TURN-01
星に導かれたデュエリスト達

此処は人々が住む階層会社を形勢する未来都市『ネオ童実野シティー』。
…から離れた、下層エリア『サテライト』。
施設が整っている上層エリア、ネオ童実野町シティーとは全く違い、廃墟といって片付けられてしまう建物に、古びた工場が所畝ましと立ち並ぶ町である。サテライトの住民は工場で、ネオ童実野町シティーから排出される不要物を再生排出する仕事をして過ごしている。


そんな生活の中、大切な物を取り戻す為に、そして自身の為に、上層エリア『ネオ童実野シティー』を目指す、2人のデュエリストがいた。

「………調子が悪いなぁ」

そのひとり。
壊れたコンクリートが天井となり、薄暗くなっている路地。そこで金糸のように輝く黄金の長髪を肩へと払いながら、自分が今までの乗っていたバイク『D・ホイール』を弄る少女がいた。
そして何かをダメだと判断したのかその場を立ち上がりため息をつくとD・ホイールを押しながら、道を歩きその場を離れる事となった。


「遊星、遊星いる?」
「お、よぉラビット」

少女が古い布で周りを覆ってテントのような小さなガレージに誰かの名を呼び入っていった。
最初に返事をしてくれたのは小さなモニターの前に座っていた3人の青年たちの中のひとりだった。だがその声に反応したのはどうやら少女が呼んだ遊星ではないようで、姫兎は辺りを見回した。

「姫兎」

すると奥に置かれている赤いD・ホイールの影から声がした。そこから夜空のような紺碧色の瞳をした青年が立ち上がり顔を出した。自分の名前を呼ばれたラビット…基、雪鏡姫兎は、ふと声のした方へと顔を向ける。
そこにいる青年は姫兎の幼なじみ、不動遊星だ。
姫兎は遊星に近寄り、何かを貸してくれというように片手を差し出した。


「ちょっとD・ホイールの調子悪いからメンテナンスしたいの、パソコン貸して」
「…貸せ、見てやる」
「平気よ、自分で出来るから」
「良いから」
「平気」
「良いから」
「平気!」
「早くしろ」
「……」

暫く同じ単語の投げ合いをしていたが、展開の変わらない状況で片眉を上げた姫兎が押し黙った。こういう時遊星は頑固だ。ついに言葉が変わった遊星がさっさと姫兎からD・ホイールを半ば奪う形で奥へ持っていった。
姫兎がと気付いた時には既に遊星はパソコンを起動し、その前に座っていた。

「ちょっと、遊星!遊星も自分のD・ホイールメンテ中でしょ!?」
「良い、もう終わった」
「まぁた嘘ばっかり!」

つい声を荒げてしまった姫兎だったが、遊星はどこ吹く風やらと涼しい表情のまま変わらず姫兎のD・ホイールをパソコンへ繋がるコードにつけ始めた。
カチャカチャ、とパソコンを叩き始めた音に、これ以上何を言っても遊星は変わらないと気付いた姫兎は形だけの溜め息をついた。メンテナンスは確実に遊星の方が得意だ。相手の作業の邪魔になるまいと思ったが、この状態の遊星の態度から何を言っても変わらないだろうと彼の性格から察した。こればかりは頼るしかない。

「そう言えば、みんな何してたの?」
「悪ィなラビット、やっぱジャックの事気になってさ、此処でしかテレビ写んねェしさぁ」
「……そう、ジャック、ね」
「凄かったぜアイツ、また強くなってやがる。

小太りの青年タカが頭を掻き謝罪を込めながら言うと、姫兎の声が少し低くなった事に全員が気付いた。そして眼鏡をかけたの青年ブリッツが続けた。
姫兎が言葉を続けなかった為、遊星がパソコンを叩く音だけが響いていた。

「雑魚だったろ、相手」
「ああ、完全にジャックに遊ばれてた」

パソコンのモニターから目を離さず、遊星が聞くと青いバンダナの青年ナーヴが冷静に返した。それを聞いた姫兎はふと小さくため息を着き、天を見上げるように顔を小さく上げた。

「アイツ、つまんないでしょうね…」

姫兎がぽつりと呟いた一言に、一瞬遊星の手の動きが止まる。
ちらりと姫兎の表情を見るように顔を上げた遊星。しかし言葉をかけるわけではなく、再びキーボードを叩き始めた。

「なぁ…D・ホイール調子どうよ?」
「よせ、見りゃ分かんだろ」

タカの疑問をナーヴが止めるように口を挟んだ。するとタカは残念そうに「そうか…」と声を漏らす。
既に姫兎が持ってきた『D・ホイール』はメンテナンスが必要。遊星に至っても、姫兎が帰ってくる一歩前で故障したらしく、原因を探していた様子だった。
誰が見ても、2人のD・ホイールの調子が良くないのは一目瞭然だ。
続けるように、タカは言葉を繋げた。

「ジャック…、前のD・ホイールどうして…」
「空気読めよ!」

ナーヴがタカの言葉を止めるように、タカの頭を押さえた。思わぬ制止にタカは目を伏せて小さくいてっ!と声を漏らした。
だが負けじと、直ぐさま自分の頭を押さえているナーヴの手を払いのけ、タカは怒りの表情へ変わりナーヴに向かって怒鳴った。

「だって、みんな怒ってるじゃん、ジャックの事さ!ホントならあのスタジアムでキングになってんの、遊星だったかもしれないんだぜ!」

ナーヴは何も言い返せなくなってしまった。同意するように、話だけを聞いていたブリッツの表情も変わっていた。

「なのにジャックのヤロー、遊星とラビットが一緒にやっと作った『D・ホイール』まで盗んでさぁ」

タカの言葉に誰も言い続けができなくなり、ナーヴもブリッツも下を向いてしまった。
だが遊星は言葉を出す事もなく、ただ姫兎の『D・ホイール』のメンテナンスに手を動かし続ける。

「遊星ー!ラビットー!」

そんな中沈黙を破るように、部屋の入口から遊星と姫兎を呼ぶ声が響いた。
その声に反応するように、遊星はD・ホイールを弄る手を止めて声のした方へと顔を上げる。

「ラリー?」

姫兎は遊星の隣から膝を伸ばし、声の主であろう人物の名前を呼んで声のした入口の方へと足を運んだ。

「ラビットっ!」

入口へ顔を出した姫兎の元に幼さを残した笑顔の少年、ラリーが赤く長い髪を靡かせ、嬉しそうに姫兎を叫びながら走って来る。そして姫兎の身長半分くらいしかない体を、思いっきり姫兎に向かって飛び付かせた。
甘えたい盛りなのか、姫兎に受け止めてもらうとラリーは嬉しそうにぎゅーっと効果音でも付きそうな勢いで姫兎の腰を抱きしめる。

「ようラリー」
「うーっす」
「あっ、みんなも来てたんだ!」

ナーヴとタカが順番にラリーに向かって挨拶を交わす。
ラリーは姫兎に抱き着いたまま、ナーヴたちの方を見て返事の代わりの言葉を返した。そのまま姫兎の腰に回していた腕を離し、今度は姫兎の片手を両手で握り姫兎の顔を見上げた。


「ラビット!良い物見つけて来たんだ!早く遊星のトコ行こう!」
「えっ、ちょっとラリー?」
「なんだよ?そんなに急いで」

姫兎の疑問とブリッツの問い掛けには返事をせず、ラリーは姫兎の片手を引っ張る。爛々とした表情で遊星とD・ホイールの元へと足を急がせ、不思議そうな顔をしている遊星の元までやって来た。
するとラリーは姫兎の手を離し、自分のポケットから取り出したふたつの物を遊星に差し出した。

「これ、D・ホイールに使えないかな?」

ラリーが差し出した物はふたつとも同じ物で、何かの部品…チップのような物。

「なんだそりゃ?」

気になったのか、3人はわらわらと遊星たちの元へとやって来た。
そのままラリーの隣に立ったブリッツは、ラリーの掌にあるふたつのチップを覗き込む。そして何かに気が付いたのか、ナーヴはチップを見た途端よく観察する為にラリーの手首を取った。

「おい、これ新品じゃないか!何処で手に入れた!?」
「ち、違うよ!」

まだチップの出先しか聞かれていないのに何を疑われているのか分かったのか、否定するようにナーヴの手を振りほどいた。

そしてこれ以上疑われないよう、何かをごまかすようにラリーはチップを握りしめる。

「…これはジャンクの中で見つけたんだ…っ!」

嘘が下手、とはこの子の為にある言葉ではないだろうか。
完全に目が泳いでいるラリーは、その表情を強気に見せるように強張っているが、瞳は潤み始めた。
困ったようにナーヴたち3人は揃って顔を合わせる。そして代表のように、ラリーに向かってナーヴが先に口を開いた。

「…まさか、盗みやったんじゃないだろうな?」
「っ!」
「それが盗品だったら、みんな捕まっちまうかもしれないんだぞ」

ナーヴに続けるように、タカはラリーがチップを握っている手を小さく指差す。図星なのか、ラリーの表情は段々と3人に追い詰められたように変わっていく。
そしてブリッツが膝を曲げ、ラリーの頬にかかれている三角の黄色いマークのようなものを人差し指でなぞりながら口を開いた。

「イヤだぜ、俺たちまでこれ付けるの」
「やめなって!みんなでラリーひとりを責めるのは」

姫兎は追い詰められたラリーを庇うかのように、ラリーとブリッツの間に片手を割り込む。
すると慌てて姫兎の服にくっつくラリーに対してなのか、ブリッツは頭を抱えながら大袈裟に大きな溜息を着く。続けるように、ナーヴが姫兎に向かって口を開いた。

「ラビット、もしもの事を考えろ、もし『セキュリティー』にバレたら本当に『D・ホイール』処じゃなくなるんだ」
「でもナーヴ!」
「よせ」

これ以上言い争いを増やさない為か、様子を見ていただけだった遊星はとうとう立ち上がって一言そう言い放った。
姫兎もナーヴも遊星の方に目を向け口を閉じる。遊星は姫兎の後ろに隠れたままのラリーの元までやってくると、何も言わず左手を差し出した。

「使わせてもらうよ」

遊星はまず姫兎のD・ホイールではなく、自分用の赤いD・ホイールにラリーから貰ったチップの交換を始めた。
姫兎のD・ホイールはまだメンテナンス中。調子の悪さがまだ分からない以上無闇に交換は出来ない。

「良いのか?遊星、ラビット」
「ラリーが折角持って来てくれたんだから。大丈夫、使わせてもらうわ」
「有難うラビット!きっと早くなるよ、絶対だよ!」

嬉しそうに胸を踊らせるラリー。その瞳はふたりのD・ホイールの整備アップの期待に輝いている。

そんな中、不満げな表情でブリッツがチップ交換中の遊星とその隣の姫兎向かって口を開いた。

「なぁ遊星…。気持ちは分かるけど、ジャックの事なんかもうほっとけよ」
「ふたりは…!遊星はジャックと決着を付けに行くんだよ!」
「だからさ、その為にわざわざ危ない橋を渡るのはどうかって言ってんの」

ブリッツに返事をしたのはラリー。ラリーが頬を膨らましながら、投げやりなブリッツを見上げてそう怒った。だがブリッツも自分の意見の理由をラリーに向かって放つ。
ブリッツも仲間を危険な目に合わせたくない、という一心で言っているのだろう。
だがラリーも負けじと、さっきよりも強く言い返した。

「でもジャックは遊星のエース・モンスターまで盗んで行ったんだよ!?それに…」

先が言いづらいのか、ラリーは一瞬押し黙るが次の瞬間下を向きながら叫ぶように声を張り出した。
よっぽどジャックに対して悔しかったのか、ラリーの手は震えていた。


「…それに!ジャック、ラビットまで連れていこうとして最後にはラビットのカードまでっ!!」
「ラリー!!」

遊星の手がぴたりと止まる。
ナーヴが制止するようにラリーを怒鳴ったが、もう遅かった。つい咄嗟で言ってしまった、ラリーは慌てて口を塞いだ。

「ご…ごめん…遊星……」

直ぐさま謝るラリーだったが、遊星はその場で落ち込む様子ではないが、何か思い詰めるようにふと俯いてしまった。
此処に居る全員が思い出したくもない。
2年前のあの日の記憶が頭を横切ったからだ。それは遊星にとって、何より悔しかった日の事。

ジャックに…負けた日の事を。


『遊星、お前に姫兎は護れない』

『何故だ姫兎…?何故お前は俺がキングになっても、俺を見てくれない…!?姫兎、お前が見ているのは…何故変わらず遊星なんだ…』

『…姫兎!!』

『遊星…みんな、ごめんね』



「……」

此処に居る全員の脳内に、あの2年前の日の一部始終が甦る。
あの日、ジャックに負け全てのカードが奪われそうになった遊星を庇ったのが姫兎。姫兎の持つエースモンスターカードを差し出し、遊星のカードは奪われずに済んだ。
だが、遊星にとっても…ラリーたちにとってもこれ以上に悔しい事はない。

「私は…あの日の事を今日まで悔いた事はないから」
「…姫兎」
「ラビット…」

大切な人のカードを護れた、それをどうやって悔いれば良い?姫兎はそう言い続けてくれた。
遊星はあの日から、自分のせいで姫兎のエースモンスターカードをジャックに持って行かれたと、自分自身を責めていた。
だが姫兎は何も気にしてなどいなかった。遊星を責めるわけがない。

「言ったでしょ?今度は私が正面からアイツをやっつけて、堂々とカードを返してもらう…ってね!」
「姫兎…」

遊星は彼女に…姫兎にいつも救われる。この言葉だけで、その言葉を放つ笑顔だけで心も救われる。
だから、あの日遊星は心に固く誓った。
今度は自分が、この手で姫兎を護ってみせる、と。

「ラビット、遊星…、本気でココを出て行くのか?」
「だから出るんじゃないわ、出掛けるだけよ!」

チップ交換を再開させた遊星の代わりに、姫兎が腕を組みながら誓うようにそう答えた。まるですぐ帰ってくるから安心しろ、と言うように。

だが、やはりナーヴたちは良い顔をしない。

「やめとけ、あっちは俺たちには合わないぞ」

制止の言葉が出た。

「ジャックは…はなっから俺たちとは違う」

遊星も姫兎も素直に聞いたりはしなかった。
チップの交換を終えたのか、遊星は何かD・ホイールの変化に気が付き目を見開く。そして確認するかのようにエンジンをかける。
そのエンジン音は静まり返った場に大きく響いた。それが前のものよりもずっと良くなっている事に気付いたからだ。

「どう?全然違うでしょ!?」

ラリーが嬉しそうに問い掛けると遊星はひとつ頷く。返事に喜んだラリーは遊星の赤いヘルメットを手に取ると、彼に差し出した。

「走ろうよ!凄く速いよ!」

だがその和やかな場もつかの間、突然割れた天井からまばゆい光が差し込んできた。もう辺りは暗い、その光は昼の倍の明るさを誇り人影を簡単に見つけられる。

「なんだ!?」
「セキュリティーだ!」

光を差し込ませているのは1台のヘリコプター。
ナーヴの言うセキュリティーとは、今でいう警察のようなものである。

『【認識番号AWXー86007】ラリー・ドーソン!窃盗の疑いがある、速やかに投降せよ!』

ヘリコプターの方からスピーカーを通してそう聞こえてきた。そして自分の名前を呼ばれたラリーは、息を飲みながら顔を絶望の色へと染めていく。
勿論、ナーヴたちの視線はラリーに集まった。

全員が黙っていると、セキュリティーのヘリコプターから、「出てこい、もう逃げられないぞ」と言うような声が聞こえてくる。

「お前!!」
「ごめんよっ!」

ナーヴが片手を振り上げて怒鳴るので、ぶたれまいとラリーは目を強くつぶってナーヴの方向に両手で頭を庇った。気付いた姫兎は膝を折ってラリーと目線の高さを同じに変えた。

「ラリー、本当は何処から持ってきたのアレ?」
「…ほ…本当は、工場から持ち出したんだ…」

ラリーはしゅん、と頭を下げたまま姫兎の顔に視線を向けられないまま、真実を答えた。「でも!」と叫ぶ勢いでラリーはナーヴ達の方へ顔を上げる。

「だってラビットと…、ラビットと遊星に…ジャックに勝ってほしかったんだよ!」
「だからって…!!」
「もういい」

姫兎に必死に訴えるよう、ラリーは両手を握ってそう強く言い放つ。
そして怒るナーヴを遊星が制止する。

「お前もお前だ!」

ナーヴが遊星、そして姫兎の背にそう言葉を投げる。
だが姫兎はあっさり聞き流し、今まで遊星が叩いていたパソコンのキーボードを叩ける様に自分側に向けた。

「マーカー付きじゃ逃げられねェ!『セキュリティー』とリンクする信号出してんだぞ」
「簡単よ、30秒くらい待って」

叫ぶタカの言葉にラリーは瞳を潤ませ、唸りながら悔しそうに自分の目尻に付いているマーカーを抑える。
そんな中姫兎はひとり、キーボードに指を滑らせていく。そして姫兎のやっている事を察したのか、遊星はラリーからヘルメットを受け取り、自分の赤いD・ホイールへと乗り込んだ。

「はい終わり、マーカーの信号は撹乱させたからもう平気よ」
「ジャミングしたんだろう」
「そ、正解」

遊星の読みは正しかった。姫兎のやりそうな事は黙っているが大体予測が着く。こういった細工は姫兎がなかなか得意としている。本人曰く、小細工なら任せて、らしい。長い付き合いだから、何となく相手の行動が分かる。
姫兎はパソコンで簡単に撹乱電波で、今頃はもうセキュリティー側にラリーの居場所は認識できていないはず。
逃げるなら、今がチャンス。

「姫兎、みんなを連れて向こうへ。セキュリティーはオレが引き付ける、後は任せろ」
「分かったわ、気を付けてよ」
「姫兎もな」

変わらない表情で、それでも信頼を置いてそれだけを言うと、遊星はD・ホイールのエンジンをかけ、姫兎の前から走り去って行った。
そして遊星が見えなくなるのを確認すると、姫兎はみんなのいる後ろを振り返る。

「みんな、行くわよ!」

姫兎はくっついていたラリーの手を取り、遊星が指を差した方向へと走っていく。その後を追い掛けるようにナーヴ、ブリッツ、タカと続いた。


「遊星…大丈夫かな…?」

今、遊星がセキュリティーを引き付けている。その間に、姫兎たちは出来るだけラリーのマーカーの信号を取られないよう、地下の見つからないような場所へ移動。
そんな時に姫兎の隣に座っているラリーが、弱々しく疼くまりながらそう言った。

声は4人全員に届いている。
みんな遊星の安否を心配しているのは同じ、ナーヴたちもちらほらと目線を揺らしていた。

「大丈夫よ、遊星なら」

その沈黙を破ったのは姫兎だった。
自信満々にそう言い切り、不安そうな表情のラリーの頭を優しく撫でてやる。ここまで自信が持てるのも凄い。よっぽど姫兎が、遊星の事を信じている証拠。

「何があっても信じてるんだな、ラビットはさ…遊星の事」

ブリッツが姫兎とは直接目を合わさず、視線を天に向けながら言葉を漏らした。
すると姫兎はいつもの笑顔ではっきりと言い切る。

「当たり前でしょ、私たち仲間じゃない!仲間を信じられなくて、何を信じるのよ」
「…ラビット」
「それに、もう遊星は何があっても負けない。私は信じてるから」

姫兎の言葉に、ナーヴたちは何か胸を打ち抜かれる感覚を感じた。今まで自分たちは遊星と姫兎がサテライトを出る事に、僅かながら反対の意を持っていた。
それは何故か。
行っても無駄だ、あのジャックに会えるわけが無い。つまり、遊星と姫兎を…仲間を信じていなかった…?

「…おれも信じるよラビット!遊星は絶対、おれたちを裏切らないって信じてるから!」
「うん!」

意思の強さを表すように拳を胸元で握りながら、ラリーは姫兎を見上げる。そして姫兎は嬉しそうな笑顔と返事をした。
するとナーヴたちもバラバラと、ラリーの言葉に同意するように力強く頷いてみせた。

「…ラビット、行ってこいよ、遊星を迎えにさ」
「え?」
「そうだな、遊星ならきっともう帰ってくる頃だ、ラビットが行ってやれよ」

突然タカが顔を上げ、出入口を指差すと姫兎は驚くように目を丸くした。繋ぐようにナーヴが笑うと、姫兎は一瞬間を置いて。

「…分かったわ、じゃあ行ってくる!」

姫兎が走って階段を上りあげるのを見届けると、ブリッツはやれやれと呆れたような…それでも微笑しながら溜め息をつく。

「…ったく、あの2人は前からしょーがねーよな」
「遊星もラビットも鈍いし、素直じゃないからね」

ラリーは苦笑しながらブリッツを見上げる。

「ジャックがいた時からじれったかたったしな…」

あの2人は幼なじみでも、お互い特別に想いあっている事はラリーたちはとっくに知っている…というか気付いている。
気が付いてないのは、当の本人2人くらいだ。

「早く気が付くといーね…」





そんな時、別の場所で話題になっている事を知らない姫兎は、遊星がメンテナンスをしてくれた自分のD・ホイールの元へと走って来た。D・ホイールで出でいった遊星、人間の足では追い付く可能性が低い。
先程まで調子の悪かったD・ホイールを、一応確認する。

「…大丈夫だ!」

さすが、と姫兎は遊星に感謝した。
煙を上げた姫兎のD・ホイールだったが、遊星のおかげですっかり直っていた。そのままエンジンを入れようとD・ホイールに手をかけようとした時。

「……あ」

D・ホイールに接続しているパソコンの隣にラリーが工場から盗んできたというチップがひとつ、置いてある事に気が付いた。
てっきり、遊星が持っているとばかり思っていた姫兎は、不思議そうにチップを手に取った。

「遊星…、持って行かなかったのかしら」

ふとチップを見ていた姫兎は、目の前に遊星の背中が見えた気がした。
まるで、コレを使えと言うように。

「…よし!」

急いでチップを自分のD・ホイールにセットし、ヘルメットを被る。そしてメットのアイシールドを下ろし、エンジン音と共に一気にその場を飛び出した。

階段をD・ホイールで思いっきり駆け上がり、静まり返っている月夜の下を走る。もうセキュリティーは遊星によって、遠くへと去っていったらしい。
そんな中、姫兎は自分のD・ホイールがいつもと違う事を感じていた。

「(凄い…前後輪の質力、回転数のバランス制御、全部完璧だ…!)」

ラリーのくれたチップのおかげが…、と姫兎は僅かに口元に笑みを零す。
姫兎に遊星の居場所なんて分からない。分からないまま走っている。

「……遊星」

だが、特に道を間違える事もなく道路脇でD・ホイールを隣に止めている遊星を見つけた。
遊星はここからのみ見えるネオ童実野シティーを、何か物思いにふけるように見つめていた。

「遊星」

D・ホイールを止めヘルメットを外し声をかけると、遊星は少し驚いたように振り返った。

「姫兎」
「あんまり遅いから迎えに来たのよ。何してたの?」
「…デュエルをしていた」
「え、デュエルって…セキュリティーと!?」
「ああ、今回の件は無かった事にするという条件付きでな」
「成る程ね…。で?」

隣で立ち止まった姫兎は遊星の顔を覗きこんで微笑みながら何かを問うような表情を見せる。思わず遊星の頬が赤く染まった。

「な、なんだ」
「勝ったんでしょ?遊星が」
「…ああ」

当たり前のように聞いてくる姫兎。遊星は小さく頷いた。
そして2人の目線は、遠くて近い…かつての友がいるネオ童実野シティーへと移される。

沈黙と共に、風が2人の髪を揺らす。

今日は星と月が一段と美しく輝き、暗い道路に立つ遊星と姫兎の肌を淡く照らしていた。

「…待ってろよ、ジャック」

風が一陣、2人から通り過ぎた。




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