TURN-27>>
全てを呑み込む闇!シグナーvsダークシグナー
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光が、闇に誘われた。底なしの沼に迷い込んだように足を絡め取られ、捕らわれる。
掛かったのは、誰?
不動遊星。
新たなるキング、その力しかと拝見させてもらおう。闇の中で、闇が笑った。
「うああっ!!」
「遊星!!」
男のダークシンクロモンスターと名を持つ『氷結のフィッシュ・ジェラルド』の攻撃を受け、遊星が後ろへ思いっきり吹き飛んだ。
その瞬間、姫兎が咄嗟に遊星へ手を伸ばし抱き止める。だが、あまりの衝撃に姫兎共々後ろへ吹っ飛ばされてしまった。炎にぶつかる、姫兎が遊星をぎゅっと抱え目を閉じた。その時。
ふわり、と姫兎の体から赤い光が溢れ出した。
「!?」
男は目を見開く。姫兎の腕に抱えられたままの遊星も、その光に気が付いた。
その溢れた赤い光は二人を包み込み、まるでクッションのように炎の寸前で二人の体を守ると、そのままそっと床へ下ろした。
二人の体が床に降りると、光は再び姫兎の中に戻るように小さくなって消えていった。
「…今のは、?」
遊星が姫兎の腕の中で顔を上げる。姫兎もなにが起きたか解っていないようで、目をぱちくりさせていた。体に衝撃がくるはずと思っていたのに、全く何もなかったのが不思議だと言わんばかりだ。
どうやらあの赤い光は、姫兎が意識的にやったわけではないらしい。
「今のが赤き竜…、シグナーマスターの力か。我らの闇の力を弾き返し、無にする忌々しい存在…」
姫兎に向けられているのは、確かに憎悪の念だ。
だが、立ち上がる遊星と姫兎を見ながら、男はくつくつと笑い出した。
「しかしシグナーマスター自身のその力も、そしてお前の赤き印もやがて漆黒に染まる時を迎える。…ダークシグナーは決して倒れる事はない」
「ダークシグナーだと!?」
「そう、黒き印と共に幾度も甦る…」
「貴様、一体何を言っている!!」
「それはこのデュエルが物語っている」
初めて聞く言葉に、遊星は動揺を隠さず声を上げた。そして黒き印、そう言われてはっと気が付く。
男の腕に怪しく光り続ける、蜘蛛の痣の存在。あれが、ダークシグナーの痣。自分たちシグナーの赤い痣とはまさに正反対の存在。シグナーが白なら、ダークシグナーは黒か。
「お前の縋るものは、すべてこの世から消え失せる。お前の場のモンスターと同様に」
「ふざけるな!!」
声を張り上げ、遊星は再びデュエルの体制に戻る。しかし今の攻撃を受け、遊星のライフはもうたったの100。
先程の大きな衝撃からは姫兎が助けてくれたものの、蓄積されたダメージは確かに遊星の体に現れていた。多少息遣いが荒い。
姫兎はハラハラしながら遊星を見守る。デュエルで遊星の敗北を心配しているわけではない、彼の体が心配だ。
今の赤い光は意識的ではなかったが、確かに自分の体から発せられていた。ダークシグナーと言った男の言う通り、自分の中のシグナーマスターの力だとは思うが、何故さっきだけだったのだろう。このデュエル中、遊星は何度も攻撃を受けたのに今の力が動いたのはさっきだけ。もし本当にこのダメージを無にできるのなら、何故すべての攻撃から遊星を護れなかったんだろう。
中途半端だ、自分自身をそう感じてしまった。姫兎はぎゅっと唇を噛みしめた。
「その残りライフはまさに、お前の縋るものの命運を暗示しているかのようだ」
「っ、…何が言いたい!」
「サテライトは間もなく、滅びの時を迎えようとしている」
「なにっ!」
サテライトの滅び、そう告げられ遊星の脳裏に浮かんだのはジャックとの闘いの最中見た光景。生まれ故郷が闇の炎に呑まれ、崩れ、消えていった。
あの時見た…、遊星がぽつりと呟くと、姫兎は心配げに遊星へ振り返る。
「貴様、やはり何か知っているのか!!」
「お前がその瞬間を見届けることはない!」
「…っ、貴様等の思い通りにはさせない!」
デュエルが再開され、遊星のターンが回ってくる。デッキに手をかける遊星の後ろで、姫兎が見守るように立っている。
ふと、遊星は姫兎の方に視線を向けた。
あの時、サテライトが滅んでいった光景を見た後、シグナーマスターであろう人物が迎えた最後。赤き竜に消えていったシグナーマスター。
もしこの男の言う通り、サテライトが滅びの運命だったら、あの見た光景が未来ならば。シグナーマスターの、姫兎の未来も。
吐き気を起こしそうなほど、胸騒ぎに襲われる。
だが。
「…そうだ。絶対に、させはしない!!オレのターン!」
「怒れる炎は、分厚い氷の壁にも屈しはしない!『ニトロ・ウォリアー』!ダイナマイト・ナックル!!」
凍てつく氷のモンスターは炎の鉄拳により破壊され、同時に男のライフは0になった。すると男は悲鳴を上げ、その場に倒れ込んでしまった。
そして男が倒れたことにより、辺りを囲んでいた炎も鎮火していく。
「遊星!なんともない!?」
「ああ、俺は平気だ。………姫兎は、大丈夫か?」
へ?と、姫兎は間抜けな声を出す。むしろ心配をしているのはこっちだというのに。デュエルしてダメージを受けたのは遊星だけなのに、見当違いなことを言うのだから。しかし彼の表情はどこか必死だ。
なにがよ、と姫兎は首を傾げると、何ともないならいい、と遊星は目を伏せた。
そこでふと、姫兎は、んん?と遊星の顔を覗く。姫兎の顔が鼻と鼻ぶつかるほどの距離まで近付いてきたので、遊星は若干頬を赤らめながら小さく顔を引いた。
「な、なんだ?」
「平気じゃないのはアンタみたいよ。隠し事下手ね、焦った顔してどうしたのよ」
「え…っ!」
遊星の反応が余りにも過剰だったので、やはりと姫兎は思った。両手で遊星の頬を包むと、遊星はびくりと肩を上げたかと思うと少し下を向いた。でもぽふぽふと両頬を軽く叩いてやると、少し安心したようにほうと息を吐いた。姫兎も安心させようと笑ってぐりぐりかき混ぜるように頬を撫でてやる。
と、矢先その二人の後ろから小さく呻き声が聞こえた。遊星ははっと顔を上げる。
2人で呻き声の方を振り返ると、どうやら気絶していた男が目を覚ましたようだ。
遊星はすぐさま走って男に駆け寄ると、無理矢理引き起こすように胸ぐらに掴み掛かった。
「おい起きろ!サテライトに一体何が起こるんだ!答えろ!!」
焦りきった表情の遊星の乱暴な行為に、姫兎はびっくりして駆け寄った。デュエル中に散々サテライトの滅びの未来が起きると煽られ、遊星は焦りと怒りを隠し切れていない。
男はうう…、と唸り、遊星に胸ぐらを捕まれ頭を浮かせたままだった。
その拍子でぱさりと落ちたフードから現れた男の素顔は若かった。しかし、先程あれだけ禍々しい気を持って笑っていた男なのかと疑うほど、ごく普通の男性だ。姫兎は違和感を感じ、ふと男のデュエルディスクに視線を落とした。
「……あれ?」
「サテライトだと?…い、ったた!何だよこの傷、大体ここはどこだよ…?」
男は先程の雰囲気とはさっぱり変わっていて、デュエルで受けた傷を痛がったり辺りを見回して軽くパニックのようだった。
遊星も違和感に気が付き、男の胸ぐらから手を離した。
何も覚えていないのか、遊星は男の腕に視線を落とす。
そして気が付いた。
「!痣が…」
あの妖しい光で腕に記された、蜘蛛の痣が無くなっていたのだ。
「遊星見て、これ」
驚愕していると、姫兎はカードの束、デッキを差し出してきた。男のデュエルディスクから外したものらしい。
遊星はそれを受け取り、中身を確認した。もしかしたら、先程闘ったダークシンクロモンスターのカードは何か手がかりになるかもしれない。そう思いダークシンクロモンスターを探す。ダークチューナーでもいい。
「…!?ダークチューナーも、ダークシンクロモンスターも消えている…?」
姫兎から渡されたのは、確かに先程まで闘っていたはずのデッキ。しかしダークチューナーは疎か、ダークシンクロモンスターの姿がない。そもそも、あのデュエルで使っていたはずのカードが1枚もこのデッキには存在していなかった。
「ディック?ディック・ピットじゃない!ストリートデュエリストの!」
突然知らない女性の声が聞こえ、遊星たちは顔を上げる。ぱたぱたと近寄ってきたのは、長い黒髪に大きな丸眼鏡を掛けた女性だ。
「え、アンタは?いつから居たの?」
「あ、貴女確かフォーチュンカップでもニューキングの側いた!もしかして…ニューキングの恋人!?」
「は、はあ…?」
ニューキングに恋人なんて、これは絶対スクープなんだから!女性はひとり嬉々と拳を握る。
このタイミングで顔を出すなら、この女性は先程までのデュエルを観ていたのだろうか。ダークシグナー、には関係なさそうだ。多分。
ひとしきり騒ぐと女性ははっ、と一度我に返ると、その前に!と騒ぎながら、がさかざとカバンからマイクを取り出す。
「あ、あたし新聞記者のカーリーです。えーっと、い、今のデュエルですけど一体何が起きてたんですか?実際に爆風が起きたり、キングの恋人さんが赤く光ったり…」
遊星と姫兎は顔を見合わせる。やはり先程のデュエルを見られていたようだ。
カーリーと名乗った女性は少しばかりあたふたしながら質問を投げかけてくるが、二人が答えないので、それからーと繋げ、マイクをダークシグナーだったはずの男、ディックに向け直す。
「ディック、貴方はどうしてここに?」
「ほ、本当に覚えてないんだ!」
「んー、一言お願いします!」
どうやら二人は多少なり面識があるらしく、さっきのデュエルの事で揉め始めた。
姫兎は顎に手を当て、ディックと云う青年を見る。
痣も無いダークシンクロモンスターのカードも消え、彼自身も覚えていないと訴えている。なにより、デュエルをする前から彼から感じていたあの嫌な感じがぱったりと無くなっていた。
じゃあダークシグナーは一体、そこまで考えた時だった。
辺りにけたたましく、何かのサイレンが鳴り響いた。
「これ、セキュリティじゃない?」
「今のデュエルを嗅ぎ付けたらしいな」
「どど、どうしよー!?」
遊星と姫兎が立ち上がる中、カーリーはあたふた辺りを見回していた。ただ巻き込まれた彼女には申し訳ないが、今セキュリティに捕まるのも面倒だ。
「後は任せた、行くぞ」
「ごめんなさい記者さん!」
「え、ちょ、ちょっと待って!」
まだ取材の途中!と、カーリーはさっさと退散する遊星たちを追いかけようと立ち上がる。が、パニックのディックに足を掴まれ、その場に倒れ込んでしまった。
カーリーの自分たちを呼び止める声と、ディックがカーリーに縋る声を背中に、遊星と姫兎は駐車場二階のこの場所から飛び降りその場から離れた。
辺りは僅かに朝日が射し込もうとしていた。
「いっ…!」
「ほら、男なら我慢する!…でも良かった、そんな酷い怪我はないわね」
ソファーに座る遊星の頬に消毒液をしみこませたガーゼを叩くように当てながら、姫兎はほっとした顔を見せる。攻撃の実体化で遊星は体に怪我を負ったが、殆ど掠り傷などで済んでいたからだ。
まあ、デュエル後に駐車場二階から飛び降りたり走ったりできたくらいなので、大きな怪我はないと思っていたが。
姫兎にガーゼを当てられる度肩を上げる遊星を見守りながら、先程までの出来事、デュエル、そしてダークシグナーの話を聞いた氷室は顎に手を当てた。
「…しかし、ダークシグナーか…」
「ワシゃてっきり朝デートかと思っておったよ」
正直俺もだ、矢薙のからかい半分の言葉に氷室はそう言いたかったが、後ろに龍亞たちがいるのでぐっと呑み込んだ。ついでにくるりと振り返った姫兎が、何やら呆れたような顔をしたものだから尚更だ。
「この事態でそんな事しないわよ…」
「この事態じゃなかったらするの?デート!」
「ぶ、ちょ、る、龍亞!」
見くびられたからと言い返すつもりだったのだが、子供は正直だ。
予想外の方から予想外な返事が来てしまい、姫兎は顔を赤くして思わず肩を上げ驚く。ついでに持っていたガーゼを思い切り遊星の頬に押しつけてしまい、遊星は無言の悲鳴を上げた。
しかも何故か、普段止めにはいるはずの龍可は、今回姫兎を見て楽しそうにくすくす笑っている。何故か墓穴を掘った気分になった。姫兎は片手で顔を被い、うううと唸りだした。
「なんだお前ら、やっぱそういう仲だったのか?」
思わず氷室が聞いてみる。流れというか、からかい半分のノリのつもりだった。
しかし、遊星と姫兎2人してこちらに顔を合わせず目を反らした挙げ句、顔を真っ赤にするものだから、氷室はぎょっとし、本当だったのか!と思わず声を上げてしまった。
「なーんだおっちゃん知らなかったの?だって遊星と姫兎は、おれたちと会った時からずーっと一緒だったもん!」
「確かにそうだったが…」
「いやあの時は…って、あー!あー!その話は後々!!」
若干涙目になっている遊星に謝りながら、姫兎は勝手に盛り上がり始めた後ろの男共に向かって叫ぶ。
なんだか話が違う方向に行き始めたので、ともかく!と、姫兎は立ち上がった。視線が姫兎に集まる。
「そんなことより今後の話よ!雑賀と連絡が取れない以上、私達は一度サテライトに戻ろうと思うの」
「えっ?」
龍可が不安そうな声を上げた。
あのダークシグナーと名乗った“男”の話、サテライトが滅びを迎えようとしていると。真実かは解らないが、そう呟きながら遊星も立ち上がる。
するとひどく焦ったような顔で、龍亞と龍可は遊星と姫兎の側に駆け寄った。
「そんな!サテライトって凄く危険なとこなんだろ!?そんな所に帰らないでさ、俺たちとずっとシティにいようよ!」
「それに、シグナー同士は一緒にいなきゃいけないって言ったのは遊星じゃない」
すがる幼い子供たちの顔を見て姫兎は少し困った顔をすると、二人の視線に合わせしゃがみ込む。そして、二人の頭をぽんと撫でてにこりと微笑んだ。
龍亞と龍可は顔を上げる。
「危険でも、あそこは私たちが生きてきた場所、故郷なの。それにサテライトにはサテライトの仲間がいるから」
仲間は見捨てられないでしょ?姫兎が片目を閉じると、龍亞と龍可は一度戸惑ったように顔を見合わせる。そして姫兎に向き直し、ゆっくり頷いた。
「それに…」
姫兎が遊星にちらりと視線を送る。遊星は、ああ、と頷き姫兎と同じように膝を折った。
「シグナー同士ならまた必ず会える」
二人の言葉に心のどこか不安に思いながらも、二人なら大丈夫。そんな気がした龍亞と龍可はしっかり頷いてくれた。
次の瞬間。
けたたましく外からサイレンが鳴り響いた。
『聞こえるかぁ!サテライト野郎共!』
完全に聞き覚えのある声がメガホンでも通しているのか、電子音混ざりで響いた。
それを聞いた姫兎は完全にうんざりと云った顔をしたが、遊星はさっさと窓を開けて外を確認する。
そこには予想通り、パトカーを何台も引き連れ真ん中に立っている牛尾の姿があった。
シティにはテメェらにとっての安住の地はねぇ!今すぐしょっぴいてやるから首を洗って待ってろぃ!メガホンのキンキンとした機械音を混ぜながら、そう叫ぶものだからとにかくうるさい。
こんな時に、と氷室が舌打ちをする。
しかし遊星は特に動じる様子も無く、さっさと出入り口に向かった。
「ちょうどいい、姫兎行くぞ」
「へ?」
遊星はセキュリティまみれの外へ姫兎を連れ、堂々とその姿を見せ少しばかり動揺した牛尾に言い放った。
「オレもゴドウィンに話がある」
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