TURN-16>>
フォーチュンカップ序幕!現れたキング

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あの後遊星と姫兎は全てを雑賀に話し、その協力でフォーチュンカップまで居座る部屋を貸してもらう事が出来た。最低限の家具もあり『D・ホイール』の整備も出来る、ほんの少しの間生活するには十分。

遊星は数日後のフォーチュンカップに備え、『D・ホイール』の整備を行っていた。
が、その隣に姫兎の姿はない。


「………」


遊星はふと、『D・ホイール』の整備に使うパソコンから目を離し、上の部屋に繋がる階段の方へと顔を向けた。
そしてそのまま無言で椅子から立ち上がると、階段の方へ足を進める。そこを覗けば、暗い階段の真ん中辺りで壁に寄り掛かり、何か手に持ったものを切なそうに見つめている姫兎の姿があった。

それは、昨日イエーガーが渡して来た、ラリー達サテライトの仲間が写っている写真。


「………みんな…」


写真を両手で覆うように、それを額に当てがう姫兎。ふと姫兎が零したその一言だけで、遊星は胸が痛んだ。

今にも泣き出しそうな姫兎の表情。仲間達の安否を考えるだけで、自ら胸を痛め付けている姫兎の姿は女の子だ。普段の気強い姫兎は、自分の弱いところを見せたくないとする姫兎なりの姿。

だからこそ、本当は脆い。


「…姫兎」

「う、うわっ!」


遊星が小さく名を呼べば、姫兎は慌てて手を振ると写真を背に隠して遊星の方へ振り向いた。


「び、びっくりした!いきなり声掛けないでよ、『D・ホイール』のメンテナンスしてたんじゃなかったの!?」

「ああ…」


今まで落ち込んでいた姿を隠している事など、遊星には筒抜け。姫兎はわざと焦らすように階段を数段下り、遊星に近寄った。

そして何かを決心したかのような表情に変わる。遊星は姫兎の変化に、不思議そうな顔をした。


「遊星…やっぱりフォーチュンカップに出るなんてやめて」

「え…」

「ラリー達なら私が今からサテライトに戻るわ!そして何とかする!!もう…危険な真似はやめて」


傷付かないで。

遊星はその一言に目を見開いた。
私に出来る事ならしたい。遊星だけを敵陣同然な場所へ放り込んで、私だけ高見の見物なんて出来ない。
相手は収容所の時に遊星の痣を見付ける為だけに、躊躇無く電流を流したり遊星がボロボロになっても何とも思っていなかった。そんな奴らの元に遊星がいくなんて、彼を殺す事と同じ選択だ。


「だから―――…きゃっ!!」

「!!」


熱が入ってしまい足元の注意を疎かにしてしまった姫兎は、僅かに段差から足を踏み外してしまった。
そのまま体のバランスを踏み外し下へと、遊星の方へ投げ出される。


ドサッ!!

即座、遊星は倒れかけた姫兎を空中でキャッチし、結果遊星が下敷きとなったが姫兎は遊星の胸板に落下。姫兎は気が付き、赤面しながら慌てて遊星から離れようとした。


「ご、ごごごめん遊星っ!!」

「……」


体は離れなかった。
…否、離れる事が出来なかった。


「ゆう、せい…?」


抱きしめられている。遊星の腕は今、姫兎の背中に回されていた。遊星は離れようとと倒れた体を持ち上げようとした姫兎の背に手を回し、自分の方に寄せたのだ。


「…ありがとう」

「え、遊星…」

「オレは迷惑ばかりかけていた、巻き込んだ。だがお前は…ついて来てくれた。それだけで…オレは十分だ」


ありがとう。

繰り返すようにもう一度呟き遊星はふわりと微笑んだ。
予想外な遊星の感謝の言葉。一度姫兎は驚いて言葉が詰まったが、すぐに迷惑なんか無い、そんな事無いと言うかのように大きく首を振った。
そして姫兎は遊星の胸に埋まっている顔を上げ、彼と顔を向き合わせる。お互いにしっかり顔を見合わせて。

そのままゆっくり、遊星から近付いていく。
合わさるまで、後数センチ―――…。




「お取り込み中悪いがっ」

「っ!」

「うわっ!?」


ギリギリの所で、2人の顔の隙間から雑賀が顔を覗かせた。
突然にょきっと生えてくるように下から顔を出して来たので、驚愕した姫兎は慌てて遊星から顔を離す。流石の遊星も、少しばかり驚いたようで目を見開いて雑賀の方を向いていた。


「お前らは静かになったと思えば…、イチャつくなら他所でやれ他所で」

「い、いちゃつくって…!」


雑賀がさらりと口にした言葉を真に受け、かあぁっと顔を赤く染める姫兎。呆れ半分の雑賀は二人から離れると、「若いって良いな」等と呟く。
だが後少し、というところで邪魔をされた遊星は少々不機嫌そうに顔を歪めていた。


「治安維持局に目を付けられてるのは、『D・ホイール』の為だけじゃないな?」

「ああ」


その後、やっといつもの雰囲気に戻ったところで、『D・ホイール』のメンテナンスを始めた遊星に雑賀がそう問い掛けた。

雑賀にはここまで、というくらい世話になっている。今の現状を話さない理由はない。
彼は遊星がサテライトから不法侵入して来たからとはいえ、収容所にしろフォーチュンカップの招待状にしろ、やたらと遊星に付き纏う理由を知りたがっている。
遊星はパソコンを叩く手を止め、自分のジャケットからひとつの封筒を取り出し無言で雑賀に差し出した。気が付いた雑賀は何も言わず、その封筒を受け取り中を開ける。中から出て着たのは4人の青少年が写る1枚の写真。


「お前らの仲間か?」


遊星は「サテライトのな」と、付け足した。


「オレがフォーチュンカップに出なければ、そいつらが危険な目に遭う」

「!そりゃ脅迫じゃないかっ!!」


今まで壁に寄り掛かり下を向いていた姫兎が、雑賀の叫び声に顔を上げた。
雑賀の一言に、姫兎は同意だ。仲間の安否をちらつかせて、遊星にフォーチュンカップヘの参加を強いた。
これは脅し…脅迫になるはず。

街の治安を守る治安維持局が、ひとりの人間相手に他の人間の命を危機に陥れようとする等。サテライトの人間だから、良いのだと言いたいのだろうか。
雑賀は暫く写真を見つめる。静まった部屋に雑賀の一言が響いた。


「写真(コレ)、借りていいか?」

「え?良いけど…何に使うの?」


ふと姫兎が雑賀に問い掛ける。遊星も姫兎と同じ事を聞きたいようすで顔を上げていた。
と、何かの作業に入るのか、雑賀は背中を向け部屋の出入口の方へと足を進めた。


「この連中、今どうしてるか調べてやる」

「サテライトに繋がりがあるのか」


当たり前のように言い放った雑賀に遊星が問う。
原則、サテライトからシティーへ入る事が違反であるように、シティーからサテライトへ行く事も安易に許されている事ではない。当然、通信等と云った物も繋がっている訳も無く、完全に遮断状態と言って良い二カ所。
どう、ラリー達の安否を調べるのだろうか。

不思議そうに、遊星と姫兎が雑賀を見つめると得意げに笑っていた。


「俺はなんでも屋だぜ?それに…これはお前達の《絆》だろ?」

「…!」


姫兎は目を見開いた。

雑賀は遊星達と出会う前、ライディングデュエルの事故で親友との縁を失ってしまった。そしてそのトラウマで、遊星の語る《絆》を信じようとはしなかった。友人との、仲間との絆など今は繋がっていると信じていてもいずれか小さなきっかけで簡単に切れてしまう。雑賀はそう自分に刻み込んでしまった。

だが、今の言葉。

遊星と姫兎は最後まで仲間との《絆》である『D・ホイール』を、止める雑賀の言葉も聞かず奪い返しにいった。あのセキュリティを敵に回してまで。最初雑賀は笑った。たかが絆というまやかしに自身を危険に曝す等、馬鹿らしいと。
しかし、遊星と姫兎は奪い返して見せた。あのセキュリティに打ち勝ち、『D・ホイール』とデッキを今自らの手元に舞い戻らせた。
雑賀はこの二人に興味が湧いたと同時に、もう一度《絆》を信じてみようと考えを変えたのだ。


「でもっ…ラリー達は私が!」

「姫兎、お前は最後まで遊星の側にいろよ。安心しろこれも仕事だ、それに…」


雑賀は間を置いた。


「フォーチュンカップで遊星を支えられんのは、お前だけだろ?」


姫兎は雑賀を止めようと進めた足を止められた。雑賀の言葉に戸惑う姫兎、不安なのだろう。
雑賀はフ、と笑うと姫兎の肩を軽く2、3回叩いた。


「自信持てよ」


そう言い残して。






「…気が進まないわ」

「フォーチュンカップか」


こくり、と頷く姫兎。

自分が出る訳ではない。だが、遊星があの治安維持局が主催しているというフォーチュンカップに出るなんて、しかもあちらからわざわざ招待して来たのがまだ引っ掛かっている。


「遊星」

「なんだ」

「最後まで…一緒に居ていい?」


いきなりの姫兎らしくない一言に、遊星は『D・ホイール』をメンテナンスする手を止めた。
普段の姫兎ならこんな事言わず「一緒に行くからね!!」とか「危ないんだから!」とか、散々自己主張で騒ぐところなのだが。しかも姫兎の顔が少々赤い。
遊星は首を傾げた。


「どうした、いきなり」

「…え、なんとゆーか…。良く分からないけど!ほ、ほらいつも当たり前に一緒にいたから、たまには…なーんて…、べべべっ別に深い意味はないわよ!?」


感情と思考が高ぶっているのか何だか、言いたい事があまりまとまっていない。

自分の遊星に対する感情が、昔ジャック達と交ざり気安く接していた時と訳が違った。今は、ただ側に居たい。彼が傷付くなら、それを護りたい。それだけだった。
仲間を助けたい、と遊星を助けたいという感覚が何か違ったのだ。口にするのは簡単でも、心に感じる違和感。


「遊、星」

「なんだ?」

「…だから…、私…」


『D・ホイール』に手を置き、こちらを見てくる夜空の紺碧色をした瞳をしっかり見つめる。
唇を噛み締め、姫兎は最後の一言を放とうと口を開いた。




「お客さんだーっ」


がくっ、と一気に緊張感が抜けマヌケな顔になった姫兎の肩が下がった。
再び雑賀が後ろに誰かを連れ、部屋に入って来たのだ。
なんの予告無く、部屋に数人がガヤガヤと空気をぶち壊して入ってくるものだから、姫兎も今まで真面目に遊星に言おうとした言葉が急に恥ずかしくなる。


「やっほー矢薙のじいさんだよー!」


ひょこっ、と赤面している姫兎と遊星の間から顔を出したのは、なんと収容所で出会った矢薙だった。驚いて雑賀の方を向けば、後ろには同じく収容所で闘ったあの氷室までもが居た。

雑賀の言う二人に会いに来たお客さんとは、矢薙と氷室だったようだ。


「矢薙のおじいさん…それに氷室!どうして此処に」

「お嬢ちゃん達のお陰で出れたんだよ」


矢薙が嬉しそうに答える。

どうやら収容所を管理する治安維持局側は、所長鷹栖の件で支離滅裂に振る舞いすぎ氷室と氷室が暴力を受けた事。そして、姫兎が鷹栖から受けた反則デュエルに勝った計らいで、長官は半年の強制労働を無しに釈放してくれたという。


「いやぁ〜、持つべき友は強いデュエリストってこったねぇー」

「感謝するぜ」

「私は…自分のしたい事をしたまでだから、感謝なんていらないわよ。それより二人が元気そうで良かったわ」


答えた姫兎は優しく笑う。

また再びで会えたのだ、やはり一度結ばれた絆はそう簡単には解けない。収容所から、外に出ても会えたのだから。
ふと、氷室の視線は二人の『D・ホイール』に移った。


「雑賀から聞いたぞ。セキュリティから取り戻してくるなんて…、たいした奴らだぜ」

「まあね、あんな奴らに簡単に渡していられる代物じゃないもの」

「ははは、そうか!どんな逆境もカードで切り開いていくんだからな、…お前らは最高のデュエリストだよ」


真面目にそう氷室が言えば、褒められた姫兎は小さく照れ臭そうに微笑んだ。デュエリストとして、デュエリストから敬意を表されなにより一番の褒め言葉だ。

その後、氷室に本当のデッキでデュエルをしようと申し込まれ、一度デュエルをした遊星が受ける事になった。当然、快く引き受けた。
収容所でたった一度だけ闘っている所を見ただけのデッキを使い、収容所最強だった氷室に勝った遊星。絆と表し、収容者達から借り受けたタクティクスの無い寄せ集めとなったデッキで、反則をしていた鷹栖に勝った姫兎。ならば二人の実力が相当なものだと、話を聞けば誰もが思うだろう。本来の自分のデッキを使えば、どれだけ本当に強い力を見る事が出来るか…デュエリストなら戦いたいのも当然だろう。

そして場所はデュエルを出来るほどの広さのある、近くの空き地。


「全く…不思議な奴らだよ、お前達は」

「え?」


デュエルに身構える遊星と氷室を観戦しようと、空き地の隅に立つ姫兎の隣の雑賀が突然そんな言葉を漏らした。
姫兎が不思議そうに雑賀を見上げると、雑賀は視線を遊星達に向けたまま笑みを見せていた。


「あの捩くれた氷室がこうも慕うなんて、怱々あるもんじゃないぜ?」

「それって…どういう事?」

「見りゃー分かるさ、お前らに対するじいさん達からの信頼っぷり」


ま、この俺もだけどな。

そう付け足した雑賀は苦笑するように、それでもやはり自分がこれほどまで遊星と姫兎を信頼できるのかと。二人に引き寄せられる、この魅力は確かなものだと、そう感じていた。

その時だった。


「「!」」


突如、遊星と氷室がデュエルを始めようとした途端、何処からか『D・ホイール』独特のエンジン音が響いた。間違いなく音はこの空き地の近くで、しかもこちらに向かっている。
そして現れた『D・ホイール』を見て、遊星と姫兎、氷室達までもが驚愕した。


「…ジャック…!?」


有り得ない人物だった。

遊星の側に『D・ホイール』を止め、ヘルメットを外して現れた閃光を放つダークアメジストの瞳。それは間違いなくジャック本人。
気になった姫兎は遊星の元へ駆け寄った。

ジャックは以前闘い、久々に会った氷室の言葉に耳も貸さずに『D・ホイール』から降り遊星の元に歩み寄った。そして、視線はまず姫兎に向けられる。


「元気そうだな、姫兎」

「やっぱりジャック!アンタなんでこんな所に―――…!」

「何の用だ」


姫兎の言葉は遊星が止めた。
話をしようとジャックの元へ歩もうとした姫兎を、遊星はジャックに視線を向けたまま腕を出し制止させる。

ジャックはその様子に特に何も問い詰めず、無言で懐から1枚のカードを取り出した。
そこに描かれている、まるで遊星を象徴したかのようなスカイブルーに輝く、星屑の竜…『スターダスト・ドラゴン』。


「フォーチュンカップに出るそうだな」

「何故知っている」


「そんな事はどうでもいい、こいつを返しに来た」


まさか、と姫兎は目を見開いた。

その為だけに、キングともあろう人物がこんなシティーの裏側に来たというのか。


「スターダストは遊星、お前が使ってこそ意味を成す」

「…ラリー達を売ったのは、お前か」


なに?と、ジャックは表情を変えた。

遊星はジャックが自分と闘わせる為、ラリー達の存在をゴドウィン達に流し自分にフォーチュンカップの招待状を用いて脅しを掛けて来たのでは、とひとつ推測を立てた。だから、わざわざこんな所まで来て『スターダスト・ドラゴン』を持ってきたのだろうか。
だが、ジャックのそぶりを見る限りそうではないらしい。

ジャックの様子を伺うと、遊星は雑賀から一端返してもらったラリー達の写真を取り出した。


「この写真は、治安維持局を名乗る男が俺に渡してきたものだ」

「……」

「オレがフォーチュンカップに出なければ、ラリー達に危害が及ぶ。オレが出るのは…汚い治安維持局と闘う為だ」


黙って遊星の話を聞くジャック。
遊星は自分の意思で出るのではない、そうジャックに言いたかったのだろうか。

否、ジャックがラリー達を売っていないと完全否定できる訳でない。二年前と…変わっていないのなら。
だがジャックはフォーチュンカップで遊星と闘う、という気持ちは崩れていないならしい。スターダストのカードを遊星に向け投げた。それを今度は返さず、受け取る遊星。

ふと、遊星は受け取ったスターダストのカードに違和感があった。少しカードにしては厚みがある…、そう感じスターダストのカードをよく見るともう1枚カードが重なっていた。


「…!」

「その二体が肩を寄せ飛ぶのがあるべき姿と言ったな…?いいだろう、ならばその二体で俺の元に来い。俺は此処に来た、次はお前だ」


そう、スターダストと重なっていたカードは…なんと姫兎の『フルムーン・ドラゴン』。

確かに遊星はあの夜、ジャックと闘った時に二体の在るべき姿を見せた。それを、ジャックはしっかりと聞き入れていた。
彼も知っているはず。何故なら、あの灰色の空に初めて二体で飛んだ竜の姿をジャックも見ていたのだから。


「そのカードを持たず姫兎に返すのも自由だ、好きにするがいい。…いずれかは姫兎、俺はカードではなくお前自身と闘う」


と、ジャックは姫兎の側に歩み寄り、何をするかと思えば姫兎の目の前で膝を付く。
そして、姫兎の掌を取り…その甲に唇を落とした。


「!?」

「〜〜っ!?ジャッ、ジャック!!」

「また必ず会おう、姫兎」


まるでその姿は王(キング)ではなく、一国の姫君に最後まで忠誠を誓うと語った、姫を護る騎士(ナイト)の姿。

ジャックは名残惜しそうに姫兎の側から離れ、割入って来た遊星に勝ち誇った笑みを見せた。そして自らの『D・ホイール』の元へと戻っていく。と、その途中でジャックはもう一度口を開いた。


「ひとつ言っておこう」

「「…!」」

「あの日見た《赤き竜》は、始まりに過ぎない…」


その一言だけを残し、ジャックは『D・ホイール』に跨がり再び元来た道へと戻っていった。






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