どうも今日はいつもより体の調子が良くない気がする。デントがそう感じたのは今日朝起きてからだ。別に熱があったわけでもなく(朝ちゃんと測った)、頭や腹が痛いとかそういうのじゃなくて。
 言葉に表すのはどうも難しい。どうかと云えば、体調が悪いと云うより、何か体に違和感がある気がしてならないのだ。少なくとも、嫌、間違いなく愉快な感覚ではない。

 そんな思考を遮るように、ガシャーン!と、ガラス製の物が割れる音がレストラン中に響き渡り、一気に現実に戻された。しまった、今は営業中だったと音のした方を振り向いた。ちょうど近くにいたポッドも同じ方を向いたのも解った。
 此処はケーキを乗せる皿、紅茶をなどに使用するカップなど割れやすい食器ばかり扱うレストランであるので、手慣れないお客が誤って落として割ってしまうことはあまり珍しい事ではなかった。今回もそんなところだろうと思ったのだ。
 が、振り返った先の光景を見て、思わずデントもポッドも目を見開き愕然とした。

 てっきり音の鳴った場所には店の物を割ってしまい、おどおどするお客がいるとばかり思っていたのだが、全く違った。粉々となってしまったカップを足元に立っていたのは、片手を差し出したまま停止したコーンだった。
 すぐそばのテーブルにはお客がいるので、そこにカップを置こうとして手を滑らせたのだろう。


「えっ、コーン…?」

「おい何やってんだよコーン!怪我、ねぇか?」

「…はい、すみません」


 驚いて思わず動けないデントより先に駆け寄ったポットは、ゆるゆるとしゃがみ込んで割れたカップの破片を拾い出したコーンを手伝う。
 2人が驚くのは当たり前だ。
 普段あんなに几帳面で、ミスなんて殆どしないコーンがカップを割る失敗をするなんて、正直信じられなかった。

 そこでデントは、やはり妙な違和感を覚えた。


「あーあー、危ねぇからそれ以上触んなって!デント、ホウキ持ってこい!」

「あ、うん!」

「いえ、ホウキはこのコーンが取りに…っ」


 デントを追うように立ち上がったコーンの言葉は、その途中で途切れた。かと思った矢先、しっかり立つ前にぐらりとコーンの体がバランスを崩した。


「コーンッ!?」


 思わず声を上げ、慌てて立ち上がったポッドがなんとか倒れる前にコーンを受け止めた。
 足元にはまだ細かいガラスの破片が散乱している。あのまま倒れたら、コーンはどうなっていたかと思うと、ポッドは自分の反射神経に思わず感謝した。

 その騒ぎに気が付き、思わずデントはホウキを取らずに戻ってきてしまった。


「コ、コーン!?どうしたの!」

「デント!肩貸せ、とにかくこいつを部屋に運ぶぞ!」


 話が飛び飛びで混乱するデントだが、後のことを他のスタッフに任せ、コーンを自室に運び込んだ。


「熱あんじゃねぇか、コイツ…」


 部屋に運び、ウエイターの格好のままではと意識を失ったままのコーン着替えなどを済ませ、ベッドに寝かした後、コーンの額に手を当てたポッドが呟いた。倒れたところを見ると、だいぶ高いだろう。
 無茶しやがって、と珍しくポッドがコーンに対して溜め息をつく。ベッドのそばの椅子に座るデントも、気付いてあげられなくてごめんね、とコーンの額に濡れタオルを乗せた。


「……こーゆー事だったのか」

「え?」


 一時の沈黙の後、ポッドが呟いた一言にデントは顔を上げた。


「どうも今日俺も体の調子っつーか…、なんか気分があんま良くなかったんだよ」

「え、ポッドも?」

「やっぱデントもか」


 やっぱり?とデントは首を傾げたが、何か思い出したように、あっと声を漏らした。

 よくある話で、双子などの兄弟が片割れが怪我をすると、もう片方が怪我をしてもいないのに痛みを感じるように、この三つ子も昔から1人に何かあると他2人にも何らか影響があったりするのだ。
 デントが今朝からどうも体調に違和感があったのは、コーンの体調が悪かった影響だったのだ。


「…そう言うことか」


 それはつまり、今自分が感じているだるさより、もっと何倍もコーンは体感している。


「折角…」

「あ?」

「折角、ここまで通じてるなら、今コーンが感じてる辛さを、僕たちに分けてくれた方がいいのに」


 しゅん、と頭を下げるデントの言葉に一瞬ぽかんと口を開けたポッドだが、すぐに、違いねぇなと笑った。


 ふと、ゆっくり意識が浮上したのを感じた。とは云っても、この意識が最後に途絶えた場所を良く覚えていない。だが体の感覚が違う。さっきまで寒かったはずだが、なぜか今は心地良い暖かさを感じる。

 微睡みの中でそこまで考えると、え?と、コーンは目を開けた。辺りを見回すと、ここは自分の部屋で、自分は今ベッドに横たわっていることが分かる。自分の顔のそばで、すやすやと眠るヒヤップの姿があった。
 次に気付いたのは、自分がパジャマであること。さっきまでいつものウエイターの格好をしていたはずなのだが。

 ゆっくり重たくだるい体を起こすと、頭の方からぼとりと何かが落ちた。なんだ、とそれを手に取る。濡れタオルだ。そういえば、額がそれとなく冷たい感覚を残している。今までここに乗っていたのだろうか。
 その思考の最中、ガチャとドアの開く音がした。


「あ、目覚めた?」


先に入ってきたのは替えのタオルを持ったデント、そして後ろに何かの器を持ったポッドが入ってきた。


「ははは、ヒヤップは看病疲れかな?すっかり寝ちゃってるね」

「デント、ポッド…?お店はどうしたんですか…」

「お前が熱出してぶっ倒れたから、スタッフが俺とデントで看病してやれってよ」


 だから今日は早上がりだ、とポットはベッド近くの椅子に腰掛ける。
 そうでしたか、すみませんと素直に謝ったコーンに、ポッドはホントになーと嫌味ったらしく返した。それに対して何やら言い返したそうな顔をしているコーンだが、今回はポッドが正しいので反論できないようだ。

 勝ち誇ったようにけらけら笑いながら、ポッドは持ってきた器のふたを開けた。同時に、ふわりと中から湯気が溢れ出す。


「ほら、何か食わねぇと治らねーだろ。お粥作ったから食え」


 ほれ、とポッドが差し出したのは、持ってきたお粥の器ではなく、お粥をひと掬いしたスプーンだった。しかも、口元に。これは、あーんしろと云う事か。
 察したコーンは恥ずかしそうに顔を引っ込めた。


「な、ちゃ、ちゃんとひとりで食べれますって!器ごとください!」

「あ、ふーふーしてほしいのか?確かに猫舌にはきついかもな、はいはい」

「話聞いてますかぁ!?」


 全く噛み合ってない会話に思わずきぃきぃ叫ぶコーン。だが、やっぱり体調が悪いのでそのまま力が抜けたようにぱたりとベッドに倒れ込んだ。


「何やってんだよ、熱あるくせに騒ぐなって」

「だ…誰のせいですかっ…」

「わーったから素直に安静してろって、んで素直に看病されろ。お前が治らないと俺様たちも良くならねーんだよ」


 は?と、コーンは一度疑問符を浮かべたが、どうやら理由をすぐに思い出したらしく、素直にベッドの中に入っていった。


「じゃあとっとと治しますよ。ほら、あーんしますから早く寄越しなさいあーん」

「うっわ急に可愛くなくなりやがったコイツ!」


 やっと元の空気に戻り、ポッドの後ろで2人を見ていたデントは薬の準備をしながらクスクス笑った。
 さっきより体の調子は悪くない。きっとコーンも、ポッドも自分も体調完治は近いだろう。デントはまた思わずくすりと笑ってしまった。



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