TURN-03>>
仲間たちとの絆を抱いて
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現在、姫兎はラリーの隣で彼と同じくパイプラインの闇の奥を見つめている。ラリーの片手にはパイプラインの先の誰かに見せるように、ストップウォッチが握られていた。
ただ今、遊星の『D・ホイール』スピード計測中。
そして次の計測の為に姫兎は片手にヘルメットを持ち、すぐに出発出来る位置に『D・ホイール』が置かれている。
「お、帰って来た」
「…あ!ホントだ!」
確かに、姫兎の言う通りパイプラインの先の先からバイクから発する特種な電波音が聞こえて来た。
ラリーはもう一度、しっかりストップウォッチのスイッチを確認。
「「わっ!」」
そしてパイプライン先を見直す間もなく、遊星の乗る『D・ホイール』が物凄い風圧を発し、その風に吹き飛ばされそうな2人の前を横切った。
すぐにスピードは止められず、遊星は暫くパイプライン先を進んだ。
「危なっ…!ったく、ラリー、タイムは?」
「えーっと…あ、凄いよ!今までで最高のタイムだ!」
嬉しそうに姫兎に向かってストップウォッチを見せる。
身長差の為、姫兎は必然的に膝を軽く折り、手を上に伸ばして見せてくるラリーのストップウォッチを覗く。
「お、凄いじゃない!ちぇーっ、私も置いてかれないように頑張らないと!」
「うん!頑張れラビ姉!」
遊星の元へと歩きながら次タイムを計ってもらう為、姫兎は『D・ホイール』を押し始める。
そして遊星はアイシールドを外し、ラリーの持つストップウォッチを覗く。
「よし!ラリー、次タイム良い?」
「待て」
姫兎が『D・ホイール』をパイプラインに下ろそうとした時、遊星が姫兎の手首を掴んだ。そのまま無言でこちらへ来い、と言うように遊星は自身の『D・ホイール』の方へと姫兎を引っ張る。
「ちょ、っと遊星!私タイム計ってもらうんだけど!?」
「ラリー、少し出掛けてくる。留守は任せた」
「無視するなぁぁぁあっ!!」
手を掴まれながら騒ぐ姫兎、そして掴んでる張本人遊星はしっかり無視する。
ラリーは2人の会話に肩を落としながらも、遊星に返事するように小さく頷いた。
「乗れ」
「は!?無理無茶!『D・ホイール』はひとり乗りでしょ!?」
「いいから」
遊星は自分の『D・ホイール』に再び跨がると、当たり前のように自分の後ろ指差す。
驚愕しながらも遊星に引っ張られるものだから、姫兎は仕方なく狭い遊星の後ろへと乗り込んだ。さすがに危ないので、姫兎はメットをしっかり被る。
狭さ故、姫兎は遊星の背中に密着状態。
「しっかり掴まってろ、振り落とされるぞ」
「わ、分かってるわよ…」
遊星は掴んでいる姫兎の片手を自分の腰へと回し、姫兎自身も遠慮がちながら落とされないよう遊星にしがみつく。
そして姫兎が掴まったのを確認すると、遊星は一気にエンジンをかけその場を走り去った。
「…何だろう、遊星?」
首を傾げて疑問を持つラリーを残し、遊星と姫兎はパイプラインの先へと消えていった。
「……」
「……」
実に気まずい展開。
今2人に聞こえるのは『D・ホイール』がパイプラインを駆ける音のみ。今の所特に会話を交わす事なく、ただパイプラインを突き進んでいた。
「ゆ、ゆうせ」
「悪かった」
え?と、姫兎は小さな声を漏らした。
何故珍しく『D・ホイール』に2人で乗るなんて事を言うんだろう、その理由を聞こうと声をかけた途端遊星が割入ってきた。
遊星の表情が見たい、と顔を乗り出そうとするがヘルメットも被っているし、そもそも狭い場所に二人乗りでむやみに動いたら落ちてしまう。
姫兎は顔を前に出すだけで動きを止めた。
「昨日の夜の事」
「あ…、い、良いわよもう!」
「嘘つくな、あれだけ怒ってたくせに」
う、と姫兎は言葉を詰まらせる。
でも、あれは遊星が辛さを隠して怒ったのもあるが、殆どは自分が遊星に頼ってもらえない器じゃなくて…。
悔しくて、自分に腹がたっていたのだ。
だから、遊星が謝ることなんかじゃない。
「…私が、つまんない意地張ったからいけないの」
「…姫兎、オレは昨日言っただろ。もう、オレは姫兎に護られたりはしない、オレが姫兎を護る、姫兎がオレに頼れ」
「遊星…」
男が女に護られてたまるか。それが…自分の大切な人なら、尚更だ。
遊星はただパイプラインの先を真っすぐ見つめながら、そう心の中で呟いた。そんな時眉を下げていた姫兎は、真剣な眼差しをパイプラインの先に向けながらふと口を開いた。
「私だって遊星やみんなを護りたい。女だからとか関係ない。…仲間を護りたいもの!」
「…闘うのはいい、仲間を護るのもいい、それが姫兎だからな。だが姫兎は…素直にオレに護られてろ」
「…!」
遊星が躊躇なく言うものだから、姫兎の顔が一気に真っ赤になる。
そんな恥ずかしい事、なんでサラっと言えるのよ!なんて思ったりもするは。
だが、実は遊星も赤いヘルメットで隠されていたが十分頬を赤めていた。
でも本気で言っている。
「……ありがと」
姫兎はそう呟くとぎゅっと遊星の腰に回している腕の力を強め、頬を遊星の背に付けてそっと瞳を閉じた。
最初は姫兎の仕種に、胸の高鳴りを感じた遊星。だが、間近に姫兎の感覚を感じて小さく笑みを零す。
「…そうやって、頼れ。オレが必ず護るから」
遊星がそっと呟いたこの言葉は、姫兎に届けるつもりはなかった。
ただ、自分に対しての誓い。
「…あっ、ラビ姉凄い凄いよ!遊星と同じタイムだよ!」
「え、ホント!?」
その後ラリーの待つ隠れ家に戻った遊星と姫兎。
そして今先ほど遊星が行っていたように、姫兎が『D・ホイール』でのパイプライン突破のタイムを計っていた。
「これなら2人共、パイプラインの突破楽勝だね!」
「ああ」
「そうね、これならやれそうだわ!」
ラリーの隣に立つ遊星は、彼の自信満々な問いにしっかり頷く。
そしてメットを外しながら、姫兎もラリーと同じような自信を見せる。
「とうとう今夜だね…」
姫兎は力強く頷いた。
そう、今日の深夜は遊星と姫兎はサテライトを発つ日。
仲間たちの夢の為、そして己自身の為に。
2人を待っている、あの竜たちを取り戻すためだ。
「付き合ってくれてありがとラリー!私は整備に戻るわね」
「うん!」
姫兎は『D・ホイール』をガレージへと押しながら、ストップウォッチを片付けるラリーにお礼を言う。
そして姫兎はいつも通りパソコンコードに『D・ホイール』を接続し、メンテナンスを開始し始めた。そんな姫兎の姿を見るラリーの隣に、『D・ホイール』を押す遊星が立つ。
「ねえ遊星、さっきラビ姉連れてどこ行ってたの?」
「気にするな」
「えーっ…」
自分の隣に立った遊星を見上げながら、楽しそうにそう問い掛けるラリー。だが目を伏せて簡単に済まされて『D・ホイール』のメンテナンスに戻ってしまったので、思わずラリーの口から残念そうな声が漏れた。
遊星は強引なトコあるけど照れ屋なんだから、ラリーはふて腐れるように口を尖らせた。
そんな時、入口からガタガタと人が入って来るような音が聞こえ、姫兎の目はパソコンから離れた。
「お、おーっす…」
「あ、みんな仕事終わったの…ってどうしたのその顔!?」
入って来たのはナーヴたち。
姫兎が3人を見て驚いたのも無理はない。3人の顔は痣だらけ傷だらけ、誰かに殴られたような痕がたくさんあったのだ。
「悪ィラビット、救急箱貸してくれ」
「あー私がやるわ!3人ともそこ座って!」
姫兎はガレージにあるベンチを指差す。このベンチは横幅広いので、3人なら余裕で座る事が出来る。
ナーヴ達は姫兎に言われると、そのまま素直にベンチに腰を下ろした。
「おれも手伝うよ!はい、救急箱」
「ありがと!」
ラリーは3人を見ると工具等が並んでいる棚から手早く救急箱を取り出し、姫兎の元へと持って行った。
救急箱を受け取った姫兎は、中から消毒液や絆創膏を取り出す。そのままラリーも手当に加わった。
「酷いわね…一体誰にやられたのコレ?」
「瓜生ってやつだ、痛ててェ…」
「派手にやられたね」
姫兎がナーヴの傷を見ながら、怒ったような表情へと変わる。
ここまでやるか、というくらいに殴られたようで3人の顔の青くなった痣が痛々しい。
「あの瓜生って野郎、シティーで事件起こして、最近こっち送りになったらしいな」
ナーヴの言う町シティーとは、上層部ネオ童実野シティーの事だ。
ネオ童実野シティーの住民が騒動を起こしたりすると、下層部であるココ(サテライト)に送られてくるのもしばしばある。
「なに、その瓜生ってヤツ、シティーから来たの?」
「ああ、二言目には『シティー出身だ』って自慢して、サテライト住民に絡んでるらしい」
「あいつ…俺たちとは違うって言いたいだけさ」
「なによ、結局今はサテライト住まいのクセに」
よし終わりっ、と姫兎は貼り終わったガーゼの上からナーヴの頬を軽く叩く。勿論殴られた位置だ、軽くても叩かれたら痛いに決まっている。ナーヴは小さく悲鳴を上げた。
「いいわよ、瓜生ってヤツ次来てみなさい!このヘルメットで殴り掛かってあげるわ」
「いや、ヘルメットはマズイだろ」
姫兎は自分のヘルメットを抱えて目を光らせる。しかもヘルメットまで電灯の光が辺り、何やら怪しく光っていて正直ナーヴたちも冷や汗をかいた。
手当てを終え姫兎が救急箱を片付けている途中、タカが『D・ホイール』を整備している遊星の方へふと顔を上げた。
「なあ遊星、そっちの調子は?」
「すっごい順調だよ!
2人とも、今日は最高のタイムが出たんだ!」
「へえ、やるじゃないか」
タカの問いに答えたのは、嬉しそうに胸を踊らせているラリー。
2人のパイプライン突破をたったひとり反対せず、ただ応援しているラリー。遊星と姫兎の新記録はラリーにとっても嬉しい事だ。
「ラリーのおかげさ」
整備している『D・ホイール』から目を離し、ラリーの方を見て言う遊星。
そんな遊星を見てラリーは表情をさらに明るくした。
「おれだって、遊星にお礼を言わなきゃ!あれからセキュリティーが追っ掛けてこないんだよ!遊星、おれ約束する!もう絶対、盗みはやらないよ!」
遊星は表情を変えていないが、中では安心したような、そんな様子を見せ無言で頷いた。
そしてラリーの言葉に驚いたのはブリッツ達だ。
「へぇ、セキュリティーにも話の分かるヤツがいるんだな」
「デュエリストなら、勝負の結果を守るのは当然だろ」
「まあ…セキュリティーでも、デュエリストはデュエリストって事かしらね」
「ヤツをデュエリストとは呼べないな」
つんとしたように姫兎の言葉に重ねるように遊星がそう言い放つと、全員の目線が一気に彼に集中した。
「ただ、権力の犬の割には自分の負けは認めるらしい」
「…ふぅん。ま、潔いだけって事」
「まあな、カードを雑魚呼ばわりするヤツが良いデュエリストなわけはない」
はぁっ、と残念そうな息を吐いた姫兎に繋げるように遊星が続けた。
セキュリティーは自分たちが権力を持つ、それ故サテライトの住民たちの事は雑用扱いとしか見ていない。世界は権力で動き、地位の低いものは自分たちの権力に従わせる、そんな連中だ。
だから遊星も姫兎も、勿論ナーヴたちだってセキュリティーを良い目で見たりはしない。
その日の夕暮れ近く。
もう日は遠くの海の方へと沈み始め、空は赤と黄のカーテンをかけていた。
「姫兎、今軽く寝ておけ、出るのは真夜中なんだ」
「平気平気!遊星こそ、寝といた方がいいわよ」
「オレは平気だ」
2人はお互いの『D・ホイール』をメンテナンスし合い、ミスや問題が無いか最終チェックをしていた。
カタカタとガレージに響くパソコンを叩く音、これは遊星が出している音だ。ナーヴたちが一端出て行っても、遊星も姫兎も今日出発の為に何度も『D・ホイール』を見直している。ただ、姫兎は『D・ホイール』の整備全てを行えるわけではない。
普段よくあるショート等なら簡単だが、しっかりした整備は遊星に任せる他なく、姫兎は遊星の助手のような仕事をしている。
「遊星ー!ラビ姉ーっ!」
そんな時、入口の方からラリーの声が響いてきた。
パタパタと駆けて来たラリーの後ろには、ナーヴたちが続いていた。
「あれ、ラリーにみんな」
「差し入れ、持ってきたよ!」
はい!と、ラリーは持っていたお皿に乗っているおにぎりを姫兎に手渡しした。
そのおにぎりは大きかったり丸かったり形が個性豊か。どうやらナーヴやラリーたちが作ってくれたようだ。
「わぁー有難う!ちょうどお腹空いてたの!」
「だと思ってさ」
ラリーからおにぎりを受け取り、照れ臭そうにお腹を押さえる姫兎。
そんな姫兎を見てブリッツとタカが続く。
「遊星、差し入れ貰ったから休憩しよう」
「…そうだな」
遊星も椅子から腰を上げ、ラリーが嬉しそうに差し出して来たおにぎりを受け取り、そのまま頬張り始めた。姫兎はおにぎり2個目に突入している。
美味しそうに食べている2人を見て、何と無くとナーヴたちもおにぎりに手を出し始めた。
もう夕暮れ、一般でいう夕食の時間になっている、当然お腹だって空いてくるだろう。
「ジャック、どんな顔するかなぁ?」
「…ジャックとデュエルするの?」
タカの言葉に続くように、不安そうにラリーが遠慮がちに問い掛けた。
すると姫兎は指についたご飯粒を口で取りながら、ラリーやタカに目線を合わせる事なく口を開いた。
「…あのカードは、デュエルで返してもらうつもりだからね」
「ああ、カードを返してもらう…それだけだ」
いつの間にかおにぎりを食べ終えた遊星が、パソコンを打ちつつ真剣な眼差しで姫兎に続いた。
器用な遊星、おにぎりを食べていながらも指や口にご飯粒ひとつもついていない。
「あれは、みんなのカードだ」
遊星の一言にみんなが顔を上げる。
みんなのカード、遊星と姫兎が所持していたカードでも、あれは仲間たちの夢を乗せていた。
所持者は遊星と姫兎であっても、たったひとりの物ではないのだ。
「そうだな…。みんな、あのドラゴンたちに会いたかったんだよな」
「遊星がシティーにハッキングして見せてくれたライディング・デュエル!ぶったまげたよなぁ!シティーにはデュエルディスクの発展系、『D・ホイール』ってヤツまであるのかってさ!」
「遊星とラビ姉が2人で一緒に1台の『D・ホイール』を作った時には、みんな感動したよね!」
2年以上も前の昔の話。
サテライトは普通、シティーとは環境が違い、テレビ等は繋がっていない。そんな時に遊星がパソコンを使い、シティーからハッキングして今のようにココだけテレビを写させることが出来る。
そして、『D・ホイール』を使うライディング・デュエル。
デュエリストが『D・ホイール』に乗り、闘うモンスターたちを見て感動した。そんな仲間たちの為、遊星と姫兎はデュエルディスクを解体したりしながら始めて『D・ホイール』を完成させたのだ。
あの時は1台だけで、乗り手は遊星だった。
「私は手伝っただけ、作ったのは遊星よ」
「いや、姫兎がいなければ、あの『D・ホイール』は完成しなかった」
フ、とパソコンから目を離し姫兎を見上げる遊星。
パソコンを見るように遊星の周りに集まったナーヴたちも、遊星に同意するように頷いた。
「あのドラゴンたちが飛んだ時、俺ゾクゾクしたもんなー!」
「おれたちの夢が叶ったんだよね!」
ゴミ溜めのようなこのサテライトに、夜を照らす星と月のような2体の竜が輝きながら空を飛んだあの日。仲間たちが歓声を上げ、世界は一瞬にして変わったようだった。
だがそれは…、あるひとりの人物により、一瞬にして断ち切られてしまった。
「たださ、ジャックはもうあの時遊星達の『D・ホイール』とカードを盗むつもりだったんだよな…」
「……」
そう、その仲間とはジャック。
ジャックは当初、遊星と姫兎の友でありこのサテライトの…みんなの仲間だった。それはみんなが知っている事。
だからこそ、この闘いは避けられないものとなってしまったのだ。
「でも、今度の『D・ホイール』だって凄いよ!遊星もラビ姉もあのパイプライン、2分で抜けられるんだ!」
「2人ともたった2分!?ホントか!」
歓喜の声を上げるタカ。ラリーの嬉しそうな声に、ナーヴたちもなんだかんだと言いながらも期待の輝きを見せていた。
「シュミレーションした」
すると遊星が周りの仲間たちに見えるよう、パソコンから頭を軽く離した。
その動きを見て全員がパソコンへと目を写す。
「お前、またハッキングしたのか?」
「保安局のセキュリティーは緩いからな」
呆れている、あるいは感心しているようなナーヴに問い掛けられると、遊星は再びキーボードを叩き始めた。すると画面に筒状の、遊星や姫兎が今まで『D・ホイール』駆けていたパイプラインのようなものが映し出される。
これが、今回遊星と姫兎がシティーへと行くための唯一の道となる。遊星は画面に映し出されたパイプラインを指で叩きながら説明を始める。
ちなみにこのパイプラインは、シティーから工場へとゴミを排出している道。普段は人なんて通るはずもない場所だ。
「月に一度、午前0時にパイプラインは操業停止…内部のメンテナンスをする。自動制御でメンテナンスが終わり、またゴミが流れ出すまで3分、それまでにこのメンテナンスハッチに飛び込めば…外に出られる」
パソコン画面のパイプラインの左下の端にある、小さな入口のような場所を指で叩きながら説明をする。
全員が納得したような、あるいはなにか言いたげな表情になる中、姫兎は腕を組みながら手に顎を乗せて悩むような体制をとり口を開いた。
「成る程、時間との勝負ってことね。つまり1秒でもアウトになったら…」
「粗大ゴミと共に流れる事になる」
「げぇ…それはイヤね」
苦い表情をしながら天を仰ぐ姫兎。
流れて来たゴミたちと一緒に工場ヘ行くなんて、考えるだけでぞっとする。…イヤ、考えたくもない。
「お前ら…、…いや、もう何も言わねェ。成功を祈ってるよ」
我慢し切れなくなったブリッツが片手を上げながら、止める事を諦めた表情でそう言い放った。
ここまで来たら、この2人を誰も止める権利なんてなくなる。仲間として、ここまで来たらただ背中を叩いて成功を祈ってやる事しか出来ないのだった。
その時。
「見つけたぜェ?」
「シシシシシッ」
いつの間にか見馴れない3人の男がこちらに向かって歩いて来た。3人は何やら良からぬ事を企んでいるようにニヤニヤと笑みを浮かべていて、姫兎は一気に鋭い眼差しで貫いた。
その顔に見覚えがあるのか、ナーヴたちがすかさず遊星と姫兎を隠すように立ち塞がり、3人を睨み付けた。
「俺ら昼間の騒ぎでキッツ〜くお叱り受けちまってィ!しかもおまけに減給食らっちまってィ!!」
「シシーッ!」
先に声を張り上げたのは真ん中のリーダーのような人物ではなく、左右の取り巻きだった。
2人目は何が言いたいいのか、全くをもって不明。
話の内容とナーヴたちの表情の変化からして、どうやら昼間にナーヴたちを殴った張本人、瓜生とその取り巻きの様。だが、その割には3人共顔に傷がついていない、せいぜい元からあるマーカーくらい。
この様子からして、どうやらナーヴたちは手を出さずただ殴られただけ。
それを察した姫兎は拳を握り、瓜生たちを睨み付ける。
「どうしても礼をしなきゃなぁ」
とうとう瓜生が指を鳴らしながらナーヴたちへと近寄って来た。
どうするか、とナーヴが表情を固くした瞬間。
ドゴッ
物凄い音がした。
ナーヴは何が起こったのかと目を丸くし、何と無く状況を察したブリッツはゆっくりとその音を出したと思われる人物の方を振り返った。タカはその決定的瞬間を見てしまったせいか、顎が落ちている。
そして見ればナーヴの目の前に来たはずの瓜生は、彼の視界から消えていた。なんと見事に倒れた瓜生の頭に見馴れたヘルメットが乗っている
ここまで言えば分かるだろう。
驚いて口を塞いでるラリーと、やりやがったと溜息をついている遊星の間にいる姫兎が、瓜生に向かって自分のヘルメットを投げ付けたのだ。
「こ、この女!瓜生さんになんて事しやがんでィ!!」
「シシーッ!!」
「五月蝿い黙りなさいというか黙れ!この謎めいた口調野郎共!!ナーヴたち殴った連中に会ったら、一発ヘルメット投げ付けてやるって決めてたのよ!」
騒ぐ取り巻きを指差しながら、負けないくらいの罵声を浴びさせる姫兎。
さすがに怒鳴り散らす姫兎に対抗できるものはいない、取り巻き2人は言い返せなくなり近付いてくる姫兎から一歩引き下がる。
「お、おいラビット…」
「ナーヴも黙って!」
「は、はい…」
危ない展開になりそうなので止めようとしたが、あっさり気力負けしたナーヴ。
余計に止めたらこちらにもある意味被害が及ぶ、姫兎の怒りモードの状態は仲間たち全員が身をもってよ〜く知っている。
「よく罪もない私の仲間を殴れたわね!シティー出身だかなんだか知らないけど、不正侵してコッチ来てよく威張って歩けるわね、感心するわ!」
「な、何だこの女ァ!」
「シシーッ!」
「まあ待て」
言い争いが始まろうとした瞬間、倒れていたはずの瓜生が頭に直撃した姫兎のヘルメットを片手で持ちながら起き上がった。
まさか平気な顔して起き上がると思っていなかった。しかも目の前だったので、思わず姫兎は嫌そうな顔をして一歩下がる。
「元はといえば原因はアンタみたいね!ナーヴたち殴ったんだから、ちゃんと謝りなさっ…!」
い、という最後の一文字を言う前に姫兎は固まった。
まさかいきなり起き上がってきて、さらにいきなり顎を持ち上げられ顔を近付けられたら誰だって固まるだろう。
「へぇ、こんなゴミ溜めなサテライトにもマシな顔の女がいるんだな」
「「なっ!?」」
瓜生の一言に声を張り上げたのは姫兎だけではなく、ナーヴたちもだった。遊星は瓜生の言葉に何か反応したようにぴくりと顔を上げる。
姫兎は慌てて瓜生の手を振り払う。
「触らないでよっ!」
「さっきのコレといい、俺は気の強い女、嫌いじゃないぜ」
片手に姫兎のヘルメットを乗せて、コレとは姫兎が投げ付けたヘルメットを指す様子を見せた。
姫兎はそのまま瓜生からヘルメットを引ったくる。
「こんなゴミ溜め臭ェヤツらといたら、お前までゴミ溜め臭くなっちまうぜ?」
「ちょっとアンタ!仲間を殴った上に侮辱するなんて…もー許さないわよ!!」
「おー怖ェ怖ェ」
怖い、と両手を上げ降参のポーズを取りつつ瓜生の顔はニヤニヤと笑っていて気味が悪い。
このタイプが一番苦手で嫌いな姫兎にとって、怒りに肩を震わせても言い返すにも返せなくなる。
するとナーヴやブリッツが姫兎を庇うようにもう一度前に出た。流石に「いい加減にしろ」と思ったらしい。
「瓜生、いい加減ラビットにちょっかいだすな」
「ブリッツ離して!コイツ一発私の手で蹴るーッ!!」
「手じゃ蹴れねェよ…」
ナーヴが前に出た途端、舌打ちをする瓜生。
瓜生に言い返すナーヴに、蹴りかかろうとする姫兎を押さえるブリッツの顔は半分呆れていた。
自分たちの為に怒ってくれるのは嬉しい事なのだが、いくら気が強くても、ナーヴたちにとって年下の姫兎は妹のような存在。そんな姫兎に危害が加わったら困る。その一心でナーヴたちはもう一度前に出たのだ。
「そりゃあ『D・ホイール』か?」
ふと、面白くなくなった瓜生の目は姫兎たちの後ろにある『D・ホイール』を視界に入れたようだ。
「ほー2台もあるのか?」
「アンタらには関係ないね」
冷たく流すように言い切ったナーヴ。
だがその言葉を無視するように、瓜生はヘルメットを持ってブリッツに肩を持たれている(※押さえられている)姫兎の方に目をやる。
「ラビット…とか言ったな?ヘルメット持ってるって事はお前D・ホイーラーか?」
「そーよ!なにか!?というか、アンタにラビットって呼ばれたくないわね!」
だけど名前も嫌ーッ!という姫兎の心の叫びはどうやらナーヴたちにも何と無く聞こえた様子。
ナーヴがさっき姫兎の事を『ラビット』と呼んだので、姫兎の名前はラビットと瓜生は認識したようだ。だがラビットとは遊星以外の仲間が呼んでいるあだ名、瓜生に呼ばれるのは不快。
「ラビットはともかく、お前らサテライト野郎に『D・ホイール』なんざ勿体ねェ」
「宝の持ち腐れってヤツっすねェ!」
「シシシシッ!」
この人を馬鹿にする時だけムカつくほどの意気投合に、また殴り掛かろうとした姫兎をブリッツは姫兎の頭を撫でて宥める。
正直子供扱いのようなので、ブリッツを睨むように見上げながら姫兎は頬を膨らます。
「腐らせちゃあ勿体ねェ、俺に譲れ、俺に迷惑かけた詫びはそいつでチャラだ」
「断る」
間髪入れず、今まで瓜生に向かって怖いオーラを出していただけの遊星がとうとう腰を上げた。
怖いオーラとは…言わなくても分かるだろう。
「ほう、もうひとつのD・ホイーラーはお前か、デュエル出来んのか?それとも…俺が教えてやろうか?」
「ちょっと!私だってデュエル出来るわ!私とやりなさい!」
とうとうブリッツの腕を振り払い、瓜生の方へと歩くと指を差して怒鳴り散らした。すると瓜生は相変わらずニヤニヤしながら、姫兎に顔を近付けて来た。
「そうだな、じゃあお前自身かけて闘ってもらおうじゃねェか?」
「な、ふざけないでよ!」
咄嗟に手首を掴まれたので再び振り払おうと、瓜生から距離を置いた途端。
「…遊星…!?」
いつの間にか姫兎の手首を掴んでいた瓜生の手は、遊星によって振り払われていた。
遊星は瓜生と姫兎の間に割り込むと、姫兎を自分の影へと隠しギロリと鋭く瓜生を睨み付ける。
「そのデュエル、オレが受ける」
「ゆ、遊星っ!」
「ほぉ、良いだろう…その『D・ホイール』2台とラビットを賭けてどうだ!」
私!?と自分を呼ばれ声を張り上げる姫兎。遊星はというとどう返答するかと思い気や、
「良いだろう」
と、あっさり了承してしまった。
よく見れば、遊星の周りにはいつもない恐ろしいくらい威圧感が漂っている。姫兎絡みだ、そうなってもおかしくない、ナーヴたちは冷や汗をかいた。
しかし、今はそれどころではない。
今日の深夜にはサテライトを発つ大切な日であり、しかも今の時刻はもうすっかり日は沈んでいる。だが何も知らない瓜生。
片腕を当たり前のように上げると、取り巻きのひとりがどっから取り出したのか、デュエルディスクを瓜生の腕に装着させた。
「遊星、あんなの相手にするな」
瓜生を横目で見ながら、デュエルの体制を整え始めようとする遊星を止めるようにナーヴが口を開いた。
だが止めるナーヴを余所に、遊星は『D・ホイール』からスピードデュエル用のデッキを外し、通常デュエル用のデッキを腰のホルダーから取り出した。
「お、おい遊星!」
遊星は自分の『D・ホイール』から、ディスク部分に腕を預けるとデュエルディスクとして腕に装着された。
本気で準備を初めてしまった遊星に慌てるナーヴ。タカも口を挟み始めた。
「おい遊星、今はそんな場合じゃないだろう!いくらラビット絡みでも…」
「尚更だ」
すぱっと間髪入れずに答えた遊星。
思いっきり真顔で答えられたので、タカもそれ以上何も言えなくなってしまった。
「それに…コイツらはオレ達の夢を笑った」
「ケッ、夢だと?サテライト住民の分際で!来いよ、こっちだ」
瓜生は背を向け、ゆっくりと歩き出した。その後を遊星が続いて姫兎が遊星の後ろにつく。
そしてここまで来たら仕方ないとナーヴたちも息を吐きながら続いた。
デュエルをするには、ある程度の広さと天井の高さが必要。だがここは地下、ましてや元々昔は地下鉄が通っていたような場所だ。広さと高さは場所によって違いがありすぎる。瓜生に連れて来られた場所は広い空間、元々駅のホームらしき場所だった。
デュエルをする為に必要な幅を取る為に瓜生たちは取り巻きと奥へ、そして遊星の後ろにはナーヴ、姫兎、ラリー、ブリッツ、タカと並んでいる。
「遊星頑張れー!」
「ナーヴたちの分も取り戻してよー!」
叫んだのはラリー、応援の声を上げたのだがそれに続いた姫兎は何ナーヴたちを殴ったこと、まだ許すはずがない。
「いくぜ、忘れるな?『D・ホイール』2台とラビットを賭けたデュエルだ!」
「ああ、分かっている」
お互い睨み合いつつ、同時にデュエルディスクを作動させた。
「「デュエル!!」」
To Be Continue...