珍しい、それが冷静な頭で考えて最初に出たコーンの感想だ。理由は目の前で騒ぐ、自分の片割れたちの状況である。


「そんなの、ポッドが悪いんだよ!」

「はぁ!?俺は悪くねぇ!デントが悪いんだろーが!」


 ご覧の通り、2人は口ゲンカの真っ最中である。

 緋色のカーテンをまとった空の光が直接入ったレストランは今日早仕舞い。コーンは中の片付けをデントとポッドに任せ、自分は外の片付けしていた。そしてしっかり最終チェックをし、すべてのお客様が帰った事を確認し、中に戻って来たらもう既にこうだった。

 しかし珍しい。いや、ポッドが喧嘩っ早いのは知っている(なんてったってそんなポッドをからかってすぐ怒らせるのは他でもないコーン自身である)。だが、そんなケンカ相手はまさかのデントなのだ。普段温厚なデントはポッドを挑発する物言いなど、ましてやこんな怒鳴って言い返す事などあまりしない。
 今回は、よっぽどデントが気に障るような事があったのか。


「ばかばかバカポッド!!もう知らない!」


 デントはポッドに吐き捨てるように怒鳴ると、怒りのあまりか入り口に立って傍観していたコーンに気付いていない素振りで彼を横切り、店を出て行ってしまった。
 彼が出て行った開けっ放しの扉の先を見ながら、ポッドは暫く残された沈黙に立たされる。しかし重苦しい沈黙とコーンの視線を感じ、誤魔化すようにふんと鼻を鳴らすと近くにあったイスにどかりと座り込んだ。テーブルに頬杖をついてそっぽを向くのは、彼がすねているときによくする癖だ。

 コーンはやれやれと云ったように首を振る。それに気が付いたのか、ポッドはますます彼から顔を背けた。


「随分、珍しいケンカをしましたね」

「…るっせ」

「どんなケンカをしたかは知りませんが、追いかけなくていいんですか?」


 コーンが指差した外はもうだいぶ日が落ちている。それに、気温もだいぶ落ちてきた。この時期を考えると、これからもっと冷え込んでくるだろう。

 デントはいつものウエイターの格好のまま飛び出している。あまり遠くに云っていないとしても、流石にあのままではすぐに冷えてしまう。コーンは口では冷静に言っているが、本当はすぐ追いかけたくて仕方がない。あのままでは風邪を引いてしまうかもしれない。
 しかし、此処は自分が行くべきではないと分かっている。ポッドも、それを解っている。


「………あんな奴、知らね」


 だが、口から出たのは拗ねた子供の言葉。嘘を吐いてしまい、自分に嫌悪しながらも腰を上げられない。情けないし子供っぽいと解っている。
 デントは悪くない、分かってる。でも、自分が悪い訳じゃない。

 はあ、というコーンの溜め息がやけに大きく聞こえた。呆れられてるのだろう。でも、頑なに動けない自分の体。本心の何処かでは、今すぐ走ってデントを追いかけたいはずなのに。
 そんな思考から逃げるように、ばたりと顔をテーブルに伏せた。


「…デントのばーか」


 やっぱり嘘しか言えない。
 今度はポッドが自ら溜め息をつく番だった。




 苛立ちや怒りを振り切るようにがむしゃらに走っていたデントは、気が付くとサンヨウシティの近くの小さな森に来ていた。
 色とりどりの花々や草木が揺れるここはデントのお気に入りであり、小さい頃は遊び場としていた場所だ。しかし今は冬であり、あまり色がないのが残念。

 走り疲れたのか、デントはよろよろと近くの切り株に座った。
 自分の高ぶった感情とは逆に、風に揺らされて鳴く優しい木々の葉の音を感じ、デントはゆるゆると下を向いた。静かに流れる風と樹林の歌を聴きながら、やっと冷えた頭でさっきの出来事を思い出した。
 別にポッドは悪くなかった。ただ、自分も悪くないのに云い返されたのが何故か悔しくて。
 いくら頭に血が上っていたとはいえ、言い過ぎたと今は感じた。酷い罵声を浴びせた時、ポッドがショックを受けて悲しそうな顔が脳裏に焼き付いて離れない。


「ポッドに…、謝らなきゃ…」


 急に罪悪感がこみ上ってきて、何故か自分が泣きそうになる。もしかしたら、ポッドも今悲しくて泣いてるかもしれないと思うと、さらに辛くなった。
 すぐに帰って謝ろう、そう決意した。

 ふと、立ち上がろうとした時切り株がやけに冷たかった。
 そういえば、さっきまで苛立っていて気が付かなかったが、空気がかなり肌寒い。そう意識した途端、急に冷蔵庫に放り込まれたように体が冷えていった。ぶるりと体が震える。デントは兄弟の中で寒さが一番苦手だ。その寒気から逃げるように、できるだけ早足でその場から歩き出した。


「……あ、れ?」


 昔からの遊び場だ。今自分が何処にいるかも、帰り道も分かっているはず、だった。だが、おかしい。もう街の灯りが見えてきてもおかしくないのに、一向に薄暗い森林から抜け出せない。
 道を間違えただろうかと、出来るだけ元来た道を戻りつつ歩いているはずなのに。何故か辺りはどんどん知らない風景になっていく。

 辺りはすっかり日が沈んで真っ暗だ。一向に見えない街明かり。今自分を取り巻くのは真っ暗な闇。大好きな自然や樹林も、今は自分を暗闇に誘っている悪魔のようなものに見えてくる。
 寒くて、暗い。早く帰りたい。温かい兄弟の元に帰りたい。しかし、夜の冷え込みは確かにデントの体力を削っていた。


「…そうだ、ヤナップ…!」


 ふと、パートナーの名を思い出した。そうだ、彼に木へ上ってもらい街の方角を見てもらおう。
 こんな時間まで帰らなかったら2人に心配をかけてしまう。慌てて腰のモンスターボールに手をかける。

 しかし、それを見てデントは絶句した。中にヤナップがいないのだ。
 そこまできてやっと思い出した。今日はジム戦予定もなく、窮屈なボールに入れてはとバオップやヒヤップと共に外に出していたのだ。頼みの綱であるパートナーは、今頃店で仲間たちとお昼寝でもしているだろう。

 気力までも持って行かれてしまい、ついにデントは木に寄りかかりその場に座り込んでしまった。厳しい寒気の中、ただでさえ出てくる前に営業で疲れていた体力には限界だ。


「…コーン…、ポッド…」


ああ、早く帰ってポッドに謝りたい。もしかしたら、彼は泣いてるかもしれないのに。頭ではそう思っていても、体が云う事を聞いてはくれなかった。




「いくら何でも遅すぎます!もう、コーンは探しに行きますよ!!」


 いつまでたっても同じ体制のままデントを探しに行く様子が見られないポッドに、痺れを切らしたコーンはデントの分のコートを引っ張り出していた。

 ポッドはちらりと外を見る。すっかり真っ暗になったにも関わらず帰ってこないデント。心配していないと言ったら嘘になる。しかし、無駄なプライドがイスから立ち上がることを邪魔する。
 もうデントに対しての怒りは冷めている。どちらかと言えば、今は意地を張って此処から動かない自分への苛立ちしかない。しかし口から出るのは素直じゃない言葉。


「んな心配しなくても、どーせヤナップが一緒だろーから平気だろ」


 出て行こうとするコーンに震えた声で言い放つ。しかし、そこまで来てふとある事に気が付いた。
 さっきまでは心の何処かでパートナーがいるから心配ない、と思っていたが、怒りで何か大事なことを忘れている気がする。

 と、奥の方から小さくかたり、と言う音がした。奥?今コーンは横にいるのに。ふと見上げた先に見つけた人物に、ポッドは目を見開いた。


「え…、ヤナップ、なんでお前…?」


 そこにいたのは、先ほど自分が呼ばれたと思ったのだろう、デントのヤナップが「なあに?」と言いたげに声を出して立っていた。後ろを見れば、自分のバオップとコーンのヒヤップも続いている。

 そこまで来て、やっと思い出した。

 気が付いた時には、驚いて自分の名前を叫ぶコーンを無視して外へ飛び出していた。




「…さむ…」


 できるだけ身を小さくしながら、僅かばかり残っている暖気を逃がさないようにする。いい歳して、慣れた森で迷子なんて情けないにも程がある。2人が心配していたらどうしよう。勝手に飛び出して、勝手に迷子になっているなんて。はあ、と白い溜め息が出る。
 だが、いつも3人一緒にいて、賑やかに騒がしいのが当たり前なるデントにとって、この闇の中の沈黙は耐え難いものがあった。酷く心細い、慣れない孤独に押し潰されそうだ。

 寒い、助けて。
 思わず呟き下を向いた、その時だった。


「――――っ!デントッッ!!」


 乱暴に草を分ける音と聞き慣れた声が耳に入り、デントははっと顔を上げた。


「…ポッ、ド…?」


 目を疑った。自分の目の前にはあちこちに葉っぱをくっつけて息を荒くしたポッドが立っているのだ。
 寂しさに耐え難くなった自分が頭で勝手に作った幻だろうか。だが、両頬に感じた熱いくらいのポッドの体温が、幻ではないと告げてくれた。


「バカ野郎!!こんな冷たくなってなにしてたんだよ!!」

「…ごめん」

「こんな時間まで帰ってこねーし!!こっの大バカ!!」

「………ごめん」


 全部ポッドの言う通りで言い返せなくて、気まずさに思わず下を向くと、冷え切った自分の体が温かい何かに抱え込まれた。
 え?と、思う前にそれがなにかすぐ解った。


「お、お前に何かあったら…!俺、どうしたらいいんだよ…!!バカ!!バカデント!!」


 語尾が震えたポッドの声が直接に耳に響いた。多分、泣いてる。
 これは素直に心配したとは言えない彼なりの、精一杯の感情表現だと思う。そう思うと、デントはさらに申し訳なくなった。震えるポッドを抱え返すと、温かい片割れにさっきまでの不安や孤独が一気に溶かされ、涙腺が弾けた。


「ごめん、…ごめんねポッド…!!」


 途端、隠せなくなった安堵に2人揃って盛大に泣き出してしまった。

 ポッドの後を追っていたコーンはやっと追いつくと、2人の様子を見てやれやれと最初の呆れではなく、安心を表すように笑い、2人にコートを掛けた。
 彼の瞳からも、何故か涙が溢れていた。




ごめんね、
(後、迎えに来てくれてありがとう)
 

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