TURN-17>>
忌べき印?君臨する黒薔薇の魔女

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たった今『スターダスト・ドラゴン』、そして姫兎の『フルムーン・ドラゴン』を返し去って行ったジャックの、今は無い背中を見つめる遊星。驚いていまいち頭が付いてきていない。
まさかジャック自身が直接、わざわざこんな所にまで来るなんて。

とにかく、彼がラリー達仲間を治安維持局に売った、というのはまず無いと考えた。
昔の事もあり、多少なり疑った遊星だが彼は嘘が下手だ。今までのそぶりを見ていると、本気で知らないようだった。
ぼけっ、と物思いに吹けていると、遊星と姫兎の前に慌てた様子だが何処か楽しそうに矢薙が駆け寄って来た。それにつられるように、氷室と雑賀も近寄る。


「なんだいなんだい、こりゃあたまげた!まさかキングと三角関係なのかいあんちゃん!」

「…三角…」

「去り際にキスったあ…キングというよりナイトだなぁ、ありゃ!うーん、キングもなかなかやるようじゃなぁ〜」


青春してるねぇー!と、茶化すように周りで騒ぐ矢薙に顔をぼっと赤く染める姫兎。遊星も赤面しながら顔を反らしている。まるで無言の肯定で、とにかく姫兎にその事を悟られたくない遊星は飛び回る矢薙を追い掛け回す。
姫兎はそれよりジャックの恥じらい無い積極的な行動に「周り見なさいよ…!」と、小さく文句を付けていた。

ひとつ思った事が、今の行為を遊星に見られた事。勘違いされていたらどうしよう、と。


「ゆ、遊星っっ!」

「…ん?」

「いっ、今の違うからね!ジャックがよく分からないけど…!と、とにかく勘違いしないでよ!?私は…っわたし、は………は、遊星が…………」


もごもご、と語尾から突然口ごもる姫兎。
そこでアウトなのかー!
氷室と雑賀の内心のツッコミが見事に重なった瞬間であった。突然口ごもった姫兎に不機嫌そうな様子で、遊星は姫兎に歩み寄る。彼女がジャックに手の甲ではあるが、キスされた事にあれだけ慌てているのがどうにも気分が良くならなかった。

相手がジャックだったから、尚更。


「…姫兎は…」

「え?」

「姫兎は…ジャックが、…その、…好き、なのか?」


目の前に立った遊星が視線を反らしながら、遠慮がちにそう問い掛けた。

目を見開く姫兎。
遊星の紺碧色の瞳が、僅かに悲しげな色をちらつかせている。まさか、自分が彼を傷付けてしまったのだろうか。
姫兎は勢いよく首を振る。


「違うわよ!確かにジャックは仲間として好きよ。こうして裂けてしまったけれど、やっぱり彼は元々仲間だもの!」

「……」


自分を見つめる遊星の表情が、いつになく切なげで、憂愁が漂う。胸が締め付けられる、彼の悲しそうな顔を見る、それだけで。
違う、そんな顔しないで。

だから、私は…!
次の瞬間、姫兎は体が勝手に動いていた。

僅かな身長差を埋めるように遊星の肩に手を置き、背伸びするような体制で彼の頬に唇を当てていた。


「姫兎、…?」

「…?」


遊星が自分の名前を呼んだ事によって、やっと我に返った姫兎は何が起きたのか分からずぽかんと遊星を見上げる。
そしてみるみる赤くなっていく遊星と、今の自分の体制を見直しやっと自分がした事に気が付いた。


「ゆ、ゆゆっ、遊星!わ、私…今!」

「キスしたぞ」

「キスしたな」

「頬にキスたぁ〜意外と積極的じゃなーお嬢ちゃん!」

「だぁーっっ!!」


氷室、雑賀、そして矢薙にまで追求されてしまい、「それ以上言うな」と、言わんばかりに顔を茹蛸のように染め叫び声を上げる姫兎。

そんな連中とはよそに、遊星は納まり切らない鼓動の高鳴りと顔の熱さを感じながら、姫兎がキスをくれた頬にそっと手を添える。
彼女が自分の頬にくれたこの意味は、偶然か、それとも―――…。


その日の夕暮れ時。


「遊星、姫兎」


遊星と姫兎は後ろから声をかけて来た雑賀の方を振り返った。

今、氷室と矢薙を含め大門エリア中にある街の中心にある小さなデュエル上に来ていた。だが雑賀だけは今まで何かの用事があったのか、今四人と合流したところの様子。


「サテライトに潜り込めるよう話を付けて来た。今夜発つ」


雑賀は依頼通り、サテライトの仲間達の安否を探るべく、シティーからサテライトへ向かうという。
矢薙が行けるのかと驚いていたが、サテライトとシティーは完全に遮断されているわけではない。不要になったゴミを分ける仕事はサテライトにある故に、シティーからサテライトへゴミを送る為の輸送船が存在する。雑賀はそれに、乗せてもらえるという。

普通そんな事を出来るわけがない。流石はなんでも屋、といったところか。


「…で、姫兎は決心着いたのか?」


雑賀の一言に、全員の視線が姫兎の元に集まった。姫兎自身は少し俯いている。
遊星を置いてサテライトへ仲間を見に行くか、否か。最後まで姫兎は決心が付いていなかった。仲間も心配だが、今までの事を考えると遊星だって安心してはいられない。どうすればいいのか、分からずにいたのだ。

ひとつ間を置いて姫兎は顔を上げた。


「私は…遊星の側にいるわ!」


しっかりと、雑賀の目を見て姫兎は確かにそう答えた。その解答を聞けば、雑賀は安心したかのように、納得したように微笑む。
遊星の側には姫兎が必要なんだ、と。雑賀には分かっていた。姫兎の隣に立って答えを聞いた遊星も、僅かに安堵の様子を見せている。

遊星はフォーチュンカップへの招待状を取り出す。
全てはこの一枚の封筒から始まった。いや、もしかしたら何かの終わりを意味しているのかもしれない。
姫兎が側にいる。それだけで良かった、だがやはり不安が彼を小さく煽る。これは仲間達を危険な目に合わせる、治安維持局からの挑戦状だ。
遊星の肩に雑賀の手が乗った。


「サテライトの事は俺に任せて、お前は姫兎と一緒に、フォーチュンカップで暴れてこい」

「…ああ」


招待状を雑賀に見せるように小さく上げ、遊星は短く返事を返す。そしてもう一度、目の前でわいわいとデュエルを繰り広げている奴らの方へ視線を戻した。






夕日が沈みかけてまだ赤いカーテンが残る光に反射する紺碧の瞳は、これから先の事を見つめている、そんな様子だった。


「あーっ!遊星に姫兎!!」


そんな時、まだ声変わりをしていない、幼い声が自分達の名を呼び、驚いた遊星と姫兎が顔を上げた。そしてこちらに向かい後ろの友人であろう少年に声をかけながら駆け寄ってくる、小さな足音の方へ視線を向ける。
そこにはなんと、以前街裏で倒れた時に助けてくれたトップスに住む少年、龍亞が嬉しそうな顔をしてこちらに向かって来ていた。

二人の顔を確認するように、前で立ち止まった龍亞の無邪気な薄翡翠の瞳がキラキラと輝く。


「2人とも来てたんだ!」

「どうしてこんな所にいる、子供が来るような場所じゃないぞ」


少々厳しく龍亞へ問う遊星。「龍可はどうした」と、聞けば彼女は家で留守番しているらしい。
遊星は龍亞は居るのに龍可がいない事に驚いたのだ。まさか、こんな所を龍可のような小さな女の子が一人でいるのではと。

そして龍亞の友人、天兵はやっと龍亞に追い付く。ふと、遊星達の顔を見ると一歩足を引いてしまった。


「おい龍亞、あれマーカーだよな…?」

「だけどこれやってくれたんだよ?」


ひっそり耳打ちをする天兵に対し、龍亞は何も気遣い付けず自分の腕に付けているデュエルディスクを指差す。
遊星が直した甲斐があったのか、今はズレて直している様子はない。彼はかなり喜んだようだ。

姫兎は天兵が自分達のマーカーに怯えた事に気が付くと、軽くくすりと笑い遊星を指差した。


「大丈夫よ、このおにーさん見掛けはキッツーイ目付きしてるけど悪い人じゃないからね!」

「…お前が言うか」


フン、といった様子で姫兎とは反対の方へ視線を向けた遊星は、間髪入れず姫兎にそうツッコむ。すると「どーゆー意味よ!?」と怒りマークを飛ばしながら、姫兎が拳を握り突っ掛かった。
そんな2人のやり取りが愉快だったのか、天兵は思わず笑みを零した。ふと遊星の手元に視線を落とせば、彼が先程取り出して手に持ったままだったフォーチュンカップの招待状が目に入る。
驚いて小さく天兵が声を上げれば、龍亞も招待状の存在に気が付く。


「おぉーっ!遊星、これフォーチュンカップの招待状じゃん!出るの?」

「ああ」

「やったぁーっ!また遊星とデュエルできるぞー!」


大きく手を挙げ歓喜の声を上げる龍亞。デュエル以降、すっかり懐かれているようだ。


「ね、姫兎は?姫兎は!?姫兎もフォーチュンカップに出るの?」


途端、姫兎に飛び付いて顔を上げる龍亞は期待の眼差しキラキラで問い掛けてくる。理由は遊星に対してと同じだろう、前回姫兎とはデュエル出来なかったのだ。
そんな龍亞の期待に応えられないのが残念なのか、姫兎は苦笑して龍亞の頭に手を添えた。


「残念、私は出ないわ。応援席よ応援席」

「えーっ!?姫兎はきっと出ると思ったのにな…」


しゅん、と頭を下げてしまった龍亞。きっと彼の中では、既にフォーチュンカップで姫兎と初デュエル、というところまで行っていたのだろう。

姫兎はなんだか申し訳ない事をしてしまった気分になってしまう。どうしたものか、と小さく唸ると龍亞と同じ身長まで膝を曲げ、視線を合わせた。


「よし、龍亞!今度フォーチュンカップじゃないけど、私とデュエルしよっか!」

「えっいいの!?」


ころっ、と暗い表情から再びキラキラした瞳を上げた。切り替えの早い子だな、と姫兎は苦笑。


「勿論!売られたデュエルは買うわよ、全力で来なさい!」

「当然だよ!やったぁーっ!姫兎とデュエルだー!!」


後ろに一つで結った髪を揺らしながら、ぴょんぴょん跳ね回って喜ぶ龍亞を見て周りも姫兎も微笑む。
本当に純粋にデュエルが大好きな少年なんだ、と。


「っ!?」


途端、微笑んでいた姫兎の顔が突如歪んだ。と、思えば頭を押さえ込みその場にうずくまってしまった。


「姫兎!?」

「姫兎!どうした!?」

「あ、頭…いた…っ」


驚いた龍亞が跳ね回るのを止め、慌てて周りの遊星達同様姫兎の側に駆け寄る。
氷室が声をかけていると、後ろに立っていた遊星までが崩れ込んだ。


「ゆ、遊星!?」


気が付いた雑賀が声を上げる。
遊星は姫兎とは違い、右腕を押さえている。
姫兎の頭痛、そして自分の腕の焼け落ちるような痛み。前にもこんな事があった。


「《赤い竜》が…現れた時…」


ぽつり、と思考が口に出た遊星の呟いた声は誰にも届いていなかった。

まさにその時だった。


「うわあぁぁあっ!」

「魔女だーっ!!」


突然、デュエル上の方から助けを悲願するような叫び声が響いた。
ふらふらと立ち上がる遊星と姫兎。確かに今《魔女》と、逃げ惑う人々の中で叫んでいる人物がいた。


「ホントに出たんだ!どこどこ!?」


魔女という有り得ない単語で驚愕している遊星達とは違い、まるで出てくる事を期待していたかのように龍亞だけが辺りを見回し始める。

だがそんな事もつかの間。
突然自然では有り得ない刺があるかのような暴風が吹き荒れ、地面からは茨が突き出して来た。周りの建物が地鳴りで崩れ始める。
突然の自然現象では有り得ない。


「うわあぁっ!?」


地響きで揺れた瞬間、遊星達の足元へ茨が地を破壊するかのように生えて来た。驚いた龍亞が声を上げる。
だが、なんと茨は遊星達の目の前で弾けるように消滅していったのだ。


「…え?」


顔を腕で覆った龍亞が驚いて小さく声を漏らす。

だが、地震で小さな体の龍亞と天兵はバランスを崩してしまった。転がりそうになった時、近くにいた姫兎が龍亞の名を呼び手を伸ばした。二人は姫兎にしがみつき、は遊星とうまく着地。

そこから立ち上がった煙から見えた、赤い影。


「ドラゴン…!?」


すると今まで痛んでいた遊星の腕から、何かの模様を描くように赤く光り始めた。
まさか、遊星はすぐさま袖をめくった。


「…痣が…っ」

「あんちゃん…!?」

「遊星、それ!」


姫兎が龍亞と天兵を支えながらも、遊星の痣に気が付く。


「これがシグナーの印だよ、《竜の痣》なんだ」

「竜の…あざ?」


龍亞が姫兎にしがみついたまま、遊星の腕にある赤い《竜の痣》に釘付けとなる。
そして段々と薄れていく煙の中から、毒々しくも美しい薔薇のような花…否、ドラゴンが姿を現した。そのドラゴンの前に立つ、人影の姿。

ドラゴン、そのモンスターを見ると遊星の目の色が変わる。自分の《竜の痣》、そしてその痣が痛みだした時に現れたドラゴン。何か意味があるのでは、と。
遊星は腕を押さえつつ、その場を立ち上がりドラゴンの方へと走り出した。


「あ、ちょっと…遊星!?」


突然の行動に姫兎は慌てて遊星へ着いていく。気が付いた雑賀達も、姫兎の後を追い掛けた。
遊星の後ろで立ち止まる姫兎は、目の前の人影を目を細めて確認する。

人間だ、恐らく女性。


「あれが…魔女?」


ふ、と姫兎が魔女と思われる人影に近寄ろうとした。
だが、黙って遊星が彼女の前に制止の意味で軽く手を挙げる。気が付いた姫兎は反射的に足を止めてしまった。


「《黒薔薇の魔女》…本当にいたんだな…」


雑賀が信じられないと言わんばかりにぽつりと呟く。

煙が晴れ、見えてくる人影はフードを被り、僅かに流れる赤く長い髪が風に流れていた。そして仮面を付け顔を覆い、長いローブを身に纏っている。まるで全てを覆い隠しているかのようだった。
彼女がこの近辺にいる、《黒薔薇の魔女》なのだろうか。


「……!」


途端、魔女が遊星の露になっているさらけ出されている《竜の痣》を見て何かの反応を示した。


「お前も…!」


小さく魔女が零した言葉を、遊星は確かに聞き取った。
なにがだろうか、遊星が魔女に近寄ろうと足を踏み出そうとした。


「…忌むべき印だっ!」


魔女はローブを翻し、目の前のカードへと手を振り上げた。
するとカードから飛び出したのはソリッドビジョンではなく、まるで現実化したカードの効果発動だった。

目くらましのように光りの柱が空へ突き刺さり、強烈な突風と閃光が遊星達の視界を奪う。


「…!?」


だが、ふと目を開ければ既にその場所に黒薔薇の魔女の姿は無かった。


薔薇の花びらが一枚散り落ちて。






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