黒は好き。だってノボリの色だから。
でもノボリ以外の黒は嫌い。大嫌い。だってノボリを溶かしてぼくの前から消してしまう気がするから。
「クダリ、離して下さいまし」
「いやだ」
「トンネルの中を確認しに行かなければいけないのですが…、そう抱きつかれては動けません」
ぼくは今ノボリの腰にしっかり抱きついて離さない。振り払おうと思えば、ノボリは簡単にぼくを振り払える。でもしないノボリは優しい。 この腕をノボリから離したら、ノボリはトンネルの奥へと向かうはず。ちらりとトンネルの先を見た。真っ黒。それ以外のなにもない、黒。ノボリはその黒へ向かってしまう。
地下鉄のトンネルの中を確認、それは仕事。でも、ぼくはその仕事が大嫌い。正確に言えば、ノボリがその仕事をするのが嫌。黒いノボリがその中へ向かうと、トンネルの黒がノボリをどんどん飲み込んで、ぼくの前から消し去ってしまう。その瞬間が、大嫌い。暗い部屋に入るノボリ、電気を消した瞬間のノボリ、夜の道を歩くノボリ。全部全部怖い。前にノボリにその話をしたら「子供じゃないんですから」とあっさり終わらせたけど、その瞬間がぼくにとって酷く恐怖。 だってぼくの隣からノボリが消える。黒はぼくからノボリを奪おうとするんだ。
「行かないで、やだ」
「……」
ふう、とノボリの方から溜め息が聞こえた。呆れた、じゃなくて、仕方ありませんね、って言っているような。
「でしたら、クダリのコートを貸して下さいまし」
「え?」
ぼくの白いコート。どうして、と思った。けど、ノボリの頼みだから素直に手渡すと、ノボリは自分の黒いコートを脱いで、ぼくの白いコートを羽織った。自分の黒いコートは、ぼくの肩に掛けて。 ノボリが、今はぼくの白色になった。
「これで宜しいですか?これなら、わたくしを見失いませんね」
では、行って参ります。ぽかんとしているぼくにそう告げて、ノボリはトンネルの方へ向かっていった。 我に返った時、思わず口が開いた。 ノボリは今ぼくの白。トンネルの黒の中でも、見失わない白。ノボリの持つライトが白いコートを目立たせて、ノボリがいることを教えてくれる。
そっか。ノボリにぼくの色があれば、ぼくがいれば、ノボリは必ずぼくの側にいてくれるんだ。ノボリじゃない、その辺りの黒なんかに、ぼくからノボリを奪えやしないんだ。 ぼくがいるから、ぼくの白があるから。他の黒から、ノボリの黒を見失わない。
ぼくたちの黒と白に、入り込める奴らなんか、いないんだね。
白と黒の国境線 (ぼくたち以外、入ってこないで!)
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