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ここ最近、姫兎は心の中で何処かもやもやする感覚ばかりで正直イライラしたりしていた。本人からすれば、その原因がはっきり解らないから、また尚更たちが悪い。
いつから、と言えば…遊星がアキとよく出かけるようになってから、かもしれない。

「遊星、どこ行くのよ?」

もう夕日が沈もうとしている時刻に、遊星は珍しく『D・ホイール』に乗る様子はなく出かける支度をしていた。外は真冬の寒さで、遊星も普段着ているジャケットの上にも上着を羽織る。
姫兎は少々不満げな顔で身支度している彼の背中を見ていた。

「いや、大した用じゃない、少しアキに用があるだけだ」

その一言に、姫兎はさらに顔を歪ませる。

アキ、最近出かける時に遊星の口から決まって聞く友人の名前だ。確かに今の時間は彼女が学校を終え、下校してくる時間帯。
そう、と姫兎は素っ気なく短く返事を返すと、遊星は「じゃあ、行ってくる」と一言告げてそのままガレージを出ていった。
ゆっくり小さくなっていく背中を見送る。その姿を見て、悲しいような腹ただしいような感覚。
『D・ホイール』の調整が終わったら、アキに会いに行く。最近こればかり。よく考えたら、その時からちっとも遊星に触れていない。

「…なんか、悔しいなぁ」

今のこの瞬間、アキと遊星は楽しく会話しているのだろうか。シティーに来てから、やっと笑うようになったアキは、私が今みていない笑顔の遊星を見ているのだろうか。
…もしそうなら、悔しい。
姫兎は両手で自分の髪をくしゃくしゃにかき回した。雑念を払うように。

「あー!!もう、考えるのやめやめ!私すっごくやな奴みたいじゃないの!!」

遊星、他の誰かと笑わないで。
そんな考えが脳裏に浮かんで、何故か友人のアキにまで腹が立ってくる。サテライトと言う男率が異様に高い場所で育った姫兎にとって、アキは初めてできた憧れの女友達。親友なのに。

「はぁ…私、ホントイヤな奴…」

泣きそうになりながら、その場で震えた溜め息をついた。


「姫兎、少し外に出ないか?」

そんな日が続いていたある日、夕日が暮れた時間帯。気を紛らわせるためか、デッキをいじっていた姫兎に遊星がそう声を掛けてきた。
姫兎はデッキを落としかける。ちらりと外を見た。この時間帯は、いつもアキに会いに行っている時間なのに。

「…いいわよ」

良いのだろうか、と思いつつも姫兎はデッキをケースにしまい込んだ。
外は思ったより冷え込んでいる。マフラーと上着を身に着けて、二人は町中を特に会話を交わすことなく歩いていた。実に気まずい雰囲気、姫兎だけが。
もともとそんなに遊星がお喋りでないことは知っているから、姫兎が話さなければ必然的に沈黙は出来上がる。
姫兎は今までのことで話しかけづらい。のだが、遊星は平然としているように見えて、若干蹴りを入れてやりたくなった。

「…遊星」

やっと、姫兎が下を向きながらだが沈黙を破った。

「なんだ」
「今日は…アキと会わなくていいの?」

姫兎のその一言に、遊星はぴたりと足を止めた。気がついた姫兎は遊星の少し先で振り返る。
今の遊星はどんな表情をしているだろうか。
余計なことを気にされて苛立っているか、はたまたマズイと云った様子なのか。
が、振り返ったとき見た遊星の表情と言えば。何か拍子抜けしたようにポカンと姫兎を見ていた。
はい?と、姫兎はつられるように気分が抜けた。

「アキがどうした」
「どうしたんだ、って…!ア、アンタね…、この時間はいつもアキに会いに行ってたんでしょっ」
「……ああ、それか」

遊星は暫く悩んだ様子を見せた後、納得したように姫兎に一歩近付いた。
が、反射的に姫兎は反対の方へ後ずさる。

「何で逃げるんだ」
「べ、別に……」

曖昧な返事をする姫兎に少しむっとしたのか、遊星は眉を少し寄せた。

次の瞬間。
遊星は視線を逸らしている姫兎の腕を思いっきり自分の方に引いた。突然で受け身も何も出来なかった姫兎は、驚いている間もなく重力の思うがまま遊星の腕の中に倒れ込む。
一瞬姫兎は固まっていたが、すぐに我に返るとバタバタ暴れ出した。当然そう簡単に腕から出るのを許すわけがなく。暴れる姫兎をほぼ押さえつけるような形で、遊星は姫兎を腕の中に仕舞い込む。

「はっ、離してよ!」
「悪いが離す理由がない。姫兎最近変だ」

その一言に、姫兎は完全に頭に血が上ったのを感じた。
思うがまま、思いっきり遊星の足を蹴ってやった。うっ、と遊星の小さな悲鳴が聞こえたが、知らない。もう公衆の面前だろうがどうでも良かった。一発蹴ってやれば、遊星も手を離すと思ったから。

「なによっ!人の気も知らないで、変になるに決まってるわよ!!アキばっかで、私に何も言わないで…!」

だが、いつまでたっても体を包む腕の感覚がなくならない。むしろ、痛みに耐えた様子を見せた後、さらに強く抱きしめられた。

「…嫉妬、か」
「は、?」
「自惚れてるわけじゃないが、姫兎もしかしてアキに嫉妬したのか?」

うっ、と姫兎は言葉を詰まらせた。何も言えない。云われてみれば、確かにその通りだ。
遊星を見ているアキに、嫉妬していたんだ。
薄々解っていたとしても、遊星に言われてはどうしようもない。恥ずかしいし、浅ましいとか思われたかもしれない。は気がついたら、遊星のジャケットを掴んでいた。

「わ、悪かったわね浅ましくて…っ」
「そうじゃない。もしそうならオレは嬉しい」
「…へ?」

間抜けな声を出しながら、姫兎はようやく顔を上げた。久し振りに、遊星の夜空の瞳と視線が交わる。相変わらず綺麗な瞳。
真っ正面近距離で思わず姫兎は顔を赤くしてしまう。

「好きだから、嫉妬してくれたんだろ」
「あ、え、私は…!」

なにやら言い訳を始めようとした姫兎の口を、遊星は自分の口で塞いでやった。そしてゆっくり、名残惜しくそれはどちらともなく離される。

「ひとつ言えば、オレは確かにアキに会っていたが、それは仕事でだ」
「……は?」
「いや、数日前からアキの家の家電がいくつか調子が良くないと聞いたから直しに行ってただけだ」

あっさり告げられた真実に一時の沈黙が流れる。
そしてやっと遊星の言葉を脳内で理解したのか、姫兎は一気に顔を真っ赤にした。なら自分は勝手な勘違いで、勝手に嫉妬して勝手に怒ってただけじゃないか。凄く情けない。

「そっ、そんなこと一言も…!!てゆうか遊星、いつも出掛ける時にアキに用が、って!」
「…多分、アキ(の家)って言うつもりだったかもしれない」

恥ずかしさ最高潮、姫兎は両手をわなわな震わせながら遊星を見上げていた。もう言い返す言葉がない。自分の早とちりだったのだ。珍しく言葉に強い姫兎が言い訳を考え切れていない。
あまりにも余裕がない姫兎に、思わず遊星は笑みを零した。

「今日はもう少し、二人で歩こうか」

離された腕に名残惜しそうに手を乗せたままの姫兎は、恥ずかしそうに下を向きながら、珍しく素直に頷いた。

「私をこんなにした責任、とってよね、ばか!」

誰がバカだ、そんないつも通りのやりとりをしつつ、二人は歩き出した。
空には、もう星が美しくに瞬いていた。



リクエスト:遊星と夢主でラブラブな話、夢主が嫉妬
お題:確かに恋だった

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