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そろそろお昼過ぎ。またあのコーヒーでも飲みに行くか(クロウが騒がしいが気にはしない)、と『D・ホイール』の調整する手を止め、立ち上がろうとした時だった。
みゃー、という世間一般の女子なら大半が可愛いと評価する鳴き声が足下からし、一瞬時間が止まった後俺は座っていた椅子からひっくり返りそうになった。

「な、なななななんだっ!?」

何でこんなとこに猫なんかがいるんだ!
言葉にならない悲鳴が上がりそうになった。仮にもここは外と中が壁で隔離されている空間で、扉もしっかり閉まっている。窓は機械をいじる時に熱がこもったらいけないので開けているが。いや、開けているとはいえ、床からかなり離れているしいくら猫でも簡単に入れないだろう。
そんな俺の驚愕を知らない猫は、またみゃーと鳴く。まるで何かをねだるように。
なんだ、餌など俺は持っていないぞ。

「あ、今日も来たのね!」

玄関から顔を出したのは姫兎だった。片手に袋を持っているから買い物帰りだろう。
てとてと階段を下り、俺…の足下にいる猫に向かってしゃがみ込んだ。そして楽しそうに猫の頭をぐりぐり撫でる。

「そうかー、今日はジャックに遊んでもらってたのねー」

よーしよし、と撫でる姫兎の手が心地よいのか、猫は瞳を閉じてされるがままに座っていた。

「なんだ姫兎、この猫を知っているのか」
「あれ、ジャックとは初対面だっけ?この猫、これくらいの時間になるとお昼でもねだってるのか毎日来るのよ」

ああ、だからさっきから俺に向かってやたら鳴いていたのか。あれはやはり餌をねだってたわけだ。初対面ながら、なかなか図々しい猫だな。
遊星やブルーノにもやたら懐いてるのよ、クロウなんか何故か異常なくらい好かれてるわね。ちっさいから同種と思われてるのかしら。猫を抱き上げて笑う姫兎。抱かれて機嫌を良くしたのか、猫は姫兎の顔を舐め始めた。それにくすぐったいとクスクス笑う姫兎…、くっ、猫め、なかなか羨ましい……じゃなくて。

「あはは!くすぐったいわよっ!あ、はいはいご飯欲しいのよね」

姫兎は猫を抱えたまま俺の前にある椅子に腰掛け、持っていた袋から猫の餌らしき缶を取り出した。

「…って、猫用の餌を買ったのか!?」
「え?ええ、いつも余り物じゃあ飽きると思って」
「何をしているんだ!今は節約をして『D・ホイール』を強化するためにだな!」
「……普段云千円するコーヒー飲んで、誰より節約って言葉からかけ離れた人が何言ってんのよ」

あれは別だ、俺のエネルギーだ。あれじゃないとコーヒーは飲めん。と言い返せば姫兎は心底呆れたような顔をした。

まあ、それはさておき、だ。
缶の餌を食べ終えたのか、猫はまた甘えるように姫兎の膝の上でにゃーにゃー鳴いていある。それは大した事じゃない。問題は猫と戯れている姫兎だ。普段の強気な笑みじゃなく、完全に猫にほだされてゆるゆるとした笑み。猫を撫でるふわふわとした手の動き。…その、なんというか、猫より姫兎の方が可愛く見えるのだ。
いくら今は遊星のあれだとしても、元は俺だって姫兎が好きだった。諦めたとはいえ、想い人のこんな顔を見せられてぐっとこない男はいない。
俺は姫兎に気が付かれない程度に辺りを見回す。よし、遊星はいない。そういえば、今日は仕事が入り夕方まで帰らないはずだ。

「姫兎」
「ん?」

俺は自然を装い、姫兎の隣の空いた席に座る。

「俺にも猫を抱かせろ」
「あら、ジャックが猫に興味持つなんて以外ね」

でもこの子可愛いもんね、良いわよ。と姫兎は優しく猫を抱き上げ、俺の膝に乗せる。突然場所が変わり、んにゃー、と鳴く猫。

「ぷっ、ジャックの膝堅いからイヤなのかしら」
「男と女では違うだろう」
「そうかしら、遊星たちは嫌がらなかったんだけど」

アイツら、女の感触でもあるのかしら。とけらけら笑う姫兎の横顔。何となく、この位置から見たのは初めてのような気がした。
本当は、ここは遊星の位置だ。この角度から、この場所から姫兎を見れるのは遊星だけ。
だが、今回だけは俺の位置。

そのきっかけをくれた猫に…少しだけ感謝してやろう、と思った。ただし、俺とお前だけの秘密だぞ、猫。

「んにゃ、にゃー!」
「…?どうした、ジャックがどうかしたのか?」

後日、またずかずかとやってきた猫は、あの日から遊星が居る時はやたら俺に向かって鳴くようになった。


(秘密と言っただろうがー!)



リクエスト:ジャック、夢主で甘。

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