと苦笑いをしながらアキに声をかける寸前の体制を取ったままの姫兎。片手だけがアキを引き止めるように挙げられている。
アキは面倒なのでとっとと通り過ぎようとしたのか、一歩足を踏み出そうとした瞬間、もう一度姫兎の顔を見た。
「お前…!」
「え」
アキの漏らした声にマヌケな返答を返す姫兎。
アキは思い出した、あの竜の痣を持っていた男の隣にいた女。痣を持っていなかったというのに、何か不思議な感覚を感じた事を良く覚えている。
「お前も…あの男と同じ、」
痛くも感じていない右腕を反射的に掴むアキの仕種に、姫兎はアキが漏らした言葉の意味を理解する。
「それが…、何故忌むべき印なの?」
「…私はこの印を持つ者を憎む、嫌悪する。こんなものが私の腕にあるから…っ」
その語尾の途中、はっ、とアキは顔を上げた。
私は何を言っている?
見ず知らずの人間に、今誰にも言わず心に閉じ込めていた事を漏らそうとした。
誰にも、言えない事実を。
アキは首を振り、邪念を払う。
「お前には…っ、関係が無い!」
「それが無い訳じゃなさそうなのよ」
ふ、と目を閉じて苦笑いする目の前の少女の言葉に疑問を持ちアキは不思議そうな表情で言葉を無くした。
自分が黒の存在だというのなら、まるで対象的な白の色をしている少女。今までの人間の様に、逃げない。自分に対して恐怖しない。蔑まない。
考えれば考えるほど、頭が混乱するばかりだ。
「でも、まず相手を知るって事に最も簡単な方法があるじゃない?」
「え…」
「私の名前は姫兎。十六夜アキさん、私とデュエルしましょ!」
今2人は会場の裏にある目立たない路地へと来ている。
「…どういうつもり?私のデュエルは、あの会場に居たなら解っているでしょう」
「なに言ってんの、なおさらよ!それに…なんかアンタとは闘わなきゃいけない気がするのよ」
姫兎はアキと離れたい位置でデュエルディスクを構える。
本当によく分からない、こんな接し方をされた事がない。逃げない上に周りの人間が一番恐怖しているデュエルを自ら挑んでくるなんて。
よっぽどの物好きか。
「…いいわ、相手をしてあげる」
「そうこなくっちゃね!」
「「デュエル!!」」
お互いのディスクにライフ4000が表示され、ソリッドビジョンの機能がデュエルディスクの中で動く。
姫兎は手札を引きながら、真っ正面に立つアキの姿を見る。アキは先程のデュエル同様、動じない表情で立っている。
「(彼女はきっとシグナーに関係がある、そして…)私の先行、ドロー!」
先行は姫兎のターン。
「私は『イノセント・ナイト[ATK/1600]』を攻撃表示で召喚!」
姫兎の場に剣と盾を取り、翼のような純白のマントを翻る騎士が姿を表した。姫兎は手札を持つ手を『イノセント・ナイト[ATK/1600]』に向ける。
「『イノセント・ナイト[ATK/1600]』のモンスター効果を発動!
デッキからランダムに装備魔法を手札に加え、その装備魔法が『イノセント・ナイト』に装備できる場合、そのまま装備ができ、出来ない場合はその装備魔法を墓地に捨てる!」
自動でシャッフルされた姫兎のデッキから、一枚だけカードが突き出される。
そのカードを取ると、姫兎はアキへと見えるよう提示した。
「私が取ったのは『スピリッツ・タキオン』!このカードは場の天使族に装備が出来る。『イノセント・ナイト』に装備をして、ターンを終了するわ!」
「私のターン、ドロー」
後攻、アキのターンへ回りカードを引く。
そして引いたカードをそのままディスクへとセットした。
「私は『ナチュル・ローズウィップ[ATK/400]』を召喚!」
既にこの瞬間、姫兎はこのターン出て来るであろうモンスターの名前が姫兎の頭の中に浮かび上がった。
姫兎の心拍がひとつ、大きく高鳴る。
アキはそのまま魔法(マジック)カード『偽りの種』を発動し、手札にいるレベル2以下の植物族モンスターを特殊召喚できる。場に『コピー・プラント[DEF/0]』 が姿を現す。
そして『コピー・プラント』の効果により、姫兎の場の『イノセント・ナイト[LV/4]』のレベルをコピー。
全てが揃った。
辺りの風が生暖かく、素肌をくすぐるように過ぎ去っていく。
「レベルが4となった『コピー・プラント』に、レベル3のチューナーモンスター『ナチュル・ローズウィップ』をチューニング!」
アキが片手を上げて宣言すれば、宙に光の輪が現れる。
風に赤い薔薇の花びらが舞い上がった。
「冷たい炎が世界の全てを包み込む―――…、漆黒の花よ、開け!!」
強い風が巻き起こり、姫兎の長い髪が舞い上がる。姫兎は反射的に腕で顔を庇った。そして目を奪われた。腕の間から見える、毒々しくも、その刺のある美しい真っ赤な薔薇が咲き誇る姿。
「シンクロ召喚!!現れよ、『ブラック・ローズ・ドラゴン』!」
「遊星ーっ!」
その時、遊星はたまたま控室から出て廊下を歩いていた。
先程のアキのデュエル、そして彼女を初めて目の前にした時自分の腕にあった痣を見て放たれた言葉…《忌むべき印》。その事が気になり、あまり座っていられなかったので気晴らしに歩いていたのだ。
そんな中、後ろから聞き慣れた声が自分の名を呼び、振り返る。
「龍亞、みんなどうした」
「大変なのよ、遊星!」
戦闘の龍亞に続き、今は観客席で観戦しているはずの氷室たちまでもが走ってくる。
龍可が血相を変えて遊星に叫んだ。
「姫兎が…姫兎がいなくなっちゃったの!」
「なんだって!?」
姫兎は息を呑む。
この姿を間近では最初見た事があるが、目の前に立ち塞がれた姿はさらに威圧感があった。ブラック・ローズがその薔薇の翼を動かせば、羽根の様に花びらが辺りにちらつく。
何とも儚く、禍々しい姿。
「これが、『ブラック・ローズ・ドラゴン』…」
「モンスター効果を発動!ブラック・ローズが特殊召喚に成功した時、フィールド上の全てのカードを破壊する!」
「!」
突如ブラックローズの雄叫びが辺りにこだましたかと思えば、吹きさらす突風が薔薇を散らせた。
その突風は姫兎の『イノセント・ナイト』まで巻き込もうと薔薇の花びらが辺りを取り囲む。
「ブラック・ローズ・ガイル!!」
「させないわ!『イノセント・ナイト』に装備されている『スピリッツ・タキオン』の効果を発動!」
姫兎の場の騎士の体から光が溢れんばかりに輝きだし、辺りに散る薔薇の花びらを遮り始めた。
アキは花びらの合間からその姿を見つめる。
「『スピリッツ・タキオン』は装備モンスターがモンスター効果で破壊される時、その身代わりとなる!」
「なに…!?」
「ただし『スピリッツ・タキオン』が破壊される時、装備モンスターの攻守を600下げるわ」
守られた光にを無くしてしまった『イノセント・ナイト』の攻撃力は1600から1000へと下がってしまう。
アキのブラックローズは施された輝きと共に、その姿を消し去った。
「そして『スピリッツ・タキオン』の、もうひとつの効果!魂に刻まれた光を超える可能性は、破壊されずその影から新たな力を生み出すわ!デッキから『ディメント・ナイト[ATK/1600]』を特殊召喚!」
「!」
姫兎には破壊の力が通用していない。
ブラック・ローズによって破壊したはずの力は、また新たなる力を呼び起こす鍵として使われた。
「アキ、」
アキの心が高鳴る。
その名を、今優しく呼んでくれているのは今あの人だけなのに…。
「破壊は全てを壊すものじゃないわ、目の前の物を滅しても必ず新たな力が生まれる」
「…何が言いたいの?」
「アンタの目は…凄く悲しい色をしてる」
「…ッ!?」
動揺、アキの瞳が揺らいだ。
真っ直ぐ、空色をした蒼い宝石が自分を見てくる。誰も自分を真剣に見てくれなかった、外身ばかりで。ただ破壊するもの、としか認識しない。
したくて、している訳じゃないのに…。
「だから目の前の辛い事をただ破壊して、無かった事にしてる」
「…黙れ」
「黙らないわ!悪いけど私、割と口は達者なのよ。その力だって…本来の自分を閉じ込めてるんでしょ!」
「うるさい、五月蝿い五月蝿い!!」
「目の前を見なさい!自分を騙すんじゃないわ!!本来のアンタを出すのよ!!」
「黙れぇっ!!魔法(マジック)カード、『ブラック・ガーデン』!」
突如、アキの足元から黒い木々の根が勢い良く生え進んだ。その勢いはアキの心の動揺を表すかのように、まとまりの無く乱れた動き。
辺り全体が黒い薔薇の庭園に姿を変える。アキの周りには姫兎を遠ざけるように、鬱蒼と細い木が生え並んでいた。
姫兎の場の『イノセント・ナイト』、『ディメント・ナイト』に向かい薔薇の刺が突き刺さる蔓が伸びて来た。蔓は2体のモンスターをたやすく捕らえ締め上げる。
2体は苦しそうに声を上げた。
これはアキの出したフィールド魔法『ブラック・ガーデン』の効果。このカードか表側で存在する限り、モンスターの攻撃力が半分となる。
「アキ!なんで偽りの庭園に身を隠すの!?その場凌ぎの快楽は意味が無いわ!」
「五月蝿い!!私の何も知らないのに…知ったような口を聞くな!」
黒い庭園からアキの声が響く。
その時ふと、姫兎の耳に何かが聞こえた。
『助けて…出して、
此処から…、私を…、
お願い………助け、て……』
「…え?」
姫兎は目の前のアキを見る。アキは黒い木々に覆われた、黒い薔薇の真ん中に隠れるように俯いている。
今のは…確かにアキの声だった。
まるで心の叫び。泣き出しそうで、苦しそうで、耳では無く直接頭の中に訴えかけてくるような、口からは発せられない声(さけび)。
「(今の、まさか…)」
「…私はカードを一枚伏せ、ターンエンド」
「(…今は、)」
自分に届いたあの声を、信じるしかない!
「私のターン、ドロー!」
本当の彼女に会う為には、あの声を頼りにアキの心に手を伸ばしていくしか方法はない。
その為には…。
「やっぱり…アンタの力が必要みたいね」
引いたカードを見て、姫兎は呟いた。
デッキのカードたちが手伝ってくれる。彼女の心を開く為の鍵を、共に作り出してくれるはず。
「心の扉の鍵は…、作り出さなければその扉を開けられない、拾ったりは出来ない。
開こうとする者が作り出す物!」
姫兎の場に光が満ちる。
アキは眩しさに腕で光を遮り、瞳を細めながら姫兎のフィールドを見た。
「力を貸して、私のカードたち!
場に『イノセント・ナイト[ATK/500]』、『ディメント・ナイト[ATK/800]』が2体存在する時、手札から魔法(マジック)カード『クリエイト・キー』を発動!」
姫兎の場に小さな鍵が現れる。
その鍵を2体のモンスターが手に取れば、そして鍵はさらに光を増した。
「『クリエイト・キー』の効果は、『イノセント・ナイト』と『ディメント・ナイト』の2体をリリースし、レベル8以下のシンクロモンスターを、召喚条件を無視して特殊召喚するわ!」
「シンクロ…モンスター…!」
鍵から淡く、優しい光が漏れ出す。
「満月の慈愛が、暗黒の闇を照らし出す!―――結束の道標、共に生み出せ!!」
「ゆ、遊星!」
「!?」
龍亞の驚愕の声が響く。
その時、遊星の腕に竜の痣が反応すように浮かび上がった。それは、龍可の腕にも存在する。走っていた一同は、突然の竜の痣の出現に立ち止まり、痣を覗いた。
「ど、どうなってるの?」
「…おかしい。なにかが、いつもと何かが違う…」
「…え?」
痛みがまるでない。今までは痣が現れると酷い時は腕が焼け落ちるのでは、というくらいの痛みが生じた。
だが、今は違う。
何かが温かい、優しいそんな感覚を感じる。
覚えがある、この感じ。
「…姫兎…?」
「…!」
ジャックは腕の痣が光出した事に気が付く。彼も感じた、いつもと違う様子。
「…これは、」
「…!!」
アキは反射的に右腕を抑える。
その赤い光は嫌悪、憎悪。自分が何より忌み嫌っている光…のはずが、今回は何かが違う。目の前に現れている、竜の姿をした光を見上げた。
「…シンクロ召喚!
閃光を増せ!『フルムーン・ドラゴン』!!」
To Be Continue...